第33話 クラスメイトはお好きですか? 1
「お~い、お前らホームルームだ~。座れ~、静かにしてくれ~」
今日も、朝のホームルームのため神奈が教室に入って来た。
「美穂姉どうしたんだよ、静かにしてくれなんてそんな強い言葉」
神奈の言葉を聞き、櫻井が座ったまま質問した。
「昨日は酒をドバドバ飲んでたから二日酔いで頭痛ぇんだよ~。皆頼むから私の頭が痛くならないように静かにしてくれ~」
「いや、先生がそんなでいいのかよ!」
いつものように、櫻井と神奈のやり取りが教室に響く。
「神奈先生……どうして櫻井なんかを……」
「くそぉ……羨ましすぎる……」
「神奈先生、その視線をどうか一部でも俺たちに……」
そんな櫻井と神奈の様子を、男子生徒が羨望を持って僻む。
神奈はその後暫く櫻井とやり取りを交わし、生徒たちに向き直った。
「じゃあ今日もホームルーム始めるぞ~」
いつものようにやる気のない神奈がホームルームを始め、一日が始まった。
赤石は先ほどのクラスメイトの視線が気になり、神奈の一日の報告にまで頭が回らなかった。
四月も中旬で学校側の体制も整ったため、その日は大学受験で使われる授業とは関係のない、家庭科の授業があった。
二時間と昼休みを使った調理実習という、異色な時間割編成だった。
「じゃあ、始めるわよ」
家庭科の先生が、授業の始まりを告げた。
家庭科の授業では、班割りが行われる。
班の編成は自由で、共に班になりたい人間達が集まり、六人で一班となっていた。
赤石は同じクラスに仲の良い友達がいたわけでもなかったので、あぶれ者たち六人の班に入れられた。
櫻井は赤石の予想通り、取り巻きの五人と班を組んでいた。
調理実習が始まり、男子だけで構成された赤石の班で、話し合いが始まった。
「ほな、今日はよろしく頼むでな!」
「頼むでござる」
まずは班の自己紹介として、あぶれ者の六人は自己紹介を始めた。
赤石も倣い適当に自己紹介を終えたが、どこか既視感のある生徒が二人いた。
「よし、ほな赤石、お前はこの野菜洗てくれ」
関西弁のなまりが強い男。
それを覗けば、どこも他人とはあまり変わったところもない、ごく普通の男だった。三矢弘史と、自己紹介では名乗っていた。
以前水城の後方から放送室に入った時に、目にした男だった。
「じゃあ拙者は赤石殿が洗ってくれた野菜を剥くでござるよ」
こちらもまた、癖の強い言葉遣いの男。
坊主頭で眼鏡をかけており、言葉遣い以外は特筆すべき特徴がない。山本武と、自己紹介で言っていた。
強そうだな、と思う。
赤石は特徴のある言葉遣いを聞き、記憶の片隅に引っかかるものがあった。
放送室にいた男だった。
この二人は櫻井と同じく放送部員で、放送部に入った時に、櫻井たちのグループからは離れて機械をいじっていた。
機械をいじりながら癖の強い言葉を使う人間がいるな、と思ったことを思い出した。
放送部の機械担当ということになるのだろう。
確か、パソコン部にも入っていると二学年に進級したときの自己紹介で聞いたことがあるような気がするな……と、記憶を引っ張り出す。
「おい赤石、何ボーッとしとんねん。早よ野菜切らんかい」
「あ、ああ……」
考え込んでいると、注意される。
初対面にも拘らず随分と馴れ馴れしい男だな、と少々心の距離が開く。
「赤石殿、別にそこまで焦らなくてもいいでござるよ。拙者はちゃんと待つでござるから。三矢殿は口調こそ厳しいなれどそこまで怒ってる訳ではないでござるよ。純粋な関西人故に人との距離の取り方が下手くそなんでござる。悪気はないから許してやって欲しいでござる」
「おいヤマタケ! お前関西人の皆が皆距離感近い奴らとちゃうでな!」
「こういう風にでござる」
「お…………おぉ」
三矢のフォローに回ろうと、山本に優しく声をかけられる。
何とも癖の強い男達だな、と若干の不和を残しながら、大量の野菜を洗いだした。
「おかしいわね…………」
家庭科室の一角で、八谷が呟いた。
「ちょっと八谷さん、私は野菜の皮を剥いておいて、と言った気がするのだけれど、この状況は一体何なのかしら」
八谷の痴態を、高梨が指摘する。
八谷のまな板の上には、一枚一枚がバラバラになった玉ねぎが置かれていた。
「ちょっとなんなのかしら、この玉ねぎは。地面に落ちた薔薇の花弁みたいになっているのだけれど。全部同じところに置いてあるからどれが食べれる部分でどれが食べれない部分か分からないわ」
「だ…………だってだって、玉ねぎってどこまでも剥けるから、どこまで剥いたらいいか分からなかったのよ!」
「それにしても剥きすぎな気がするわね。あなた、前、聡助君に弁当を作ってたわよね。料理が得意じゃなかったのかしら」
「そ…………それは…………」
櫻井の班で、料理上手だと思われていた八谷が、バラバラになった玉ねぎを前にして固まっていた。
野菜を洗いながら、赤石は八谷の様子を観察していた。
案の定大変なことになっているな、と他人事のように思う。
元々野菜や米を洗剤で洗うという破天荒な考えが出てくるような八谷であり、常識の通用しない八谷が玉ねぎをバラバラにするのは、必至の出来事であった。
「どこ見ながら野菜洗っとんねん赤石」
野菜を洗いながらあらぬ方向を見ている赤石に気付いた三矢が、話しかけた。
「ん? …………なんやあの班、玉ねぎ解体しとるやないか! おいヤマタケ見てみぃ、あの山盛り玉ねぎ」
「やってしまいましたなぁ。まぁ、玉ねぎは正直拙者もどこまで剥けばいいか分からない所があるでござるしなぁ」
玉ねぎを剥きながら、山本は答える。
「おい赤石、今すぐこいつと変われ! あの班みたいになってまうぞ!」
「そんなまさか」
赤石は反駁する。
「さすがにあそこまではならないでござるが、拙者実は皮むき飽きて来たんでござるよ。赤石殿、交代しないでござるか?」
「まぁ……そう言うなら」
赤石は山本と野菜の処理を交代した。
二人の会話を聞き、自分とは違い櫻井たちに対してこの二人は何の関心も持っていないのだな、と赤石は思った。
「八谷さん、これは何なのかしら」
「え~……え~っとその……あれよ、あれ」
八谷は高梨の追及に、目を白黒させて答えていた。
高梨は、刃の部分が壊れ使い物にならなくなったピーラーを手にしていた。
「どうしてピーラーが壊れているのかしら、八谷さん」
「え~っと……その……人参の皮剥いてたら突然壊れたのよ! きっと不良品よ!」
「そういうことを訊いているんじゃないの、八谷さん。私はいつ何をして壊れたかを聞いているの」
「うぅ…………」
八谷は新井に追及され、しどろもどろに返答していた。
「その……人参の皮をどんな薄さで剥いたらいいか分からなくて、力を入れすぎたら壊れちゃって……」
「相変わらず暴力女だなぁ、恭子は」
「聡助君は黙ってて」
「はい…………」
八谷のフォローに回った櫻井は、一言で新井に沈められた。
「はぁ…………こうなったらもう仕方ないわ。先生は調理器具の予備がないと仰ってたでしょう。私はピーラーを壊したことを伝えてくるからあなたはピーラーを他の班から借りて来なさい」
「えっ…………でもどこから……」
「そうね、赤石君の班なんていいんじゃないかしら」
「………………………………え?」
高梨は、赤石の班からピーラーを持って来ることを推薦した。
高梨の言葉で、櫻井の班は俄かに押し黙り、その空間だけが異様な静寂に包まれた。
八谷を見る者、不思議そうな顔をする者、言い知れぬ感情を瞳に灯し高梨を見る者、茫然とする者。
様々な感情を灯した個々人が、静まった。
高梨は辺りを見渡し、もう一度口を開く。
「赤石君の班はもう皮むきが終わってるみたいよ」
「え…………?」
八谷が赤石の班に目を向けると、赤石たちの班は既に皮むきを終えていた。
「あ…………そ……そうね、私じゃあ借りてくるわ! 悪かったわね、ピーラー壊しちゃって、借りてくる!」
八谷は不自然にきょろきょろとしながら、赤石の班へと足を向けた。
が、櫻井が口をはさんだ。
「いや、恭子俺が行ってくるよ。恭子は何か作業しててくれ」
「駄目よ」
櫻井の提案を、高梨が決然と断った。
「八谷さん、あなたが行きなさい。いえ、あなたが行く必要があるわ」
含みがありそうな高梨の言葉に、八谷は固まる。
「それはどうして……」
「あなたは料理が出来ないみたいだから、ここに残られたら何がどうなるか分からないからよ」
「いやでも恭子は……」
「聡助君は黙ってて」
「はい…………」
「じゃあ借りてきてくれるかしら、八谷さん」
「わ…………分かったわ」
八谷は言われるがまま、赤石の班の下へと歩いて行った。




