第325話 八谷との交流はお好きですか?
「起立、気を付け、礼」
「「「ありがとうございました~」」」
昼前の授業が、終わった。
「終わったね」
「ね~」
昼食を前にして、生徒たちは各々の派閥で雑談をする。が、赤石は未だクラスには馴染めずにいた。
「……」
ガタ、と椅子を引き、赤石は教室の外に出た。
赤石は一人、別棟の湿った教室へ向かう。
「……」
「私も行くわ」
廊下を歩いている最中、後ろから平田がついて来た。
「今日もあの湿ったところで食べるわけ?」
「嫌ならついてくるなよ」
「行くところがないからついてってるだけでしょ。何その言い方」
平田は眉を顰める。
「本当神経逆撫でする言い方するよね、お前」
「はいはい」
赤石と平田は別棟の教室へたどり着いた。
「……」
「お」
教室には既に、人がいた。
「別に一緒に食べても良いよね?」
平田が赤石を見る。
「……」
赤石の視線の先には、八谷がいた。
赤石は八谷から離れた席につき、平田は八谷の隣に腰を下ろした。
「……」
「……」
赤石と八谷は話さない。
「あれ、なにこの空気感?」
平田は不思議そうに呟く。
「お前ら二年の時は仲良しだったはずだよね? いや、この表現があってるか知らないけど。てか、本当に付き合ってたんじゃないわけ?」
「……」
「……」
平田の質問に、赤石も八谷も答えない。
「あ、分かった」
平田は膝を打つ。
「フラれたんだ」
「……」
「……」
赤石と八谷がバツ悪そうに俯く。
「あはははははははははは! やっぱり! 当たってる! 高校生が仲悪くなるのなんてどうせ恋愛絡みばっかだよね! あっははははははははは! ウケる! 超ウケる!」
平田はパチパチと手を叩き、大笑いする。
「どうせお前が告白したんでしょ?」
平田が赤石を指さす。
「で、フラれて撃沈轟沈意気消沈、ってわけ? あははははははは! だっさ! お腹痛い! 本当面白い」
平田がひぃひぃと泣き笑いする。
「……」
赤石は黙ったまま、昼食を食べ始めた。
「八谷もなんとか言ってやったら? こんな卑屈でキモいのに粘着されて困ってた、って。いや、お前なんかが八谷と付き合えるわけないでしょ、ばーか」
平田は八谷を見た。
「……違う」
「え? 違った?」
平田はきょとん、とする。
「もしかして……」
平田は八谷と赤石を交互に見る。
「え、なんで? 逆? なんで? おかしくない?」
目が点になる。
「はぁ? お前二年の時あんなに仲良くしてたのにフったわけ? なんで? 意味わかんないんだけど」
平田は赤石にずかずかと近寄る。
「てか、お前こいつにフラれたからうじうじしてたわけ? はぁ? しょ~もな」
平田はため息を吐き、椅子に座った。
「いやいや、フラれたくらいでキャラ変わりすぎでしょ。どんなフラれ方したらそんなことなるわけ? そもそも、お前がフる理由が意味分かんないんだけど。どう考えたってお前からしたら高嶺の花でしょ」
平田は足を組み、顎をさする。
「なんでフったわけ?」
平田は赤石の席の前に来て、ダン、と手をついた。
「……別に」
言いたくない、とでも言いたげに、赤石は平田から目を逸らす。
「どう考えてもお前底辺なんだから、告白されたんなら付き合ったら良かったでしょ? 何選べる男感出してるわけ? 選べる権利なんかないでしょ」
「……」
赤石は平田の問いに答えず、無言で食事する。
「そもそもお前もお前、フラれたくらいでキャラ変すんなよ。男なんて星の数ほどいるのに、こんなのに執着するだけ無駄でしょ」
今度は八谷に言う。
「ねぇ、なんでこんなのに執着するわけ? フラれたくらいで女の子の価値が下がるとか思っちゃってるわけ? ちゃんちゃら馬鹿げてるんだけど。こんなのにフラれてもフラれたうちに入らないでしょ。次行けば? てか、男と付き合ったこととか、もしかしてない感じ?」
遠目に八谷に話しかけるが、八谷も答えない。
「も~、なんで二人とも何も答えないわけ? 別れたカップルみたいな空気感本当辛いんだけど」
「じゃあ連れてくるなよ」
「連れてくるな、とかそんな言い方止めなよ。八谷が可哀想じゃん」
「……」
ガタ、と八谷が椅子を引いた。
「やっぱり私帰る」
そう言うと八谷は弁当をまとめ、席を立った。
「ちょっと、も~、あんなのの言葉鵜呑みにするなって!」
平田が八谷の手首を掴み、席に再び座らせる。
「お前もお前。八谷が嫌な気持ちになるようなこと言うなって。女の子の気持ちとかちゃんと考えらんないわけ?」
「そんな深い意味で言ってない」
「八谷もいちいちあいつの一言一言に反応しないで。あいつはただのクズのゴミだから。あんなのの言葉で一喜一憂するのなんて勿体ないよ?」
「……」
八谷はうつむいている。
「でも、私が全部悪いから……」
八谷はぼそ、と呟く。
「あ~~~~ん、もう、本当めんどくさいお前ら! 好きなら好き! 嫌いなら嫌い! 嫌なら嫌! 良いなら良い! そういう所はっきり言ってくんない? じめじめじめじめ、本当鬱陶しいんだけど!」
平田が八谷の手を引き、赤石の下まで連れていく。
「ほら、言いたいこと言えば?」
平田は八谷の背中を押した。
「そんなの……ないわよ」
八谷は赤石に背を向け、帰る。
「…………」
平田は唖然とした。
「ねぇ、本当あんたら何があったわけ? 教えてくんない?」
「……」
「……」
二人とも、答えない。
「はぁ……」
平田は大きくため息を吐いた。
「あんたらに何があったか知らないけど、赤石は女の子困らせるようなことしたんでしょ? 八谷はあんなのの言葉で落ち込んだんでしょ? 赤石は八谷に謝って。八谷は赤石の言うこと聞かないで」
次は平田が赤石の手首を持ち、八谷の下へと連れて行った。
「……」
「ほら、謝って」
「止めて」
八谷が赤石と視線を合わさずに、言う。
「でもこいつのせいで八谷が――」
「止めて」
八谷が平田を睨む。
「~~~~~」
「全部私が悪いから。ちゃんと理解してるから。赤石に謝られたりしたら、今よりもっと赤石と会話も出来なくなる。今よりもっと顔を上げられなくなる。今よりもっと、赤石に近づけなくなる」
「そんなこと……あるわけないでしょ」
平田は赤石を解放した。
「……」
赤石は自分の席に戻る。
「赤石は人の心を軽んじて横暴。八谷は卑屈になって自己肯定感が低い。なんであんたらそんなでこぼこなわけ?」
「元カレにボコボコにされたお前が言えるセリフじゃないだろ」
「はぁ? 別に泣いたりしてないから。私のこと甘く見ないでもらえますぅ~?」
平田は口をとがらせる。
「もういいわ、じゃあ。好きなようにしなよ。どうせ私なんか外野の外野ですから。勝手にしてくださ~い」
平田は不機嫌に鼻を鳴らし、どか、と席に座った。
「平田」
「女の子泣かす男とは口ききませ~ん」
「~~」
「平田さん」
「いちいち卑屈になるような女とは口ききませ~ん」
「……」
「……」
「本当あんたらって面倒くさい」
赤石たちは三人で食事した。




