第327話 元カレはお好きですか? 1
カツカツと早足に歩く。
「……」
「……」
赤石は授業終わりに、即座に教室を出た。
そして後ろから、平田が赤石を追う。
赤石は時たま後方の平田を気にして振り返りながらも、カツカツと歩き続ける。
「……」
「……」
平田は赤石の肩を掴んだ。
「ちょっと!」
「……?」
平田は眉を顰める。
「どこ行ってるわけ?」
「特に」
赤石は駅とは逸れた道へ歩いていた。
「帰らないわけ?」
「散歩」
「はぁ? こんなところまで私連れてきてどうしたいわけ?」
複雑に入り組んだ小道に、赤石たちはいた。
辺りを見渡し、あまりの人気のなさに、赤石は肩をそびやかす。
「こんなところまで私のこと連れてきて、一体なにするわ、け⁉」
平田は強い語気で赤石に問う。
「別に連れてきてないだろ」
「はぁ⁉ あんたの後ろ追ってたらこんなところまで来たんでしょうが!!」
「やっぱり連れてきてねぇじゃねぇか」
「後ろついて来たらこんなところ来たんだから、連れてきたのと一緒じゃん!」
「全然違うだろ」
赤石は来た道を引き返し始めた。
「何か良い近道知ってるのかと思ったら散歩してただけ? じゃあ最初から散歩するって言えよ!」
「誰にだよ」
「私に!」
「勝手について来ただけだろ」
「なんでついて来てる、とか今何してる、とかちょっとは気遣えないわけ? 本当あんたそんなだから今までの自分の人生駄目になってるんじゃないわけ? 人に気が遣えないからこうやって何回も誰かに怒られてるんじゃないわけ? 私が後ろから来てるんだから散歩したいなら散歩したい、って言えばいいじゃん! 今帰ってるんじゃないって言えばいいじゃん!」
「嘘だ」
「嘘ぉ?」
平田はあたりを見渡す。
「やっぱりあんた本当は私のことが……」
「タイプじゃない」
「私だってお前みたいなブスタイプじゃねぇから。調子乗んな」
「お前だよ」
平田は再び赤石の後ろを追う。
赤石は平田を気にせずカツカツと歩く。
「じゃあ何なわけ⁉」
「お前が後ろからついて来てるのが分かったからわざと変な道に来た」
「いやがらせ⁉」
「いや、いつになったら何か言うのかな、と思って」
「何も言わなかったらまだ先行ってたわけ?」
「気になるだろ。お前の忍耐力」
「本当お前性格悪い。マジで。本当に頭見てもらった方が良いよ。女の子が後ろからついて来てるんだからちょっとは察するよね、普通」
「だから察して変な道着て忍耐力試したろ」
「察して、私のやりたいことをちゃんと実行してくれるよね、ってこ、と!」
「黙ってたら何も伝わらないぞ。何も言わなかったら相手に伝わらないのは当たり前だ。ヒューマントゥーヒューマン。お互い言葉があるんだから察してじゃなくて言葉で伝えるだろ。俺はお前にそのことを伝えたかったんだよ」
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね! キモい死ね! マジでついて来るんじゃなかった!」
平田は悔しそうに地団太を踏む。
「今度からは察して、じゃなくて言葉で伝えられればいいな」
「言われなくてもそうするわ!」
「人間は失敗からしか学べないからな。失敗しないと学ばないんだよ。良かったな、こんな小さな失敗で大きな学びが出来て。お前は幸せ者だよ。俺に感謝しろ」
「うっぜえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
赤石は平田を置いてそのまま歩く。
「てか……」
平田は段々と赤石と距離が離れていく。
「速い……って……」
早足であるく赤石のスピードに、ついてこれない。
息を切らしながら平田は必死に早足で赤石を追う。
「不健康だから歩けないんだろ。今度からタバコは止めとくんだな」
「タバコなんか……吸ってねぇわ……」
平田はへろへろになりながら赤石の後を追う。
「えっ――」
平田の声が途中で途切れる。
「キャーーーーーーーーー!!」
平田の叫び声が、した。
「追いつけないからって叫ぶな……」
平田を振り返ると、平田は腰を抜かしてその場にくずおれていた。
そして平田の視線の前には、同じくらいの年齢の男が、いた。
「朋美、お前、ふざけんなよ」
カッターを持って平田の前に、立っている。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
腰を抜かした平田は這う這うの体で赤石の下へと行く。
「無理無理無理無理」
赤石は後ずさる。
平田は赤石の袖を掴み、赤石の後ろに隠れた。
「無理無理無理無理」
赤石と平田は男を前に、後ずさる。
「お前が今の彼氏だろ!」
「キャーーーー!」
男はカッターを振り上げる。
「違う違う違う! 全然違う!」
平田は赤石の後ろに隠れ続ける。
「こんなブス全くタイプじゃない! 勘違いだ!」
赤石は平田の後ろに回った。
「彼氏! こいつが今の彼氏! だから何⁉」
「黙れ! 嘘吐くな!」
平田は赤石の背後に回る。
「どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしやがって……」
男はカッターの刃をキリキリと出す。
「分かってんのか!」
赤石はじりじりと後退する。
「誰!?」
「わかんないから! 何人目かの彼氏!」
「何人目だよ!」
「何人目かも分かんないし名前も何も覚えてないから!」
「全部お前のせいじゃねぇか!」
平田は赤石の服を掴み、逃げられないようにする。
「よし平田、ここは俺に提案がある」
赤石は小声で平田に言う。
「俺の合図で二人とも逆方向に走り出すんだ。そしたら逃げ切れる!」
「あいつ私のこと狙ってんだから私が危ない目に遭うだけじゃん!」
「だから俺が逃げ切れるって言ってるだろ!」
「ふざけんなクズゴミ! それでも男なわけ⁉ 男気なさすぎ! 女の子が危ない目に遭ってるのに見捨てて逃げるとかマジであり得ないから!」
「男らしさを強要する時代じゃないぞ!」
「男らしさがないとかマジで終わってるから! お前の良い所本当何一つなくなるから! 男から男らしさ取ったら何が残るわけ⁉ 男らしくない奴なんか誰も求めてないから!」
「全部お前がまいた種だろ!」
赤石と平田は小声でひそひそと話す。
「お前も俺を馬鹿にすんのか!」
男は石を蹴り飛ばす。
「なんとかして!」
「議論でなんとかなるタイプの人間に思えない! 何したんだよ、お前は一体あいつに。お前が話しかけろ。人の心に語り掛けろ」
平田は赤石の背後からおずおずと顔を出す。
「ごめん、なんでそんなに怒ってるわけ……?」
平田は上目遣いで尋ねる。
「分かるだろ! 全部お前のせいだろ! お前は俺に一生の愛を誓っただろうが! お前が俺のこと騙してから俺の人生最悪なんだよ! 全部お前のせいだろうが!」
「ひっ!」
再び赤石の背後に隠れる。
「あの日だって、俺と一生一緒にいるって言ったじゃねぇか! お前が学校で俺のことキモいとか臭いとか滅茶苦茶言ったから、お前のせいで、俺が学校でどういう立場になったか分かってんのかよ! おまけに俺の体がどうだとか、お前のせいで何十人、何百人にからかわれたか分かってんのかよ⁉」
「普通にお前が悪いな」
「いや、だってあいつ本当キモかったし、赤ちゃん言葉で喋り始めた時とかマジ笑ったわ。キモすぎて。録音してチャット流したもん」
「悪魔の所業だな。もう全面的にお前が悪い」
「でも殺すほどじゃないでしょ!」
平田はビクビクとする。
「お前が今の彼氏だろ! なんでそんなやつ庇ってんだよ!」
「だから彼氏じゃないし庇ってもないって……」
服を引っ張られ、動けない状況になっていただけだった。
「お前の家に送った手紙も全部破いただろ!」
「あれお前だったんだ。なんか暗号みたいなの送られてきて気持ち悪かったから……」
「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
男は頭をかきむしる。
「謝罪しろ! 土下座しろ! 今ここで!」
男は平田に叫ぶ。
「チャンスだぞ。平田、土下座しろ。お前の土下座一つで俺の命が助かるんだ。安いもんだろ」
「ふざけんな死ね! なんでこんな道端で土下座しないといけないわけ? マジであいつキモすぎんだけど……」
平田は赤石の後ろから見る。
「こ、これが見えねぇのか!」
男はカッターを空に突き上げる。
男の行動を見た平田は、一笑に付した。
「あいつカッター持ってるだけっしょ。自分に力がないから何かにすがって強く見せてるだけじゃない? なんかダサく見えてきた」
平田が嗤う。
そして赤石の背後からひょっこりと顔を出した。
「男って本当キモいよね。自分に魅力がないこと直視せずに全部女の子のせいにして。そんなだからモテないんじゃない? 自分がやってることの気持ち悪さ自覚できないから今もこんなことしてるわけでしょ? 結局自分の悪評も自分で払拭できなかったわけっしょ? 私にそんな責任押し付けられても困るんですけど。てかお前のことなんか別に好きでも無かったし、遊びで付き合ってあげただけだから。モテない男っていっつも相手のせいにしてキレるんだよね。私がちょっと相手したからってすぐ好きになって別れたからってこんな執着して。もうお前本当キモいって……」
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
カッターの刃を出し、男は赤石に迫って来た。
「止めろ止めろ止めろ! 俺は関係ないぞ!」
男は赤石に迫った。




