第332話 すれ違いはお好きですか? 2
「なに、これ?」
対峙する赤石と高梨たちを見て、平田は一言呟いた。
「一体何なのかしら、赤石君これは」
平田と高梨が睨み合う。
「なんでこんな女がここにいるのかしら、って聞いてるのよ」
「それはこっちのセリフなんだけど。何、お前? なんで今さら赤石に会いに来てるわけ?」
あぁ、と平田が鼻を鳴らす。
「そのちっこいのに言われて来たわけ?」
「そうよ」
平田が上麦を見る。
「白波平田嫌い」
「私も嫌いよ、こんなの」
「喧嘩売りに来たわけ?」
「私たちが話してる所に突然割り込んできたのはあなたでしょ」
高梨が片眉を吊り上げる。
「あなた、今はこんなのと一緒につるんでるのね。落ちる所まで落ちたものね」
「落ちるも上がるもないっしょ。お前が引き上げてやんなかったから落ちるところまで落ちてんじゃん。崖から落ちる様子眺めてたくせに、落ちる所まで落ちたじゃないでしょ。引き上げて欲しい人間見捨てといて落ちる所まで落ちたはないでしょ。お前が手を取って引き上げたらよかっただけの話じゃん」
ウケる、と平田は手を叩く。
「引き上げるも何も、自分から落ちた人間に何をしろ、というのかしら。私は言ったわよ。何度も、何度も。止めなさい、あなたがやることじゃない、何度だって言ったわよ。でも赤石君はそうしなかった。自分から悪意をふりまいたのよ。赤石君が今この状況になってるのも、全部赤石君のせいよ」
「赤石が何したってわけ?」
「あなたも見てたでしょ、聞いてたでしょ、赤石君が言ってたこと。あれが全てよ」
「じゃああの程度でお前は赤石を見捨てたんだ?」
「見捨てたんじゃないわ。赤石君が償うべき罪を償うまで待ってるだけよ」
「罪なんてないでしょ。そもそも言われた私が今ここにいるのがその証拠でしょ」
「頭が悪いと自分に言われたことの意味も理解できずにいて良いわね。許すことが美徳だと考えてるのなら大間違いだわ」
「うぜ」
平田は舌打ちをする。
「そいつがいないと死ぬまで話しかけにも来なかったくせに、黙っときなよ」
平田は高梨の背後に隠れる上麦を睨みつける。
「お前みたいな友達風情がいるからロクな目に遭わないんだわ。どうせすぐに裏切って離れていくんでしょ。今さら友達面して帰って来んなよ」
「私もそう思いますわ」
後ろから花波がやって来る。
「花波さん」
「高梨さんは非情だと思いますわ。辛い時こそ支えてあげるのが友達ではありませんくて?」
花波が赤石の隣に立つ。
「なんでもかんでも肯定してイエスマンになる人の方がよっぽど他人のはずだけれど。友達だろうが親友だろうが、犯した罪の重さを知って、それを咎めない方がよっぽど不健全だわ。そっちの方が友達でも何でもないわよ。お互いに依存しあってるだけでしょ、あなたたちは」
「そんなことはありませんわ。私は、少なくとも私は、赤石さんのしたことを好意的には思っていませんし、赤石さん自身の状況にも一定の理解はありますわ。ですが、赤石さんから離れはしませんでしたわ。赤石さんが一番辛いはずでしょうから」
「お前はどう思ってんだよ」
平田は赤石に水を向ける。
「高梨の言うことは間違ってない。高梨のやってることには一定の正義がある」
反面、赤石は上麦を見た。
「だが、そいつを連れてきたのは鼻持ちならない」
「なんで……」
上麦は高梨の背後から出て来た。
「そうよ。赤石君は鳥飼さんの件でも問題があるはずよ。あなたたちは一体どう考えてるのよ」
「鳥飼」
「どうなんですか?」
花波が赤石を見る。
「……」
全員の視線が、赤石に注がれる。
「赤石さん、どうなんですか?」
花波が赤石に問いかける。
もう何もかも、面倒になって来た。
いっそ全ての罪を被って、全ての関係性をゼロに戻してやろうかと、破滅思考が赤石の脳裏を過る。
「何を、聞いてるんだ」
赤石は答える。
「あなたは鳥飼さんと交際をしていた。鳥飼さんは校内で赤石さんに監禁され、暴力を振るわれた。私はこう聞いていますが、それは真実ですか?」
「……」
赤石は息を吸う。
「事実なわけないだろ」
そう、言った。
「なんで俺があんなのと付き合わなきゃいけないんだよ。どんな馬鹿が学校で暴力振るうんだよ。そんなことあるわけねぇだろ。常識的に考えろよ。今まで俺をどんな奴だと思って関わってたんだよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
シン、と静まり返る。
「アホらし」
平田がため息を吐く。
「そんなこと考えなくても分かるでしょ。お前は存在しない噂に惑わされて、半年間も赤石のこと放置したわけじゃん。で、そこのチビに言われて今頃のこのこやって来て、事実はどうなんだ~、とか言ってるわけ。本当ダサい」
「私はそうだと思っていましたわ」
花波もまた、ため息を吐く。
「それが不問になったとして、赤石君が櫻井君に関わって他の人にあんな暴言を吐いたことは変わらないわよ。私が本来問題視してるのはそっちの方よ」
「……」
赤石はうつむく。
「赤石」
上麦が赤石に近寄り、袖をつかんだ。
「あかねのせい?」
「……百パーセント俺が被害者かというと、そうでもない。暴力は振るっていないが、俺は言いたいだけ言ったからな」
「あかね謝らす。仲良くしよ?」
「嫌だ。もう俺のことは放っておいてくれ……」
赤石は上麦の手をほどいた。
「もう疲れたんだよ、俺は……」
上麦は心配そうな目で赤石を見る。
「あかね謝らす。皆に説明する。許せない?」
「俺にも責任の一端はあるが、一人にだけ謝らせるっていう状況が気まずいんだよ」
「じゃあ二人とも謝る?」
「俺も謝らないといけないかというと、それは絶対に嫌だ。どう考えたってあいつの方が悪い。でもあいつ一人だけ謝ってちゃらにしよう、ってのも嫌だ」
「……ぇ」
上麦がおろおろとする。
「どうしたらいい?」
「だから、もう俺のことは放っといてくれ……。もう疲れたんだよ。沢山なんだよ、人間関係に振り回されるのは」
赤石は首を振った。
「でも! でも! あんなに仲良かった。もう会えないの嫌!」
「人間関係なんて掃いて捨てるほど転がってるだろ。道で拾った綺麗な石なんてのはさっさと捨てろ。大人になる前にな……」
平田が赤石の襟を掴んだ。
「じゃ、もう私ら行くから。ご飯食べたいし」
平田が赤石を連行する。
「あなたたちはそれでいいのね!?」
高梨が平田たちに問いかける。
「別に赤石のこと許してないし、あんな暴言許せるもんじゃないから。でも、嫌でも私らは赤石と一緒にいる。暴言も許してないし赤石の性格も嫌いだけど、一緒にいる。ただそれだけだから」
「赤石君、あなたが選ぶのはそんな道でいいのね⁉ 自分の罪から逃げて、自分と向き合おうとせずに、そうやって逃げるのでいいのね⁉」
「…………」
赤石は高梨を振り返り、バツが悪そうにうつむく。
「あなたが今消費してるのは! 空費してるのは! 追い詰めてるのは! あなた自身なのよ! あなたが摩耗してるのは、あなた自身なのよ!」
「……」
赤石は答えない。
「また来るわ」
高梨は踵を返した。
「高梨、赤石、赤石……」
「今は何を言っても届きそうにないわ」
高梨と赤石は正反対に、歩き出した。




