第310話 平田家はお好きですか? 3
「朋美さんのことですけど」
赤石は洋子に平田のことを伝える。
「僕も詳しくないですけど、朋美さんはどうやら大学生と付き合っていて、その大学生にフラれて学校の権威も失墜したんじゃないですかね」
「大学生……」
洋子は俯く。
「何か身に覚えでも?」
「朋美は高校生になってからずっと夜遊びに出かけて……外でそんなことを……」
うっ、と洋子は手で顔を覆う。
「……」
赤石は小首をかしげる。
「朋美さんは今どちらに?」
「上に……」
洋子は上を指さした。
「もしよかったら、朋美に声をかけてもらっても良いですか? 良い高校に行かせるまでは頑張ったんですが、その反動か、高校生になってから朋美はずっと悪い男の人たちと遊んでばかりで……」
「……」
洋子は立ち上がり、階段を上がる。
赤石も洋子の後ろから階段を上がる。
「朋美もこんな子じゃなかったんです。明るくて活発で、蜘蛛を見ただけで、怖いよお母さん、って泣きついてくるような子だったんです」
親と話をすると自分の知らない子供の素顔が出てくることが多いな、と赤石は感じていた。
「私にとって朋美は宝なんです。悠人くんから見れば横柄で横暴な嫌な女に見えるかもしれませんが、私にとって朋美は、たった一人の私の宝なんです」
洋子はゆっくりと、かみしめるように言う。
夫は宝ではないんだろうか、と思ったがあまり考えないようにした。
「私は子宝にも恵まれず、それでもやっとの思いで朋美を産んだんです。朋美が何をしても、正直可愛くて可愛くて仕方ないです。子はいくつになっても子供なんです。何歳になっても、私の大切な子供なんです。今は悠人くんにその気持ちは分からないかもしれないけど、私にとって朋美はとても大切で、朋美のためなら何でもしてあげたいと思うんです。もしよかったら……もしよかったら、これからも朋美と仲良くしてやってください。お願いします……」
洋子は二階に上がり、赤石に頭を下げた。
「朋美さんに仲良くする気があれば、ですかね……」
赤石と洋子は平田の部屋の前までたどり着いた。
「朋美~! 朋美~!」
洋子が部屋の前で平田を呼ぶ。
「朋美~!」
「うるさい!」
ガン、と扉が蹴られる。
赤石と洋子はびく、と肩を震わせる。
「うるさいうるさいうるさい! もう放っといてよ!」
ガンガンと扉から振動が伝わってくる。
「よくこれで大切にしようと思えましたね」
「子供ですから」
ふふ、と洋子は笑う。目元の皺から、苦労を感じる。
「朋美、今日は朋美にお客さんが来てるの!」
「……」
平田の部屋から応答がなくなる。
「あなたの同級生の、赤石悠人くんよ!」
「はぁ⁉」
ドン、と扉が再び蹴られる。
「俺だ」
赤石は一声、鳴いた。
「なんでそんなの連れてきたの!? 誰がそんなの連れてきて欲しいって言った⁉ なんでそんなことするの! 勝手なことしないでよ!」
ガンガンと扉が蹴られる。
「学校来いよ、平田」
「誰だよ、お前! うっせぇんだよ! いちいち上から目線でご高説たれてんじゃねぇよ、ブス! お前も学校で嫌われてるだけじゃん! 何勝ち誇った顔で言ってるわけ⁉ 死ねよ、ブス! ブスブスブスブスブス!」
「顔見えてないだろ」
「死ねブス!」
「……」
赤石は肩をそびやかす。
「駄目みたいですね」
「もう少し……」
洋子が赤石の肩を掴む。
「もう少し、お願いします」
「……」
赤石は再び平田の扉と向き合った。
「皆お前のこと心配してたぞ」
「誰も!」
一瞬、静謐が場を満たす。
「誰も! 私のことなんか、心配してない! どいつもこいつも、私が彼氏にフラれたくらいで逃げていくし! 死ね! 皆み~んな死ね死ね死ね! 帰れよ、ゴミ! 死ねよブス!」
「……」
赤石は洋子を見た。
「少し、二人にさせてもらっても良いですか?」
「……はい」
洋子は一階へと降りた。
「開けろ、平田」
「まだいるわけ?」
扉は蹴られなくなった。
「お母さんは下に降りた」
「だから?」
「お母さんも悲しんでたぞ。お前が非行に走って悲しい、って」
「は? だから何なわけ?」
「お母さん悲しませんなよ」
「部外者は黙ってろよ。そもそもなんで私の家なんか来たわけ? なに? 弱ってる今なら落とせると思った? 男って本当単純でクソ馬鹿。死ねばいいのに。お前なんかこっちから願い下げ。本当男ってキモイ無理」
「まるっきり俺のセリフなんだが」
赤石はため息を吐く。
「良いから扉開けろよ」
「開けるわけないだろ。死ねブス」
「開けろって」
「開けて欲しかったら謝れ」
「はぁ?」
赤石は眉根を寄せる。
「お前のせいで私はこんな目に遭ってる! お前が……お前が私のことを馬鹿にしてから全部おかしくなった!」
「お前が八谷いじめてたからだろ。人のせいにすんなよ。因果応報だよ」
「だからってあんなに言う必要なかったから! 何なのお前、本当無理。え、死んで? 本当に」
「お前が死ね」
「これで死んだらあんたどう責任取るわけ?」
「お前も言ってるだろ。録音してるぞ」
詭弁だった。
「きっも。消せよ」
「消して欲しいなら出て来いよ」
「そういう気分じゃないから」
「俺はお前のお母さんと先生に頼まれて来ただけだから、もう帰ってもいいんだよ。でもお前のお母さんの顔を立ててこうやってお前と話してやってんだよ。お前もちょっとは俺の意図を組んでくれよ」
「謝れって」
「……ちっ」
「謝りもしないくせにいちいち騒いでんじゃねぇよ! 死ね、ば~か!」
赤石はため息を吐いた。扉に近寄る。
「分かったよ、謝ればいいんだろ。謝れば。悪かった、悪かったよ」
「何が?」
「言いすぎた」
「何を?」
「お前が八谷をいじめてたのは許せない。けど、俺も言いすぎた。お前に恐怖を与えて、教室での立場を悪くするほど言ったのは俺が悪かった。だから許してくれ」
「……」
「……」
「……」
「……」
平田の部屋から、声が聞こえなくなった。
「許す訳ねぇだろ、ば~~~~か!」
ぎゃははははは、と部屋の中から笑い声がする。
「ちっ」
赤石は舌打ちをした。
そして階段を下りて行った。
「死ねよ、ゴミ」
平田は赤石の消えた扉の前で、そう呟いた。
「……」
そして平田の部屋から、音が聞こえなくなる。
「なんだよ、あいつ」
平田は自室で、そう呟いた。
「朋美!」
「……っ」
平田は再びドアに向かう。
「悠人くんが降りてきたんだけど、まだお話しできてないの?」
洋子が階段を上がる音が、聞こえた。
「お母さんに言ったわけ⁉ 本当キモい! 自分でどうにか出来ないからってお母さんに頼んでんじゃねぇよ!」
「悠人くんが降りてきたから言ってるだけよ!」
「もう放っといてよ! いつもいつも、お母さんはおせっかいなんだって!」
平田は布団をかぶった。
「扉開けるからね?」
「勝手に開けようとしないでよ!」
平田は布団から飛び上がり、ドアノブを掴みに走る。
「じゃあ話しなさい、朋美」
「もう、分かったから止めてよ!」
「早くしてくれよ」
扉の向こうから、赤石の声がした。
平田は舌打ちをする。
「五分待てよ!」
平田は部屋の中を片付け始めた。
そして五分後
ガチャ、という音とともに平田は扉を開けた。
「……こんにちは、朋美さん」
「死ねよ、ゴミ」
平田は赤石を部屋に招き入れた。




