第298話 始業式はお好きですか?
春休みが、終わった。
修了式、卒業式で櫻井が起こした事件、そして赤石が起こした事件から数週間が経った。
始業式となる今日、赤石は教室へと足を進めていた。
「……」
重い足取りで赤石は廊下を歩く。
教室の扉を開けた。
「……」
「……」
「……」
生徒たちは赤石に一瞬視線を向けたあと、その後何事もなかったかのように再び雑談に興じ始めた。
赤石は無言で自席につく。
「……」
赤石に話しかける者は、誰もいなかった。
赤石はおもむろに英単語集を持ち出し、何かから逃げるように、そのまま読みふけった。
「……」
花波は無言のまま、背後から赤石を見ていた。
「お前ら、席につけ~」
赤石の教室にやって来たのは、大柄な男教師、山内先生だった。
「今日から新学期が始まるけども、お前らは気を抜かずに気張っていけよ~」
神奈が去り、担任が不在になった赤石のクラスで、山内は一人浮いていた。
「じゃあクラス替えの紙配るから、このクラスに別れろよ~」
赤石はクラス分けの紙を受け取った。
自身のクラスに目を向ける。
三年一組――
赤石悠人
赤石は一組に振り分けられた。
「はい、じゃあ今日の流れを話すぞ~」
山内は新学期、今日の流れを話し始めた。
赤石はカバンの中をまとめ、新しいクラスへ向かう準備を始めた。
「……」
ふ、と櫻井の席を見た。
櫻井の席は、空席だった。山内は、櫻井のことにも神奈のことにも触れない。
櫻井が何故始業式から空席なのか、神奈はあの後どうなったのか。赤石は何も分からないまま、何も知らされないまま、山内の話を聞いていた。
ガラガラガラ――
二年二組から三年一組になり、赤石は隣の教室へ移った。
赤石は新しい教室の扉を開ける。
「うぇ~い、俺らまた同じクラスじゃ~ん」
「やった~嬉しい~、夏とまた同じクラスの最高なんだけど~」
「結構顔なじみない人多いな」
「また適当なシャッフルされたよなぁ」
あ、から始まる赤石は例によって、一番前の席に振り分けられていた。
赤石は窓際の一番前の席に座る。
「あれ、赤石とかいうのじゃない?」
「マジ? あいつがあの赤石?」
「やっば~。同じクラスなったの最悪なんだけど」
「なんか色んな噂あるらしいよ」
「同じクラスなったことなかったから知らねぇけど、滅茶苦茶ヤバい奴らしいよな」
「関わらないようにしようぜ」
「同意~」
赤石の耳元に、級友からの悪罵が届く。
赤石が校内でどのように噂されているのか、赤石自身知らなかった。
自分が今どのような立ち位置にいるのか、誰からも情報を供給できていないため、全く理解が出来ていない。
赤石の後ろに、女子生徒がやって来る。
「皆しくよろ~」
「キャーー―、由紀ちゃん⁉」
新井由紀が、赤石の後ろに座った。
新井は赤石に話しかけることなく、そのまま席についた。
「…………」
八谷もまた、静かに教室に入って来た。
八谷は後方の席にそっと座る。
「ま、まさか八谷様と同じクラスになれるとは……。信じられませぬ!」
「つ、ついに我らの下にも八谷様が……!」
八谷の親衛隊と思われる男子生徒たちが内々に盛り上がる。
そして、
「随分とやかましいクラスですわね」
花波も一組にやって来た。
「誰……?」
「あ、転校生の……」
「あ、あの⁉」
「修学旅行で櫻井と二人で出かけてたっていう、あの……?」
「なんかすごいヤバいメンツ多くない、このクラス」
「完全外れだろ、これ」
花波は聞こえているのかいないのか、そのまま席についた。
ほどなくして、教師が現れる。
「皆~~」
眼鏡をかけ、すらりとした細長の肢体の女教師が入って来た。
ゆるりとしたオーバーサイズのチュニックに丈の長いプリーツスカートを合わせた、気品のある女教師に見えた。
赤石から見てワンピースにしか見えないそれは、その教師に妙に似合っていた。
「はい、シッダウン、シッダウン」
「「「先生~~~」」」
生徒からの反応を見て、その教師が生徒から並々ならない信頼と人気があることがうかがえた。
「今日から皆さんの担任になります、相良優愛です。漢字は――」
相良は黒板に英語で名前を書き始めた。
「こう書きます」
「ちょっ、先生それ英語~!」
「お~、つい職業病が~」
大仰に反応する相良は慌てて名前を黒板消しで消した。
大衆受けしそうな性格だな、と赤石は冷めた目で見る。神奈とは違い、生徒たちの気に入りそうな行動に余念がないな、と赤石は思う。
普段英語は神奈から学んでいたが、学年が変わり、三年からの英語はこの教師が担当することになるのか、と赤石は益体もないことを考える。
生徒からの人気があることも考えて、担当教科以外に色々な場面で生徒と関わってきた、ということがよく分かる振る舞いだった。
「はい、私は相良優愛です。今日から一年、皆さんの担任をすることになります。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いしま~す」」」
相良はぺこり、と頭を下げた。
「はい、じゃあ早速出席を取っちゃおうかな。じゃあ名簿名簿~」
相良は名簿を取り出した。
「じゃあまずはえ~っと、ミスター赤石!」
「……はい」
赤石は相良の冗句に口少なに返す。
「ちょっと! 私だけ滑ってるみたいじゃん! 反応反応、元気よく!」
相良はパンパン、と手を叩く。
「ミスター赤石」
「はい」
赤石は先ほどと変わらない声量で返事をした。
「も~、君は問題児だな~」
全くもう、と相良は両手の指で赤石を交互に指す。
わははははは、と教室がにわかに沸き立つ。
「はい、じゃあミス新井」
「は~い」
「お~、元気良いね~」
「ミスター植松」
「はい」
相良はそのまま生徒の名前を呼んでいく。
「はい、じゃあこれで全員かな」
櫻井、高梨、須田、暮石、鳥飼、上麦、葉月、水城、霧島、三矢、山本、元々同じクラスで親交のあった多くとは、別のクラスになった。
そして親交の少ない、関わりの少ない生徒と同じクラスとなった。
「おっけ~、今日は欠席なし、皆健康体で良いね! 先生嬉しいよ!」
おっけ~、と相良は丸のマークを頬で作る。
「先生、今日これからの授業って何ですか~?」
男子生徒が質問をする。
「そうだね~、取り敢えず春休みの課題! 出そうか!」
「「「ええええぇぇぇ~~~~」」」
ぶーぶー、と生徒たちからクレームが起きる。
「はい、文句を言わない文句を。皆春休みの課題ちゃんとやって来たね⁉ やってなかったら先生角生えるからね~」
「鬼じゃんか~」
「そこ、先生を鬼とか言わない!」
ぶうぶうと愚痴をいいながら生徒たちは春休みの課題を出し始めた。
「まぁ今日は取り敢えず始業式だから、昼前には授業終わりだからね~」
「もっと先生と喋りたい~」
えらく男子生徒が主張するクラスだな、と赤石は呆然と思っていた。
「シャラップシャラップ! はい、じゃあ今日のお知らせ配るからね~」
相良は赤石に紙を配る。
名前が早い赤石はいつものように、教師の手伝いをして紙を配った。
生徒たちが学級通信や今後の流れについて目を通し、相良は大方の資料を配り終えた。
「はい、じゃあ今日はこれで終わりです。始業式なんで、また明日からは皆ちゃんと力をみなぎらせるように!」
「「「は~い」」」
「今年から一年、皆さんは受験シーズンに入ります。辛いこともいっぱいあるけれど、今の苦労は、きっと皆さんを大人にしてくれます。皆さん、これから一年、私と一緒に頑張りましょう! 以上、解散!」
「「「ありがとうございました~」」」
始業式が、終わった。
赤石はカバンに教科書を詰める。
「…………」
始業式当日、まだクラス間の関係性もよく分からず、多くの生徒たちが連絡先を交換している中、赤石はそのまま帰って行った。
「良かった~、俺あいつとも連絡先交換しないといけないとかなったらマジ顔に出てたかもしれないわ~」
「分かる~。早く帰ってくれて良かった~」
残った一組の生徒たちがお互いに雑談を交わしながら連絡先を交換し始める。
「……」
花波も例によって、カバンを担いだ。
「あ、連絡先……」
「……え?」
花波は女子生徒から、話しかけられた。
「あ、こういうの苦手な感じだった?」
「い、いえ、そんなことは……」
花波はカバンを机の上に置いた。
生徒からの不評が聞こえていた花波は自分が連絡先を聞かれるとは思っていなかった。
「じゃあ連絡先交換しよ?」
「いいですわよ」
「カオフやってる?」
「やってますわ」
花波は連絡先を交換し始めた。
こうして、赤石とごく一部の生徒を除き、一組では連絡先の交換会が始まった。




