第322話 鈴木女神はお好きですか? 1
「私こんな名前だからさ」
鈴木は赤石にボールを投げた。
赤石は素手でボールをキャッチし、投げて返した。
「小学生の時から皆に名前のことでからかわれて」
「……」
「それこそ、さっきの赤石みたいに、女神様だ女神さまだ、って」
鈴木は赤石を咎める。
「すんません」
「いいよ、別に気にしてないから。悪意があったわけじゃないもんね。それに慣れっこだし」
鈴木は額の汗を拭う。
「高校になったら、何か変わると思ったんだ。誰も友達がいない中学時代からも、私自身が変われると、勝手に勘違いしてた」
「……」
「でも、実際高校に入ってみたら、何も変わらなかった」
鈴木がボールを投げてよこす。
「名前のせいなのかな。私のせいなのかな。私の周りには誰も寄ってこなかったよ。悲しかったな。なんでだろう」
鈴木はぼんやりと空を見上げた。
「女神なんて名前聞いて想像してたら私が出て来たんだから、そりゃおかしいのかもね」
鈴木はくす、と笑う。
「見てよ赤石、私女神様になんて見えないでしょ?」
鈴木は両手を上げて、赤石に見せた。
「まあ、好みって言うのは人――」
「好みのタイプは人によって違うんだから、誰かにとってはお前は女神そのものだよ、みたいなつまんないこと言わないでよね」
「……」
図星だった。
「女神なんて名前がついてるんだから、誰が見たって、誰の目からでも女神じゃなきゃダメなんだよ。私は女神なんだから、全会一致で女神様じゃなきゃダメなんだよ……」
「そうか」
「私は女神様なんてなれないよ……。こんなの名前負けすぎるよ……」
鈴木はその場にしゃがんだ。
「そうそう、私は女神なんだ、女神って感じでもないでしょ、なんて笑い飛ばせれば良かったのにね。あはは、変でしょ、なんて笑い飛ばせれば良かったのにね」
鈴木は地面に視線を落としながら、言う。
「自分の名前に不服か?」
「……」
鈴木は手を止めた。
「分かんない。親からもらった大切な名前にケチつけるんじゃない、なんて言われそうだし。良かったか悪かったかなんて分かんないよ。私が悪いのか名前が悪いかなんて分かんないよ」
鈴木は地面に指で絵を描き始めた。
「でも」
「でも?」
「でも、私が選べるなら女神なんて絶対にしなかったのに……」
「……」
赤石は鈴木の前に立った。
「高校はもう行かないのか?」
「もう私たち三年生だよ? 行ったり行かなかったりを繰り返して、もう私疲れたよ……」
鈴木は赤石に手を差し出した。
赤石は手を引き、鈴木は立ち上がる。
「皆、女神なんて名前が嫌いなのかもね……。女の子の神様なんだから。調子乗るな、なんて怒られても仕方ないのかもしれないね……」
「そんなこと言われたのか」
「言われるよ。何かが違ったら、私が言ってた側になってたかもしれないし」
赤石は鈴木にボールを返した。
「なんで女の子って少数派を排斥するのかな。なんで変な子は輪に入れないのかな。私も男の子になりたかった。男の子なら、こんなことならなかったのに」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるよ。ドラマの俳優がなんたらだなんて、私知らないよ。流行りの音楽なんて、興味ないよ。そういう今流行ってる物を知らないと、女の子の世界ではやっていけないんだよ。学校に行ったら皆同じ話して、皆同じこと言って、皆同じ人間みたい。同じことに興味持って、同じことして、皆が笑った時に同じように笑って。人の顔色ばっかり窺って、周りから排斥されないように気を付けて。もう嫌だよ、こんなの」
「男でも女でも変わらないだろ。人間は本来そう言う生き物なんだろ」
赤石と鈴木はブランコに座った。
「誰かが良いと言ったものを良いと思って、流行っていると言えば飛びついて、流行りが廃れば捨ててゴミ箱行きだろ。そういうもんだよ。皆、周りの普通に置いて行かれたくなくて必死なんだよ。普通で標準で流行りの物に乗っかりたくて仕方ないんだよ。周りの流れから置いて行かれたくないんだよ」
「なんで?」
「少数派は常に、排斥される運命にあるからだよ。権力を持たない少数派はいつだって、排斥される。それが人間という種族の運命なんじゃないか。多数派に迎合しないことは怖いことなんだろ」
「そんな時代でもないでしょ」
「そんな時代しか来ないんじゃないか。変な奴は避けられる。道端で見知らぬ夫婦が乱暴に殴りあってても誰も止めないだろ。そういうもんだよ。関わりたくないんだよ。普通じゃないものには関わりたくないんだろ。少数を切り捨てて多数派として意見を統一することで今までやって来たから、周りに合わせない輪を乱す人間は排斥される運命にあるんじゃないか」
赤石は呟くように、言った。
「……じゃあ女神様なんて、排斥候補の際たるものだよね」
「そうなのかもな」
鈴木と赤石はお互い落ち込む。
「赤石は高校で友達いるの?」
「…………どうだろうな」
何とも、言えなかった。
「じゃあ――」
「ユトーーーー」
遠くの方から、声がした。
「何?」
「ユトーー!」
声を上げながら女が一人、公園に入って来る。
「知り合い?」
「まあ」
「おっす!」
女、船頭は速度を緩めず、背中から赤石に突進した。
赤石は押されるようにして地面に転び、船頭は赤石の背中の上を転がって行った。
「やっぴー!」
服から土を払った船頭は立ち上がり、再び挨拶をした。
「えっと……」
鈴木は赤石と船頭を交互に見る。
「この子誰?」
船頭が赤石に聞いた。
「女神」
赤石も土を払いながら答える。
「ユトにとっての女神様ってこと⁉ どういう関係性⁉」
「こっちの台詞だけど……」
「こんにちは、あたし船頭ゆかり、あちしは悠人にとっての宝物みたいな存在。よろしくね!」
船頭はウインクをすると、片手を差し出した。
「あ、あはは……」
鈴木は船頭の手を取った。
「で、女神って?」
「名前」
「名前ぇ⁉」
船頭は鈴木を見た。
「へ~、変な名前!」
「あ、あはは」
鈴木は困った顔で苦笑する。
「じゃ、じゃあ私もう帰るね」
鈴木は立ち上がり、帰ろうとした。
「え、もう? うん、ばいばい」
「いや」
赤石は鈴木のブランコを握った。
「帰るな。こいつは黙らせるから」
「……」
鈴木は周囲を瞥見した。
「やることがあって来たんだろ?」
「……お見通しかな」
鈴木は再びブランコに座った。
「え、何何何?」
船頭が近づく。
「うるさいから黙って。委縮するから、女神が。距離感大事にするやつだから」
「す、すみません……」
船頭は口に指を当て、お口チャック、とした。
「で、その人は……」
鈴木はおずおずと聞く。
「船頭。知り合いのギャル」
「ギャルの人と知り合いなんだね、赤石は」
「たまたま出会う機会があった。でもお前とは合わないと思うから暫く静かにしてもらう」
赤石は船頭を見る。
船頭はこくこくと頷いた。
「何か事情があってここに来たんじゃないのか?」
赤石は諭すようにして、聞いた。




