第308話 平田家はお好きですか? 1
ゴールデンウィーク前日、生徒たちはにわかに浮足立っていた。
「なぁなぁ、ゴールデンウィーク何する?」
「何でもできるっしょ!」
「飛び飛びの休み面倒くせ~」
「分かる~」
今日を終えれば、生徒たちは各々ゴールデンウィークに突入する。
「由紀ちゃん、おはよう~」
「あ~、おはよう~」
教室にやって来た新井は机の上にカバンを置いた。
前に赤石の姿は、ない。
「ねぇねぇ今日の課題やって来た~?」
「あ~、やって来た~」
「ねぇお願い、見せて~」
「もう~」
新井は女子生徒に課題を見せた。
「貸してあげる」
「え~、本当ありがとう~。マジ助かる~」
女子生徒は自席へと新井の課題を持って行った。
新井は教科書をしまい、教室から出た。
「ふ~……」
新井は額の汗を拭い、渡り廊下を歩く。
「……っ」
渡り廊下で新井は、赤石を見つけた。
苦虫を嚙み潰したような顔をする。
息を止めて赤石の隣を通ろうとしたとき、
「新井」
「……」
赤石から声をかけられた。
新井は黙殺し、そのまま進む。
「話がある」
「……」
「お前の彼氏の話だ」
「……」
新井は立ち止まった。
「はぁ? 何? 私に何か用なわけ? マジキモいんだけど。話しかけないでよゴミ」
「話しかけたくらいで怒るなよ。カルシウム足りてるか?」
「何? 私と喋りたいからいちいち渡り廊下なんかで一人で待ってたわけ? きっも! マジでキッモ! 本当死んでくれない?」
「本当に死んだら困るのはお前だぞ。一生俺の人生を背負って生きていくつもりか? 一生この時の言葉を後悔しながら生きるつもりか?」
新井は舌打ちをする。
「私と喋りたいからっていちいちこんなところで待ち伏せするようなこと止めてくんない?」
「じゃあ教室で話した方が良かったか?」
「話しかけるな、っつってんの」
新井は髪をぐるぐるとねじりながらため息を吐く。
「お前の彼氏の話をしたい」
「はぁ? 別に彼氏とかいないから。もういい? 二度と話しかけてこないで」
「いるだろ」
新井は赤石に背を向けるが、赤石は話を続ける。
「公園でお前が待ってた奴の話だよ」
「裕也君の話ならあんたに関係ないでしょ」
「平田の彼氏だったか? 今はお前の彼氏なんだろ」
「はぁ? 全然違うから」
新井は腹立たしそうに、どんどんと足を踏み鳴らす。
「平田から盗った彼氏だろ?」
「何、その言い方? 裕也君は私に良くしてくれてるだけで全然そんなのじゃないから。それだけならもういい? 何? 私が誰と関わっててもあんたに関係ないでしょ? なんでそんなに私のこと気にするわけ? 何、好きなわけ、私のこと? 束縛しようとしてるわけ? きっも」
「話聞けよ」
赤石はスマホを取り出した。
「前の生徒会長は知ってるか?」
「は? なんでここで生徒会長の話とか出てくるわけ? 話すり替えようとか考えてるなら下手くそすぎなんだけど」
「知ってるか?」
「知ってるから、何?」
「前の生徒会長から依頼されて話してんだよ」
「…………はぁ?」
新井は片眉を吊り上げる。
「今北秀院大学の大学生がここの女子高生と淫らな交際を続けてるとかなんとか、だってよ」
「は? 何、意味わかんない」
「お前の彼氏も大学生だろ? 北秀院か?」
「だから彼氏じゃ……」
新井は山田がどの大学なのか、知らない。
「北秀院なら気をつけろ。今まで俺らの高校から被害者が沢山出てる、って話らしい。詳しい話は前の生徒会長から聞いてくれ」
赤石はスマホで未市のアカウントを新井に送った。
「俺と話すのが嫌なら前の生徒会長から話を聞いてくれ。俺の仕事はそれだけ。じゃ。もう二度と話しかけない」
赤石は新井の隣をすり抜けて、教室へと戻った。
「裕也君が……?」
新井はスマホで未市のアカウントを、見た。
「はい、今日のホームルームを終わります」
「起立、気を付け、礼」
「「「ありがとうございました~~!!」
赤石の担任、相良が一日の終わりのホームルームを終えた。
これから始まるゴールデンウィークに生徒たちは胸躍らせ、楽し気に話す。
新井に話をする、という未市からの依頼をこなした赤石もカバンに教科書を詰め、教室を出ようと立ち上がった。
「あ、ちょっと赤石」
「……?」
相良が赤石を手招きする。赤石は相良の下まで歩み寄った。
「最近平田が休みがちだと思うんだけど」
「そうですね」
赤石はしばらく平田の姿を見ていない。
「プリントとか溜まってて~」
相良が大量のプリントを取り出し、整える。
「そうですか」
「うん、で、これ平田の家に届けに行ってくれない?」
「……?」
赤石は小首をかしげた。
「何故僕が?」
「何故って、誰に頼んでも良くない?」
「いや、家知らないんで」
「教えるから」
「そういうのってご時世的に駄目なはずですよ。ちょっと前ならまだまだありましたけど、今はもう厳しいと思いますよ。ましてや男子生徒が女子生徒の家を知るなんて、もう考えただけで恐ろしい」
赤石は芝居がかった声で言う。
「平田の友達に言えばいいんじゃないですか?」
「え、このクラスにいるの?」
「…………」
いる。
「でも前聞いたとき誰も平田の家知らないって言ってたけど」
「百歩譲ってそうだとしても、なんで僕なんですか?」
「いや、家近いから」
「そうなんですか?」
今まで全く知らなかった事実が、浮き彫りになる。
「あそこの女子とか平田と仲良しだと思いますけど」
赤石は教室の隅の方にいる女子生徒を指さした。
「こらこら、人に指をささない」
赤石は手のひらで教える。
「いや、聞いたけど家知らないって……」
「じゃあ先生が行ってくださいよ。さようなら」
「待て待て待て待て」
相良が赤石の肩を掴む。
「暴行ですか?」
「違う違う! 本当にお前は面倒くさいなぁ」
「違う女子生徒に言ってくださいって。男子生徒に女子生徒の家に行かせるのは危ないですよ」
「いや、聞いたけど誰も行ってくれないんだって」
「まぁ嫌われてますもんね、あいつ」
「こら」
「痛っ」
相良が赤石の額にデコピンをする。
「冗談でも言うんじゃないぞ、そういうこと」
「いや、冗談じゃないんで言っても良かったんじゃないですか?」
「冗談じゃないならなおさら駄目だ。人が嫌がるようなこと言っちゃ駄目だぞ。お前は自分が嫌われてる、なんて言われて良い気になるか? ならないだろ?」
「良い気にはならないですけど現在進行形で言われてるので気にならないです。人が嫌がることをしちゃ駄目、ってのは悪意を止める手段として非常に悪手だと思います。人に嫌なことをする奴はそもそも人が嫌がることをされても嫌がらない人なので。人に嫌がることをしたら駄目、って言い方は、自分は別に嫌がらないから相手にやってもいいや、って思わせますよ」
「止めなさい止めなさい、高校生からそんな屁理屈言うんじゃありません」
「かなり現実に即してると思うんですが」
相良は胸を張り、赤石の額に再度デコピンをする。
「仮にそうだとしても、同じクラスの同級生なんだから、皆仲良くしないとでしょ?」
「どうせ高校卒業したら片手でも有り余るくらいしかもう会わないでしょ。今だけの関係性なんだからギスギスしようが仲良くしようが関係ないと思います」
「そんなことないぞ。高校の同級生なんて一生の友達だからな!」
「先生は今でも毎月のように高校の同級生と遊んだり会ったりしてるんですか?」
「…………」
相良は口を閉ざす。
「自分が出来てないのに何故そう思うのか、はなはだ疑問ではありますが」
「そりゃ皆地方とか都会とかいろんなところに行ってるから会うのも簡単じゃないの!」
「じゃあやっぱりどうせ会わなくなる一時的な関係性じゃないですか。結婚式とかに誘われてなんで仲良くもないのにとか――」
「こら!」
相良は赤石に目線を合わせる。
「そんなことばかり言ってちゃ駄目。私は赤石のこと心配してるの」
「……だから平田と無理矢理会わせようとしてる?」
「それもあるけど、もっと他の人とも仲良くしてほしいから頼んでるっていう、こっちの意図も汲んで欲しいかな」
「いや、じゃあ平田みたいなラスボスは止めてくださいよ」
赤石はクラスをぐる、と見回した。
「あそこらへんの男子生徒に人気の三田さんとか、無害そうな女子生徒とか……」
「女の子を有害か無害かで判断しない」
「男の子も有害か無害かで判断してますよ」
「人間をランク付けしない!」
「大人はよく人間をランク付けしてますよ。少なくとも会社なら課長とか部長とか、間違いなくランク付けされてますよね」
「はぁ……」
相良は頭を抱えた。
「ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う……本当困ったちゃんだね」
相良は額に手を当てたまま赤石を見る。
「どうしても平田の家に行きたくないので」
「皆に断られたっていうのもあるけど、平田さんのところのお母さんが赤石のお母さんと仲良しだから家も知ってるだろ、ってな電話かかって来たんだよ。後は察してほしいかな」
「……なるほど」
初めて聞いた話だったが、平田の家の母親の要望を聞いて行ってくれ、学校に問題になりそうなことを解決してくれ、ということかと赤石は考えた。
クレームが付けられるかもしれないから行ってくれと、そういうことなのだろう。
平たく言えば、モンスターペアレント気質があるからなんとか犠牲になってくれ、ということなのだろうか。
「先生も立場が弱いんだ……。問題を起こされたら困るんだよ」
「そうかもしれませんね」
相良も色々と苦労しているのだろう。
「お願い! 家はお母さんが知ってるらしいから、本当にポストに投函するだけ! 投函するだけでいいから!」
相良は手を合わせて頼む。
「……分かりました、行きますよ。行けばいいんですね」
赤石は平田用のプリントを受け取った。
「ありがとう! 恩に着る!」
相良はウィンクする。
「先生のプロマイドとかもらえますか?」
「もらえません!」
赤石は一言冗談を言うと、カバンにプリントを入れた。
「じゃあ握手とか」
「なんで君はそんなに先生を崇めてるんだ」
相良は赤石に手を差し出した。
反応が返って来ると思っていなかった赤石は困惑の表情を見せる。
「先生以外にもその調子で、ね」
相良は赤石の手を取り、握手した。
「なるようになりますよ」
赤石は教室を出た。
 




