第307話 未市要の依頼はお好きですか? 3
「ちょっとちょっと」
地面に頭をつけようとした未市を、赤石が制する。
「勘弁してくださいよ、こんなところで」
赤石は辺りをきょろきょろと見渡す。
「先輩みたいな女の人を俺が土下座させてたなんて知られようものなら、殺されますよ、社会的に」
赤石は未市を起こした。
「それに土下座なんてされたら否が応でもやらないといけなくなるじゃないですか。卑怯ですよ、先輩」
「てへ」
未市はべ、と舌を出す。
「てへ、じゃないですよ」
「じゃあやってくれるかい?」
「いや、だから……」
赤石はため息を吐く。
「さっきも言いましたけど、俺は同級生の女子に恩義もありませんし、大切でもないですし、大学生と交際してる女子高生がいても、そしてそれで何らかの損失があったとしても、仕方がないことなんじゃないかと思ってます。誰に強制されたわけでもないですし」
赤石は未市を見る。
「俺はヒーローじゃないんですよ。何も出来ない、何の力もない、何の権力もない、弱くて愚かで、どこにでもいるような路傍の小石です。不良に絡まれている女の子を助けたりなんて出来ないですし、人徳もありません。周りの人間から嫌われて、疎まれて、嫌がらせをされて、それでも自分を止められなかった、愚かな一市民です。先輩は少々俺のことを高く評価しすぎてると思います」
赤石は胸の内を吐露する。
「そうかい? 私は君が色んな事件を解決したと聞き及んでるよ」
「してません。問題を解決をしてるのは、いつだって当事者です。他人の手を借りて解決したわけじゃないと思います。自分の問題と向き合ってこなかった当事者がその問題に向き合った切っ掛けに、他人の恩を勝手に感じているだけだと思います。誰かが何かをしなくても、いずれ向き合うことになってたと思います」
「そうかな?」
未市はふふ、と笑う。
「それにこっちも受験生なんで、正直勉学以外のことにうつつを抜かしてる暇がないんですよ。今先輩と喋ってるこの時間も、実は結構勉強に当てたかったりもしてます」
「一年目からしっかり勉強をしていたら三年目になって突然焦る必要もないんじゃないかな?」
「それは全くもってその通りですけど、そこまで出来た人間じゃないんで、この一年は大学受験の勉強に当てたいんですよね」
「確かに高梨君とよく遊んでたみたいだね」
「なんで知ってるんですか」
「生徒会長だったからね」
未市は自身のおとがいをさする。
「じゃあ、こうしよう!」
未市はぽん、と手を叩いた。
「君は高校内部から同級生の女の子と北秀院の大学生との闇の関係を暴く。そして私は大学内から、闇の関係を調査する。そして君がその調査に当ててしまった時間は、私が買い取るとしよう」
「買い取る?」
赤石は耳慣れない言葉に小首をかしげる。
「私が君の家庭教師になってあげるよ」
「家庭教師?」
赤石はひねっている首をさらにひねる。
「そう、家庭教師。君の家に言って私がマンツーマンで……マンツーウーマンで君に勉強を教えてあげるんだよ。幸い私も北秀院に合格した身、私のアドバイスを聞けば北秀院への合格はほとんど間違いないだろうね」
「はあ~」
赤石は目を回す。
「そしたら君は失った時間よりもさらに多くの物を手に入れることが出来る。私は女の子を悪の手から救うことが出来る。ウィンウィンじゃないか!」
「……」
赤石は考えた。
「いや、家庭教師って言っても人の善意を利用してるみたいで気分が悪いんで大丈夫です」
「大丈夫じゃあ、ないだろう」
未市はぐい、と赤石に詰める。
「そもそも君は私の参考書を提供するという条件で動画制作に協力してくれたはずだよ? 今回はそんな条件よりもさらに良い提案になってる。なのに、なぜ断るのかな?」
「だから、人の善意を利用してるみたいで」
「なら動画制作の時も同じことを言ってたはずさ」
「…………」
言われてみればそうだな、と赤石は考え込む。
「私に情でも湧いたのかい?」
「……」
未市はにやにやと笑う。
「かもしれませんね」
「じゃあ家庭教師をやるから手伝ってね」
未市は赤石の手を取った。
「いや、だからやるとは言ってない」
「人の善意を利用してるみたいで家庭教師の提案を断ったのに、家庭教師なしならそもそも手伝いもしてくれないのはあんまりだよ、赤石君」
未市は瞳を潤ませる。
「家庭教師の提案を断っておいて、それを善意を利用してるみたいだ、なんて言ったのに結局手伝ってくれないのは撞着してるよ。それは人の善意を利用して家庭教師の提案を受け入れることよりもよっぽど悪徳だよ」
未市は赤石の手を取った。
「君に残された選択肢は二つだよ。私の家庭教師を受け入れて私に協力するか、私のことを完全に拒んでなかったことにするか」
「え~……」
未市は赤石の眼前すぐそばまで顔を寄せる。
「…………」
「無言は肯定と見たね。じゃあ決定! 君は今日から私のダーリンだ!」
「違いますよ」
未市は手を離し、その場で一回転した。
「じゃあ君は高校から探りを入れて欲しい。私は私で大学の中から探りを入れるよ」
未市は荷物を取った。
「ちょっと」
「今さら嫌だなんて言わせないよ。この提案は君にだって大きな利があるんだから。嫌だなんて言おうものならここで大声で泣きわめいてやるもんね」
「嫌だ……」
どちらの意味か、赤石は呟いた。
「なんでそこまでして他人を守ろうとするんですか?」
赤石は純粋に、疑問に思っていることを伝える。
「私が属してる大学と私が生徒会長をしていた高校で黒い関係があるんだよ? 助けるに決まってるでしょ。私は私の属した、属する場所の悪い噂は放っておかないよ」
「……なるほど」
未市要は、高校を卒業した今でも、まだ高校の生徒会長なのだ。
「ヤンキーが地元に帰って来る、みたいなやつですね」
「なんだい、その例えは」
あはは、と笑う。
「正直今すごい状況が悪いんで俺に出来ることも限りがありますよ」
「それでもいいさ」
「出来る範囲内でしか動きませんよ」
「結構さ」
「それでも?」
「それでも!」
「気が乗らないですね……」
未市は振り向き、赤石を射抜いた。
「君が思ってるよりも私は結構、君にぞっこんなんだよ」
未市は手を銃の形にして、赤石を撃った。
「そうですか」
まだ真偽の分からない言葉に、赤石は苦笑する。
手伝ってもらうための方便か、真実か。
「俺たちが困ってる時は誰にも助けてもらえないのに、こっちは一方的に相手を救けないといけないってのは――」
赤石は空を見上げた。
「結構損な役回りですね」
赤石は未市の提案に乗ることになった。




