第337話 会長の勧誘はお好きですか?
「……」
赤石宅、自室――
「……」
赤石は未市から勉強を教わっていた。
「そういえば」
赤石のベッドで本を読んでいた未市は、突然に起き上がった。
「赤石君、きみ、映画は好きかい?」
未市は赤石の机まで歩み寄る。
「はあ」
「好きかい?」
「まぁ、人並みには」
「年間何本くらい見るかな?」
「百本くらいじゃないですかね」
「ふむ。結構好きなようだね」
「好きな人はもっと見てるんじゃないですかね。知らないですけど」
赤石は手を止め、未市と話す。
「まぁ程度はあるかな。文化祭でも脚本を書いてたよね?」
「はあ」
「あの、高梨君がヒドい目に遭う」
「ヒドい目に遭ってたのは俺だった気がするんですが」
「高梨君を巻き込んだ時点で、高梨君が被害者さ」
「そんな」
赤石はペンを回す。
「どちらにせよ、好きなんだね?」
「いや、別に普通……」
「好きなんだね⁉」
未市が赤石に顔を近づける。
「はい好きです」
赤石は詰められるようにして、言った。
「そんな。好きだなんて照れるじゃないか」
未市は頬を手で挟み、くねくねと体を捩じらせる。
「挙式はどこでするかな?」
「ハワイとかでいいんじゃないですかね」
「随分と有名人ぶってるじゃないか」
「じゃあどこかしらの避暑地とかじゃないですかね」
「硬派で良いね。結婚指輪は三か月分で頼むよ」
「三万円くらいのでお願いします」
「ヤだよ。女の子の一生に一度の晴れ舞台なんだから、百万円くらいの指輪が欲しいもん!」
「面倒くさ……」
「結婚系の雑誌を買って圧力をかけさせてもらおうか」
「冗談言ってる場合ですか……」
赤石はため息を吐く。
「本題は何ですか?」
「そう、本題、ね」
未市は切り出した。
「北秀院に受かったら、私と同じ部活に入らないかい?」
未市は右手を赤石に差し出した。
「はあ」
特に何も考えていなかった赤石は鷹揚に返す。
「それは肯定かな?」
「まあ、今帰宅部なんで正直大学生になってみないと分からないというか、そもそも北秀院に受かるかどうかすら分からないというか何と言うか……」
「いや、受かるよ。今受けてもきっと受かると思うよ、君の今の学力ならね」
「まさか」
「じゃあ、受かったら映画研究部に入ってくれるんだね?」
「いや、まずは受かるかどうかが分からない――」
「受かったら! 映画研究部に入ってくれるんだね⁉」
「いや、大学で何の部活があるかとかも分からないですし」
「映画研究部に入ってくれるんだね⁉」
「……」
未市は赤石に迫る。
「近い……」
赤石は両手で未市との間に壁を作る。
「おっと」
赤石の鼻先まで来ていた未市は、下がった。
「これは失礼。熱中すると前が見えなくなるとよく言われててね」
「熱中して前が見えなくなるタイプの人初めて見ましたよ。フクロウですか?」
「わおーーん」
「フクロウでもなんでもないし」
未市は赤石のベッドに戻った。
「映画研究部に、入ってくれるかな~?」
「また古い……」
赤石は未市を見る。
「入って、くれるかな~?」
「……はい」
赤石は渋々ながら、そう返事した。
「やったね。これで私の一年後の楽しみが出来たよ」
「先輩も映画研究部なんですか?」
「そうさ。性と暴力を愛する私だからね。君が入ってからの映画が楽しみだよ」
「ロクでもないですね」
「ロクでもないけど、キュウではあるよ」
「そうですか」
赤石は再び参考書に目を落とした。
「赤石君、今年の夏、私と一緒にプールに行かないかい?」
「駄目ですよ、受験生なんですから」
「じゃあ夏祭りに行かないかい?」
「なんで夏祭りなら良いと思ったんですか?」
未市が舌をちろ、と出す。
「君と遊びたいんだよ」
「受験終わったら遊んであげますから」
「なんでそんな子供みたいな扱いなのさ。私は今遊びたいんだよ。あと少ししかない十代を性と暴力で彩らせたいんだよ」
「止めてくださいよ、そんな十代。友達いないんですか?」
「…………」
未市が黙り込んだ。
「いない……んですか?」
「いるさ、山のように。君を気に入ってるだけだよ」
「はぁ……」
友達がいないからこうして入り浸っているのか、
果たして未市の本心はどちらなのか。
「いっぱい勉強して、少しの休憩に、ね? ちょっとだけ! 先っちょだけだから!」
「何の先っちょなんですか」
「休憩時間の先っちょだけだから」
「そんな短い時間で行けませんよ、夏祭りもプールも」
「私いっぱい頑張って教えるから!」
夏休みを、目前に控えている。
「まぁ、模試が良い感じだったら考えときますよ」
「やったね!」
未市が指を鳴らす。
「じゃあ本気で教えようかな」
未市が赤石の隣にやって来た。
「私は君がうらやましいよ」
「何故?」
「自分の部屋にこんな色気たっぷりの超美女女子大生が家庭教師がいるんだから」
「はぁ」
「まるでエロ漫画だね」
「はあ」
「私が男だったら私を放ってはおかないよ」
「はあ」
「乱暴するんでしょ! まるでエロ漫画みたいに!」
「早く教えてください」
未市は髪を耳にかけ、赤石に教え始めた。
ピンポーン。
赤石の家のインターホンが鳴る。
「誰か来ましたね」
赤石が階下に降りる。
「君はそこで勉強を続けてると良いよ、少年。私が出るから」
「いや、高額当選みたいな用件だったら盗まれかねないので」
「失礼な。私を信用してないね?」
「全く」
赤石と未市は競うようにして、降りた。
「はい」
赤石はガラガラ、と扉を開けた。
「ユト―?」
「ああ」
扉の先には、リュックを背盗った船頭が、いた。
「誰?」
赤石の頭に腕を乗せた未市が、赤石の後ろからひょっこりと出てくる。
「えっと……」
船頭は未市と目が合う。
「誰?」
そして赤石にそう聞いた。




