第318話 平田朋美はお好きですか? 1
赤石と平田は二人、廊下で歩いていた。
移動教室に先駆け、赤石たちは二人で歩く。
「ついてくるなよ」
「いや、一人よりましだからいるだけだから」
平田は外を見ながら言う。
「一人でいればいいだろ」
赤石と平田に対して、外野からあらぬ妄想と悪罵とが同時にかけられていた。
だが、櫻井が学校に通学することと、ゴールデンウィークという長期間の休暇を経たことも相まって、赤石たちへのバッシングは減っていた。
元より、赤石たちにあったバッシングの多くは、櫻井へと向かっていた。
「お前先輩の卒業式なに台無しにしてんだよ!」
中庭で櫻井が見知らぬ男子生徒に胸ぐらを掴まれていた。
「あ~ね」
平田と赤石は外を見ながら言う。
「今まであいつがいなかったから、全部私らに嫌がらせが回って来たってわけ?」
「お前のは自業自得だけどな」
「お前も自業自得だから。何自分は違うみたいなスタンス取ってるわけ?」
「……」
図星だった。
「お前の取り巻きはお前のこと心配してるんじゃないか?」
「なんで陰で私の悪口言ってるようなやつと一緒につるまなきゃいけないわけ? 何も喋らないからお前といるだけで、また私に何か言ったらお前もすぐに切るから。気を付けて?」
平田は赤石を睨む。
「そんなすさんだ人間関係嫌だろ」
「すさんだ人間関係にしたのはお前じゃん。関係ないのに私らに怒ってきて。何様のつもり?」
「全く関係ないこともなかっただろ」
「だとしてもキレすぎだし」
「……はぁ、悪い悪い」
折れた赤石は謝った。
「お前もうちょっと自分を制する力みたいなの持った方がいいよ? 社会に出てから困るよ? いつまでも、自分が言いたいこと言って、やりたいことして、そうやって生きていけるわけじゃないから。高校生だから見逃してもらえてるだけ。こんなこと続けてたら、お前もいつか手痛いしっぺ返しくらうよ?」
「それがまさに今だろ」
「今よりも、もっと。苛烈なことに巻き込まれて自分で対処できるわけ? いつまでもずっと自分の言いたいこと言ってちゃ駄目。やりたいことやってちゃ駄目。自制しなよ」
平田は赤石を突き飛ばす。
赤石はたたらを踏み、その場にとどまった。
「お前だってやりたい放題やってるだろうがよ。高校に車で大学生に迎えに来てもらって、人のこと言える立場かよ?」
「私は社会人になったらちゃんと自制するつもりだから。お前と違って。女の子の自由な時間って、あんたが思ってる以上にずっと少ないから。男はどうせ四十になってもしょうもないアニメ見て、しょうもない漫画見て、しょうもない小説読んで、そうやってしょうもなく生きていけるだろうけど、女の子にはそんなに時間ないから」
「失礼だな」
「女の子はすぐに自分の時間を奪われる。だから私は、ごく短いこんな短い時間だけでも、私のやりたいようにやってるってわけ」
「誰に奪われるんだよ」
「社会に……ううん、自分自身に」
「……?」
赤石には、よく分からなかった。
「男は四十くらいになってから婚活でもすればいいや、って思ってるかもしれないけど、女の子にはそんな時間ないから。大学を出たらもうすぐに婚活しなきゃいけない。だから男と違って自由な時間がないの。お分かり?」
「別に結婚しなくてもいいだろ」
「結婚するかしないかを若いうちに決めないといけないのが時間がないって言ってんの。何なの、三十歳が賞味期限って。失礼すぎでしょ、お前ら。ちょっとは言葉の裏とかちゃんと考えてくれる? 頭使って? 馬鹿?」
「お前より成績良いと思うぞ」
「馬鹿か賢いかを成績だけで判断するような考え方がもうね、馬鹿」
「うるせぇなぁ。どっか行けよ」
赤石は眉を顰める。
「ほら、馬鹿はこうやってすぐキレる。自制心とかないからすぐにキレる。馬鹿はすぐにキレてすぐに怒って、すぐに手を出す。特に男なんかなんでも暴力で解決すれば良いや、とか思ってるだろうからなおさらタチ悪い。世界の犯罪なんてほとんど男のせいじゃん」
「権力は行使するためじゃなくて守るためにあるんだよ。力を持ってる人間は自制しないといけない。力に頼る生活を送ってはいけない」
「じゃあ暴力振るわないで?」
「振るってないだろ」
赤石は片腕を上げ、殴るポーズを取る。
「ほら、やっぱり! 男はすぐこう! 女の子に口で勝てないからってすぐ暴力ふるう。暴力振るったら勝ちだと思ってるんだ。こういうとこ本当ヤダ。前の彼氏もすぐ暴力振るってきた。言葉で勝てないからってすぐに暴力ふるう。自制してくんない?」
「まだ振るってないだろ」
「振るう前提じゃん」
「人類の歴史には、常に暴力が付いて回ってきた」
「肯定しだしたじゃん!」
平田は赤石から距離を取る。
「女の力が言葉なら、男の力は暴力だ!」
赤石は腕を上げる。
「最低! 人間のクズ! 馬鹿は自制心がないから本当嫌い!」
平田と赤石は移動教室へと向かった。
「あ~」
昼休み。
赤石と平田は二人、別棟の空き教室で昼食を食べていた。
「お前、いっつもこんなジメジメしたところでご飯食ってたわけ?」
暗い部屋で赤石は弁当を食べる。
「最近はいつも」
「きっもちわる」
平田と赤石は前後の机に座り、窓を見ながらご飯を食べていた。
「お前がジメジメしてキモいからこんな暗くて湿った部屋で飯食ってんだ?」
「人の悪口陰で言うような陰湿でジメジメしたようなやつだから、お前もここに導かれたんだろうな」
「私は別に、教室に居場所なかったから着いてきただけ」
「だからついてくるなよ。一人にさせてくれ」
「私は一人は嫌なの」
赤石と平田はぎゃあぎゃあと喚く。
「教室でなんて食べれないし、食堂でぼっちも嫌。かといって他の知り合いもいないし、トイレで食べんのなんて本当論外」
「別に一人で食えばいいだろ?」
「一人で食べてたら、あの子友達とかいないんだ、ってくすくす笑われんじゃん⁉」
「笑われねぇよ」
「笑われんの! お前は高校生のネットワークを知らないから気付いてないだけ!」
平田は怒りながら弁当を食べる。
「っていうかこの席割り何? なんで前後で横向いて弁当食ってるわけ?」
「お前が突然やって来たからこうなってんだろうが。アポを取れよ、アポを」
「何、アポって? チョコレート?」
「アポイントメントだよ。近くに来るなら事前に言っておいてくれ」
「別にお前の教室じゃないじゃん、ここ」
「それはそうだけど」
赤石は言葉に詰まる。
「てか、その弁当すげぇ綺麗じゃね?」
平田は赤石の弁当を指さした。
「どうやって作った?」
「特別なことは、何も」
「女優みたいな言い回し止めて」
平田は赤石の弁当から卵焼きを取った。
「おい、汚い手で取るなよ!」
「お前より何万倍も綺麗」
平田は玉子焼きを頬張った。
「美味っ! 美味っ!」
平田は口元を手で隠しながら言う。
「料理上手くね、お前?」
「母さんが作った」
「ホテルの料理かと思うくらい美味しい。ありがとう、って言っておいて」
「そんな常識あったんだな」
「死にたい?」
平田は自分の弁当に戻った。
「あ」
「?」
赤石はカバンをごそごそと漁った。
「これ」
赤石はカバンから指輪を取り出した。
「え? 無理無理無理無理無理無理無理無理」
平田は椅子から立ち上がり、赤石から距離を取った。
「こんなところでプロポーズとか本当無理。え、なんで? 恋人ですらないのに?」
「いや、お前が作ったやつだよ。なんで自分で作ったのに気が付かないんだよ。俺だってお前みたいなやつは嫌だ」
「失礼じゃね?」
「お前の拒絶の方がよっぽど失礼だよ」
平田は改めて席に座りなおした。
「あ、本当じゃん。なんで持ってるわけ? 盗んだ? きも。女の子の家にある奴勝手に盗む男って本当多いんだよね。二つ前の彼氏とか――」
「知らねぇよ。お前の母さんからもらったんだよ。帰りに。仲良くしてやってくれ、ってさ」
「あのクソババア……」
平田は指輪を握りしめる。
「はぁ……」
ため息を吐いた。
「じゃあいいわ。もう。あげるから」
「いや、別にいらない……」
平田は赤石に指輪を返した。
「なんで?」
「多分捨てるから……」
「なんで女の子にもらったもの捨てるわけ? 心とかちゃんと宿ってる?」
「だって使い道ないだろ」
「物って使い道みたいな一面的な考え方しないから。思い出とか記憶とか、そういうのもちゃんと呼び覚ましてくれるのが物なの」
「お前とは嫌な記憶しかない」
「私もそうだから。とにかく、持っとけよ」
平田は赤石に指輪を手渡した。
「……」
赤石は武骨な指輪を見る。
「呪いとか……」
「かかってないから。死ね、ゴミ」
平田は赤石の机を蹴った。




