第336話 遊園地はお好きですか?
「……」
車内――
『いつの日にか――』
二十年ほど前に流行った音楽が、有線放送のごとく聞こえてくる。
『また会える日まで――』
車内はしん、と静まり返っていた。
「……」
「……」
新井由紀、新井香織、そして一人の男が、車に乗っていた。
「ねぇ、まだ?」
新井は母に問いかける。
「まだって言ってるでしょ! 遠いんだからちょっとは我慢くらいしなさいよ! 折角遊びに連れて行ってるのにそんな言い方しないでよ!!」
「……」
新井たちは休日を利用し、遊園地に出かけることになっていた。
「……」
誰も、喋らない。
男が煙草に火をつけ、煙をくゆらせた。
「ちょっと臭いよ……」
新井は後方の席で鼻をつまむ。
「……」
男は新井の声に耳を傾けず、煙草をくゆらせ続ける。
急ブレーキを踏み、車が大きく揺れる。
「ちっ」
男が舌打ちをした。
「なんで今急にブレーキ踏んだんだよ!」
「仕方ないじゃない、前が急に止まったんだから!」
「急に止まったんじゃねぇだろうが! もっと前の方の車見ろや! ブレーキ使ってんのが分かってんだからその段階でブレーキ踏めや!」
「そんなこと言われても分からないわよ! そんな前見るなんて知らないから!」
香織は人差し指をハンドルにトントンと打ち付ける。
「……」
新井は後方で縮こまっていた。
「なんで右折しねぇんだよ! 今行けただろうが!」
「行けるかどうかなんて分からないわよ! 運転もしてないのに指示ばっかり出さないでよ!」
「お前が運転教えてくれって言ったんだろうが!」
「……っ」
香織は貧乏ゆすりをしながら車を運転する。
「危ねっ!」
そして再び車が急停止する。
ピーーーーーーーーー、と甲高いクラクションが鳴る。
「どこ見て運転してんだよ!」
「どうしたらいいって言うのよ!」
「早く前進めや!」
香織の車は前に進み始めた。
「なんで今、車線変えようとしたんだよ!」
「だって、それは……」
「なんで変えようとしたんだよ!!」
「左の道に行きたかったんだから車線変えないと行けない――」
「どう見ても行ける込み具合じゃなかっただろうが! もう少しでぶつかる所だっただろうが!」
「車線変えないと左に行けないじゃない!」
「行けないもんは行けないんだから仕方ないだろうが! 諦めて前進めや!」
「じゃあもっと早くに言ってよ!!」
香織の金切り声が車内に響く。
「……」
「……」
男が少し、間を置く。
「なんで私ばっかりそんな言われ方しないといけないのよ!」
「危なかったんだから当たり前だろうが!」
「なんでそんな言い方しか出来ないのよ! 私だって一生懸命頑張ってるのに、なんでそんな言い方しか出来ないのよ!」
「危ないからだって言ってるだろうが! 自分が危ない運転してる自覚がないのになんで俺を責めるんだよ! 何か俺が間違ったこと言ってんのかよ⁉」
「運転してないんだから仕方ないでしょ! そんな言い方しなくてもいいって言っただけでしょ!」
「仕方ないじゃねぇだろうが! やろうとしないことと出来ないことは別物だろうが! やろうともしてないくせに自己保身ばっかすんなや!」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「だからお前がおかしなことしたんだから、まずはお前が、自分が間違ってることを自覚しろって言ってんだよ!」
「もういい!!」
「……」
「……」
車内が静まり返る。
「お前が間違ってるから……」
「もういいから!!」
香織は金切り声を、上げる。
新井は耳をふさぎ、必死に窓の外を見た。
「なんでもかんでも私が悪いんでしょ! どうせ私が悪いのよ! どうせ私が悪かったから危なかったのよ! どうせ私が悪かったから、謝ればいいんでしょ! どうせ私が悪かったから事故りかけたんでしょ! どうせ私が悪かったから、全部私が悪かったんでしょ!」
「お前が……」
「もういいから!!」
香織は叫ぶ。
「……」
「……」
「……」
「お前が悪かった――」
「もういいって言ってるでしょ!!」
香織は車を急停止させた。
再び後方から、クラクションが鳴らされる。
「もう行かないから!」
香織が車から降りた。
「おい、ふざけんなよ! 危ねぇって言ってんだろうが!」
「もう放っといてよ!」
香織が車から降り、雑木林へ歩いて行く。
男は香織を追った。
新井も車から出て、香織を追いかける。
「おい!!」
「もう放っといてよ!」
「……ちっ」
男は舌打ちをし、母親を置いて車に戻った。
「いい加減にしてよ!!」
新井が、叫んだ。
「お金も持ってないのに、こんなところで置いてかれたらどうするわけ!?」
「……」
「お母さん置いて戻らないでよ!」
「……」
男と香織が新井を見る。
「早く戻らないと道塞いでるだろうが」
男は車に急ぐ。
後方の車の交通の流れが悪くなっていた。
男は車を安全な場所に止め、帰ってきた。
「もういいわ。俺が運転するから」
男は香織に声をかけた。
「もう放っといてって言ってるでしょ!」
香織はその場にしゃがんだまま、動かない。
「もう止めてよ!!」
新井が金切り声を上げる。
「こんな思いするために車乗ったんじゃない! こんな思いするために遊びになんて来たんじゃない! こんなだったら、最初から来るんじゃなかった!」
新井は香織と男を置いて、駆けだした。
「由紀!」
香織の制止も聞かずに、新井は走り出した。
「もうヤダ……」
新井はスマホで電話をかけた。
「最悪だよ……」
新井は近くのショッピングモールまで走り、電話相手の到着を待った。
三時間が、経った。
「お待たせ」
「裕也君」
山田裕也が新井を迎えに、遠くの地までやって来た。
「突然呼ばれたから何かと思ったけど」
「……っ!」
新井は山田の胸に飛び込んだ。
「もうヤダ、私あの家族……。どこか連れてって……」
「……なんかあったんだな」
山田は新井の肩を抱いた。
「じゃあ今家で飲んでるから行くか」
「お願い」
新井は山田の車の助手席に座らせてもらう。
「死ねばいいんだ、あんなお母さん」
新井は山田に自宅へと、向かった。




