第339話 京極明日香はお好きですか? 1
昼休み、赤石は花波と二人で外に出ていた。
「良い天気ですわね」
「そうだな」
赤石と花波は二人、校内を散歩していた。
「たまにはお散歩をするのも悪くないですわね」
「はあ」
花波は浮足立ちながらスキップをする。
「健康には運動がかかせません。赤石さんも定期的に運動をした方が良いですわよ」
「散歩くらいならよくしてる」
「そう言えばそうでしたわね。今度また一緒に遊びに行きましょう」
「そうだな」
花波はとてとてと小走りする。
「犬……ですの?」
花波は前方に犬を発見した。
「たまに学校の中に犬とか迷い込むことあるよな」
「なんでしょうか。少し見に行ってみましょう」
花波は赤石を置いて、早足で歩み寄った。
「急ぐと危ないぞ」
「私を子供か何かだと思っておりまして? これくらい大丈――」
前日の雨のぬかるみに足を取られたか。
花波はその場で体勢を崩した。
「きゃっ!!」
転倒する直前、花波の体は支えられた。
「大丈夫かい?」
美丈夫然とした学徒が、花波の腰を支えていた。
学徒と花波が、至近距離で見つめ合う。
「あ、ありがとうございます……」
花波は頬を赤らめながら体勢を整えた。
パンパン、と埃を払う。
「あなたは……京極さん?」
花波はそう答えた。
「そうだね。あまり関わりがなかったけれど、覚えててもらえて光栄だよ」
京極は胸に手を当て、うやうやしく挨拶をした。
遅れて、後方から赤石がやって来る。
「良かったな、ケガがなくて」
赤石は特に焦る様子もなく、のしのしと歩いてきた。
「知り合い?」
「えぇ、隣のクラスの京極さんですわ」
「へえ」
赤石は興味なさげに京極を見回す。
「駄目だよ、女の子から目を離しちゃ。危ないからね」
京極は赤石にはにかむ。
「今回はたまたま僕がいたけれど、次は誰もいないかもしれないからね。悠長に構えてちゃ駄目だよ」
京極は赤石の肩をポンポン、と叩いた。
「いや、でもあの距離からじゃ焦っても間に合わなかったし……」
「女の子がケガをしたら大変じゃない?」
「俺が焦って転んでも大変だったんで」
「……」
京極がはにかんだまま片眉を吊り上げる。
「僕だったら別に全然良いんだけどね、でも花波さんは華奢な女の子だからね。何かあったら支えてあげて欲しいな」
お願いする形で京極は赤石に伝える。
「いや、知らない人のために支えてあげるってのはちょっと……」
赤石は言いよどむ。
「目の前にケガをしそうな女の子がいたら助けるでしょ?」
「助ける過程で自分がケガしたら嫌だから、自分が危なくない範囲でしか手は貸さないんじゃないかな」
「他人を助ける心を持ってる男の人は美しいと思うな」
京極は歯を見せて笑う。
「いや、でも助ける過程で自分がケガしたら、別の誰かが自分のケガに悲しむでしょ。例えばあなたの交際相手が見知らぬ誰かを助けようとして大怪我を負った時に、果たしてあなたは交際相手のケガを悲しまないでいれるかな。きっと、自分以外の誰かしらのために自分が大怪我をするなんて馬鹿だ、って思うんじゃない? 交際相手が自分以外の誰かのために自分を差し出してることに怒る人って多いと思うけど」
「…………」
「誰かを助けようとかって、結局は他人目線だよね。当事者目線じゃない。愛とかって所詮は限定的なものであって、今この場にいない誰かがどれだけ不幸になろうと、知ったこっちゃない、って感じだと思うけど。当事者になった時に、第三者目線で言ってたことを突然翻すのっておかしくない?」
「…………」
京極は露骨に機嫌を悪くする。
「君には交際相手が?」
「あ、田中です」
「田中君には交際相手が?」
「嘘を吐かないでください。赤石さんです」
「……」
京極は目を線にして赤石を見る。
「どうして嘘を?」
「なんか怒ってる感じだったんで、どこかで悪口言われた時のために、嫌いなやつの名前出しとこうと思って」
「……君は」
京極はため息を吐く。
「ヒドい人だね」
「他人にとってはヒドい人かもしれないけど、近しい人にはきっと良い人に見えると思いますよ。見知らぬ他人に優しくして不幸になるより、近しい人に優しくした方がきっと正しいと思う」
「~~~~~~~~」
京極はプルプルと拳を握る。
「すみません、京極さん。赤石さん、屁理屈ばかり言って困らせちゃいけませんよ」
花波が赤石を叱る。
「いや、常日頃から普通に思ってることだったんだが。論理的な破綻もあるようには思えないし」
「すみません、京極さん。では私たちはこれで」
「……すいませ~ん」
花波は赤石を連れてその場を後にした。
「ふ~~~……」
京極は長い息を吐き、髪をかき上げた。
体育の授業がやって来る。
「やあ」
「あら」
京極は花波のいる三年一組にやって来た。
体育は一組と二組の合同で行い、女子生徒が一組に、男子生徒が二組に集まり、それぞれの教室を更衣室として使用していた。
「先日はどうも」
「ありがとうございます」
一組と二組が揃って体育を受けていることから、花波は限定的に京極のことを認知していた。
「ここ、いいかな?」
「良いですわよ」
京極は花波の隣の席に服を置いた。
花波たちは服を着替え、体育へと出た。
「花波さんは赤石君? と仲良しなのかな?」
校庭を走りながら、京極が花波に尋ねる。
「お友達ですわ」
「随分……変わった人だね」
京極は花波の真意を探りながら問う。
「そうですわね。私は多少は好意的に見ていますわ」
「そうなんだ」
予想外、といった面持ちで花波を見やる。
「何かそう思う切っ掛けでも?」
「…………」
花波が黙った。
「色々トラブルがありましたわ……」
「……」
京極は察したようにうなずいた。
「きゃあああああああああ、格好良い!!」
京極はサッカーで、シュートを決めた。
男勝りで美丈夫然とした京極に黄色い声援が送られる。
京極は女子生徒からの人気が高かった。
体育を終え、花波たちは教室に帰って来る。
着替えをすまし、京極は花波と雑談をしていた。
「花波さんは何が好きなの?」
「そうですわね、体が引き締まりそうなことは日ごろから勤しんでおりますわ。最近はホットヨガに興味がありますわ」
「へぇ、立派だねぇ」
がやがやと音を出しながら、男子たちが教室に入って来る。
「……」
赤石は京極の下までやって来た。
「……何か?」
京極が一歩引いた目で赤石を見る。
「いや、俺の席……」
京極は赤石の机の上にカバンを置いていた。
「あぁ、これは失礼したね。君の席だったんだね」
「……」
京極はカバンをどかし、赤石は自身の机の上にカバンを置いた。
教科書を取り出し、赤石は次の授業の準備をし始めた。
「ゴミ、次の宿題は?」
前の席から平田が赤石に話しかける。
自分に言われているのか、と京極は少し肩をそびやかす。
「おい、ゴミ」
「……」
赤石は返事をしない。
「もしかして僕のことかい?」
京極が平田に返事をした。
「え……違う」
平田は京極を瞥見すると、そう言った。
「赤石、次の宿題は?」
諦めたように、平田は赤石の名を口に出した。
「ない」
「さっさと答えろって、ブス。お前のせいで恥ずかしい思いしたじゃん」
「自業自得だ」
平田が京極から視線を外し、振り向いて赤石に言った。
「……」
京極は平田と赤石のやり取りを見て、目を丸くする。
「彼は嫌われてるのかな?」
京極は花波に耳打ちした。
教室の一定の目線が赤石たちに向く。
「かなり嫌われていますわ」
花波が京極に耳打ちする。
京極はそう、と言い残し、教室を出た。




