第305話 未市要の依頼はお好きですか? 1
「先輩……?」
赤石は胡乱な顔をする。
「なんだい、その疑問文は。あのめくるめく夜を忘れたのかい?」
「あぁ……お久しぶりです」
赤石は頭を下げた。
「随分と君も丸くなったものだね。昔の君なら、私と出会い次第、背後から私を羽交い絞めにして……」
「存在しない記憶を作り上げないでください」
「そして君はその両手で……」
「冤罪ですよ」
未市はにこ、と笑う。
「久しぶりだね、赤石君」
「お久しぶりです」
「ここじゃなんだから公園に行こうか」
「分かりました」
未市は二輪車を手で押しながら、公園へと向かった。
駐輪場にバイクを止め、未市と赤石は公園へとやって来た。
「卒業式以来かな?」
「そうですね」
「喉が渇いたな」
「そうですか?」
「飲み物を買ってくるからそこで待っておきたまえ」
「あぁ、俺も喉乾いてるんで一緒に行きます」
「私が君の分も買って来てあげる、と言ってるんだよ。聞かん坊だね、そこで待っておきなさい」
「初めて聞いたんですが」
赤石はベンチで座って待つ。
未市が自動販売機で悩みながら飲み物を買っている背中を、赤石はじっと見る。
「おまたせ~」
未市は大仰に体を上下に揺らしながら、かけてきた。
「先輩、お疲れ様です!」
未市は赤石にスポーツドリンクを手渡した。
「なんですかそれ?」
「サッカー部のマネージャーだよ」
「何らかの偏見が入っていることだけはわかりました」
赤石は未市からスポーツドリンクを受け取る。
「いくらでした?」
「お金なんて良いよ。私と君の仲じゃないか」
未市は赤石にウインクする。
「いや、そういうわけにも……」
「だから、お姉さんの言うことは素直に受け取っておきなさい。相手に気を遣うのは気を遣わないよりも失礼になることもあるんだよ」
未市は人差し指を立てる。
「……そうですか。じゃあ、そっちが良いんで交換してもらっても良いですか?」
赤石は未市が持っている水を指さす。
「はぁ……」
未市はため息を吐いた。
「まったく、君も男の子だね」
未市は水のペットボトルを開け、口をつけた。
「いや、あの」
未市はそのまま三分の一ほど水を飲む。
「はい」
「……」
未市は赤石のスポーツドリンクと水を交換する。
「なんで飲んだんですか?」
「ん? 君が私の口を付けた水が欲しいって言ったんじゃないか」
「言ってないですよ」
「間接キスがしたかったんだろう?」
「いや、だから開ける前に言ったんじゃないですか」
赤石は未市に水を返す。
「もうそっちでいいです」
「赤石君、お姉さんの厚意は素直に受け取っておいた方が良いよ」
「これ厚意なんですか?」
未市は赤石に水を突き返した。
「まぁじゃあこっちでいいです」
赤石は水を飲んだ。
「あ~、赤石が女子の飲みかけのやつ飲んだ~!」
「男子小学生止めてくださいよ」
赤石は未市を睨む。
「あっはっは」
未市は赤石の隣に座った。
「色々聞きたいことあるんですけど」
「いいよ」
「あのバイクってなんですか? もう免許取ったんですか?」
「もちろん、無免許だよ」
「通報しときますね」
赤石はスマホを取り出した。
「馬鹿馬鹿馬鹿! 冗談に決まってるじゃないか。私は冗談とエッチなことしか言わないって相場が決まってるだろう?」
「元生徒会長とは思えませんね」
赤石はスマホをしまう。
「大学に入るまでに取ってね」
「免許って結構簡単に取れるんですね」
「合宿行ったよ」
「へ~」
「それはもう、めくるめく快楽の夜があったよ……」
未市は目をつぶる。
「そうなんですね」
「マッサージチェアとか置いてあってね」
「中々高そうなところですね」
未市はピースサインをする。
「あのバイクもバイトして買ったんだよ。自分で稼いで初めて買ったものかな」
「バイトとかもう出来るんですね」
「あぁ、君も大学生になったら分かるよ。楽しい所だよ」
未市は赤石に学生証を見せる。
「すごい固い写真ですね」
学生証には未市が凛とした顔で映っていた。
そして、未市は北秀院大学に通っていた。
「本当はネクタイと靴下だけで撮ろうと思ったんだけどね」
「本当に止めてくださいよ?」
赤石は眉を顰める。
「で、なんでこんな所にいたんですか?」
赤石は核心に迫る。
「あぁ、君に話があってね」
未市はこともなげに言った。
「俺にですか?」
「そうだよ」
未市はスポーツドリンクの蓋を開けた。
「君に頼みたいことがあってね」
「頼みたいこと、ですか……」
赤石は沈鬱な顔をする。
「どうやら君、最近学校でヒドい目に遭ってるそうじゃないか」
未市が身を乗り出した。
「そんな言うほどでもないですよ。物がなくなる、悪い噂を流される、除け者にされる、偶然を装って危害を加えられる、そのくらいですね」
「十分じゃないか」
「大抵はそこまで大きな問題にはなり得ないくらいなので大丈夫だと思います。結局人間って言うのは、マジョリティに迎合しなかった人間を排斥するものですから。学校を卒業しても社会に入っても、結局はどこかで排斥されるものなんだと思います、俺は。ただ」
「ただ?」
「周囲の人間全員に自分の死を願われていると思うと、少しクるところはありますね」
「……そうか」
赤石は頭を抱える。
「大人になっても、変な仕事振られたり、一人で抱えきれない仕事振られたり、いやみを言われたり、いっぱい残業させられたり責任を擦り付けられたり会社の中で除け者にされたり、っていうことはよくあるんですよね。もう生きていく上ではどうしようもないことかもしれませんね」
「そうかもしれないね」
もしかしてそれって、と未市が続ける。
「私のせいかな?」
「違いますよ」
赤石はあっけらかんと言う。
「卒業式をぶち壊した櫻井君に君が何やら言ったそうじゃないか。それが切っ掛けでそんなことになっているんだろう?」
「それもあるかもしれませんが、俺はやりすぎました。櫻井だけじゃない、クラスの全員を悪罵しました。これは俺の罪への罰なんでしょう。罪を犯した者は罰せられないといけないんですよ。仕方ないことです。俺が悪いんで」
「…………」
未市は黙り込む。
「辛いかい?」
「楽しくはないですね。でも、赦して欲しいとも思ってません。全部俺が悪いんで」
「……そうかい」
未市は天を仰いだ。
「君が生徒たちに何を言ったのかはこの際聞かないでおくよ。君がそれを望むなら、私もそれを尊重しよう」
「はい」
未市は立ち上がった。
「で、今回の話に関わることなんだけれども」
「はい」
未市は赤石の前に立った。
「君に協力してほしいことがあるんだ」
「……はあ」
赤石は小首をかしげた。




