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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
36/585

第35話 クラスメイトはお好きですか? 3



「いやさぁ、お前と八谷が二人一緒に外に出てる写真、あるんだわぁ」

「…………は?」


 いつ、どこで、見つかった。

 突然の告白に、絶句する。


「マジウケるしその顔。ほら見てみろよ」


 呆気にとられた赤石の顔を見ると、平田はからからと笑う。

 平田は、赤石の眼前に自身のスマホを見せた。


「……………………な」


 平田のスマホには、八谷と赤石とが二人で写っている写真が表示されていた。

 

 赤石が八谷の後方に立ち、顔こそそこまで見えていないものの、間違いなく赤石と八谷だった。


 場所は映画館であり、館内で写真を撮る体を装って盗撮されたのだと確信する。 

 


 赤石は、平凡な人間である。

 一度も尾行をしたことがないことに加え、尾行している自分たちが尾行されるという可能性には一切言及できなかった。

 何より、そんなことをする人間がいると、考えられなかった。理由が、一切見当たらなかった。

 映画館という人混みの中で他者から撮られることを回避できる程の能力を、持ち合わせていなかった。


 

 だがそれでも、この写真だけでは赤石と八谷が二人で映画館にやって来ているとは、分からない。


 外面を取り繕い、平静を装う。

 何も取り乱していない風体を、演じる。  

 まだ大丈夫だ、まだ大丈夫だ、と赤石は必死に自分に言い聞かせる。

 赤石自身、二人で外にいる時に見つかったらどうするのか、と八谷に問い尋ねた事があったが、八谷は櫻井に見つかったとしても問題はないと言っていた。

 

 そして、何だかんだと自分に言い訳をして、誰かに盗撮される可能性をわざと考えなかった。

 八谷は見つかっても問題がないと言っていたんだから、誰かに見られても何の問題もない、そう自分で自分に言い聞かせた。

 八谷が言っていたから、八谷が言っていたから、八谷が言っていたから。 


 全ての責任を八谷に擦り付け、大丈夫だ、と何度も内心で首肯した。


 だが、赤石は自分でも想像していなかったほどに、狼狽していた。  


 何故ここまで狼狽しているのか。

 何が自分をそうさせているのか。

 それは、ほんの小さな赤石の、言い知れない感情の萌芽。赤石を変える、一手の切っ掛け。


 合理的を押し通す赤石自身への、感情の揺さぶりの問いかけ。  

 自分に対しての、八谷に対しての、わずかな感情の揺れ。

 赤石自身、理解は出来なかった。

 が、自分の心の中で渦巻く何かが、澱が、どす黒い下心が、欲望が、狼狽させた。


 赤石は、自分が分からなくなった。

 

 だが、赤石は、何度も内心で頷く。

 自分を見失わないために。


 大丈夫なはずだ。

 見つかっても何の問題もないはずだ。


 何度も、言い聞かせる。


 八谷と二人で出掛けたかったがために、見つかった際には全ての責任を八谷に擦り付けようと考えていた。


 そしてその状況が今、やってきた。


 赤石は必死に、必死に誤魔化そうとした。


 偶然の可能性があることに加え、あまり顔が映っていないことから、他人の空似の可能性もあり得る。 


 そこを突くことが出来れば或いは――


「いや……これは俺じゃない。誰か俺じゃない誰か……だ」


 どもりながら、赤石は返答する。

 平田は赤石の反駁を待っていたかのように、まなじりを吊り上げ眉根を寄せ、口端を歪ませた。


「実は写真はこれだけじゃないんだわぁ」


 平田はスマホを左にスワイプした。


「…………」


 赤石が八谷に話しかけている場面が、きっちりとフレームの中に収まっていた。

 それは、櫻井が何の映画を見るか分かるのか、と八谷に尋ねた時のものだった。

 八谷が赤石の言葉に反応して振り向いている途中であり、赤石と八谷本人であるということは、この写真だけで決定的だった。

 それに加え、共に話していることからも、ただならぬ関係であることが示唆されていた。


「これあんたっしょ? あんた八谷と付き合ってんでしょ、早く言えよ、マジ」

「………………っ」


 言葉が、上手く出ない。


 どうすれば、どうすればいい。

 

 そして、一体何故こんなことが……。


 赤石は、脳を白熱させる。


 誰が、一体何のために自分と八谷との写真を撮ったのか。

 そして、何故それを他者に拡散したのか。

 一体どれだけの人間がこの写真を目にしているのか。


 白熱する。

 焼ききれそうなほどに赤石は頭を動かし、最初に思い出したのは、須田の姿だった。


 須田は以前食事を共にしたときに、横に自分がいるのにも関わらずバレることすらなく写真を撮っていたことを思い出した。

 あの至近距離で、共に見合っていたのにも関わらず、露呈することなく写真を撮り、それを文章付きで『ツウィーク』に投稿していた。


 理由こそ分からないなれど、須田なら或いは…………。

 考えれば考えるほど、須田と話しているうちにおかしな点があったような気がした。

 そういえば須田は。そういえばあの時。そういえば。


 考えるほどに猜疑心が深まる。


 ――が、


 違う。


 赤石はまず最初に出て来た可能性を、真っ向から棄却した。

 自分が須田を信じてやらなくてどうする。

 たった一人の親友を信じることも出来なくてどうする。

 須田を疑ってしまえば、一体自分に何が残る。須田を疑うことは、どう考えても道理に合っていない。


 須田は違う、須田は違う、須田は違う。


 赤石は自分でそう言い聞かせる。

 

 親友を疑ってしまえば、今後本当に独力で生きていかなければいけないような、今後誰も信用できなくなるような、そんな気がした。


 更に、白熱させる。

 脳の神経回路が焼ききれそうなほどに、考える。


 誰がやったのかは分からない。

 そして何故そんなことをしたのかも。


 検証に必要な情報が足りなさすぎることで、すぐにその思考は打ち切りになる。

 クラスメイトに対してそこまで接触していなかったので、ここに来て他者への無関心が自分を苦しめ、締め付ける。


 思考は白熱しても、結論が出るわけではなかった。



 赤石は平田と対峙し、睨みつけた。


「は? なんだし、お前その態度。この写真が拡散されてもいいのか、って聞いてるから。さっさとお前は八谷とどういう関係か答えろよ、いやマジ」


 足りない情報は、平田から引き出すしかない。

 赤石は自分に足りないものを補完するため、会話から情報を引き出す。


 平田の口ぶりからして、クラスメイトの全員が知っているわけではないな、と推測できた。

 家庭科室での調理実習で八谷が自分にピーラーを借りに来た時は多くの生徒が手を止めこちらを見ていたな、と思い出す。

 それは、多くの生徒に既に情報が行き渡っているからではないのか。


 だが、平田は拡散を脅しに情報を引き出そうとしている。

 これは虚勢ブラフなのか否か。

 

 調理実習での態度から考えて、三矢や山本は知らないな、と思った。

 八谷の班の話を小耳にはさんでいたが、櫻井の口ぶりから考えて、おそらく櫻井もその事実を知らない。


 そして、周りの男子が言葉少なであまり教室の会話を聞いてこないことがあだとなった。


 思い返してみれば、八谷を見る時の櫻井の班の取り巻きは酷く色んな感情を宿していたのではないか。

 そうではないと言われればそこまでだが、そう疑ってしまえば、おかしな気がした。

 いつもなら八谷が抜けても櫻井と話していただろうが、妙にこちらを見守っているような、そんな気がした。

 

 いや、そもそもがおかしかった。


 あの時あの場では、数秒なりとも、場が静寂・・に満たされていた。

 

 櫻井とその取り巻きが全員揃っている中でそんな沈黙があり得るのか。

 常に櫻井に話しかけるあの全員がたまたま八谷がピーラーを取りに行ったときにたまたま押し黙ったのか。


 ――そんなわけがない。


 既に八谷を除外したクラスの女子の大半にその噂が広まっていると考えるべきなのかもしれない。

 人の口に戸は立てられない。


 だとしたら既にここの平田に加え、平田の四人の取り巻き、櫻井の取り巻き。ここまで情報が伝播していると、そう考えていいだろう。


 赤石は、今までの思考をまとめあげるように、ゆっくりと喋った。


「その写真は誰から送られてきた……?」

「はぁ? いや、ツウィークで知らないアカウントから送られてきただけだから。ってか、それ知ったところであんたは犯人とか分からないし、うちらも分からないから」


 平田は侮蔑の意味も込め、赤石をなじる。

 だが、平田の口が軽くて良かった、と思った。


 カオフを使わなかったのは、足が付くからだろうと考えられる。

 写真を送るためだけに新しいアカウントを作ったのか、と犯人の狂気に恐怖する。

 一体どこで誰にそんな恨みを買ってしまったのか。


 どうやって平田のアカウントを調べたのか。

 平田のアカウントを知っているということは、同じクラスの人間なのか。


 いや、平田の一年の時の知り合いの可能性もある。

 それに、同じ学校の人間と繋がっていれば平田を知らなくても平田に写真を送りつけることは可能だ。

 そもそも、平田とつながっている人間だけで既に全てのクラスの人間を包括していてもおかしくない。



 考えれば考えるほど、思考が堂々巡りに陥る。

 

 結論は、まだ出ない。


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