第319話 平田朋美はお好きですか? 2
「はぁ……」
平田はため息を吐く。
赤石は飯を頬張る。
「こんな生活であと一年もこの高校で過ごさないといけないわけ?」
平田はキレ気味に赤石に聞く。
「秋ごろからはもうほとんど学校来ることないだろ? 確か受験シーズン前はもう学校に来ることもほとんどなくなってた気がする。時間的には一年かもしれないが、普通に登校する期間は多分あと半年くらいだろ」
うっすらとした知識で赤石は答える。
「半年でも長いから」
「仕方ないだろ。自分でまいた種は自分で摘み取るしかない。自分がしたことの責任は自分が取らないといけない」
「私そんな悪いことしたわけ? 男に騙されて暴力振るわれて、彩音に陰口叩かれただけじゃん。なんで私がこんな目に遭わないといけないわけ? 何か私が悪いことした訳?」
「今までの素行の悪さだろ。あと、そんなやつと付き合ってるからだろ」
「はぁ?」
平田は赤石を睨む。
「全部男のせいじゃん。付き合ってる男の程度が低いから私まで嫌な目に遭って、本当最悪」
「争いは同レベルの人間でしか起こらない……」
「私も低レベル人間だって言いたいわけ? マジ最悪」
平田が赤石の机を蹴る。
「馬鹿はすぐに手が出る」
「はぁ~~~~~~~!?」
平田は再度赤石を殴ろうとしたが、わなわなと震え拳をしまった。
「馬鹿は声がでかい」
「はぁ……?」
「馬鹿は俺が嫌い」
「馬鹿で私を制御しようとすんな!」
平田は赤石の足を蹴った。
「大体どこで出会ったんだよ、裕也君とかいう奴と」
赤石は会長から受けている依頼の中身を、ここで聞き出そうとする。
「……ナンパ」
平田はぼそ、と言った。
「ナンパ? どこで?」
「高校出てからすぐに、ナンパされた」
「軽い女……」
赤石はため息を吐く。
「車乗ってたからすごい魅力的に見えただけだし。そもそもこういう出会いのチャンス逃がす方がよっぽど馬鹿だと思うんですけど~?」
平田はマイクを握るように手を形作り、赤石に向ける。
「毎回嫌な目に遭ってるならもう誰かと付き合うの止めろよ」
「それは無理。絶対無理。これから夏休みもあるのに、男のいない夏とか、あんこの入ってないアンパンみたいなもんだから」
平田は髪をかき上げる。
「アンパンは別にあんこ入ってても入ってなくてもほとんど味変わらないだろ」
赤石は何気なく言った。
「はぁ~~~? 何言っちゃってるわけ、自分? アンパンにあんこ入ってなかったらただのパンじゃん」
「別に入ってても入ってなくてもあんまり味変わらないだろ」
「いやいやいやいや。全然味変わりますから。全く違いますから! 美味しさ全然違いますから!」
「どっちもおんなじようなもんだろ」
「はぁ~~~~~!?」
「アンパンがスーパーで割り引きされてるのは何十回も見たことあるが、クリームパンが割り引きされてるところは一度も見たことがない」
「はい、出た~。個人の意見をあたかも全体の意見みたいに言う奴~~」
「お前さっきまで男男言ってただろ」
「関係ありません~。粒あんかコシアンかで揉めるならまだしも、クリームパンかアンパンかで揉めだしたら本当許さないんだからな⁉」
平田は拳を出す。
「飯食えよ」
「お前が適当なこと言ってるからじゃん!」
「口動かさずに手動かせ」
「うっと~~~~~~~~し!」
平田はご飯を口に運ぶ。
「アンパン排斥主義者!」
「アンパンはあんまり美味しくなくないか……?」
「アンパンはアンパンの良さがあるんです~。クリームパンみたいな小学生の食べ物好きな方が味音痴なんです~」
「そうですか」
興味を失した赤石はそこで手打ちとした。
「クリームパン派の、この自分の方が一歩大人だから自分が引いて終わらしてあげよう、みたいな上から目線の態度も本当腹立つ! マジ無理」
平田はダンダンと机を叩く。
「どうしたら良かったんだよ」
「アンパンを認めて」
「分かったから怒るなよ」
赤石は平田をなだめた。
「はぁ……」
平田は平生を取り戻した。
「アンパン美味しいから」
「分かったから」
平田はぼそ、と呟く。
「男欲し……」
漫然と、言う。
「痛い目を見たのに」
「それでも欲しい」
「爛れたやつだな」
赤石は呆れる。
「勉強しろよ」
「勉強なぁ~……」
平田は外を見る。
「勉強もしないとなぁ~……」
平田は平田なりに考えているのかもしれない、と赤石は思った。
「でもこんな学校環境じゃ正直勉強にも身が入らないし……」
排斥されていて、赤石しか交友関係がない、ということに平田はまいっていた。
「交友関係増やせよ」
「無理。皆私のこと嫌い。どうせ皆、私のこと嫌い。
「今までの素行が悪かったもんな」
「はぁ……認めざるを得ないかも」
「……」
「……」
沈黙。
「はぁ~あ! 分かったよ、分かりましたよ!」
平田は突如大声を出した。
赤石は体を少し跳ねさせる。
「謝ればいいんでしょ、あ~や~ま~れ~ば」
平田は赤石に向かって、言う。
「いや、別に俺はそんなこと言ってない……」
「言ってるじゃん! さっきから! 謝れば解決するんでしょ、謝れば」
平田は頬杖をつき、口をとがらせる。
「謝るったって、何に謝るんだよ。また取り巻きを増やすつもりか?」
「……」
平田はちら、と赤石を瞥見した。
「つ……い……」
「つい?」
「八谷……」
「八谷?」
赤石はきょとん、とする。
「許してもらえないだろ、あんなことしておいて」
「あいつちょろそうだから多分大丈夫だと思う」
「ごめんなさいの気持ちがない謝罪は、多分相手には通じないんじゃないか?」
予想外の展開に、赤石は動揺する。
「なんで? そんなのやってみないと分かんないじゃん」
「そうだけども」
「少なくとも、また彩音と仲直りするよりは、私の都合で御しやすそうだし」
「目論見からもう不健全だろ」
赤石は弁当を食べ切った。
「私も、お母さんに言われてちょっとだけ反省したりしてなかったりしたりしてるもん……」
「……複雑な日本語」
ゴールデンウィークの間に平田に何があったのか赤石は知らないが、それ相応のお叱りも母親から受けているのかもしれない。
「自分でまいた種は自分で回収しないといけないってお前さっき言ってたじゃん」
「まあ」
「自分のやったことの責任は自分で取るんでしょ? 彩音のは私が何かした訳じゃないし。謝るなら彩音からじゃん。でも八谷のは私がやったから、私が謝ればいいんでしょ? 私がしたことの責任は私が取るから」
「……」
平田も弁当を食べ切った。
「私、八谷に謝って来るわ」
「……そうか」
覚悟を決め、ほぞを固め、平田は立ち上がった。




