閑話 雪合戦はお好きですか? 1
冬休み中盤――
普段から温暖な街に、十センチを超える雪が降り積もった。
「ついに来た⁉ 冬休み対抗、雪合戦大会――――!」
いえええぇぇぇぃ、と暮石はテンション高く腕をくるくると回転させる。
赤石、須田たちも暮石と共にいた。
「赤石君、紙吹雪、紙吹雪!」
「わーー」
赤石は雪を拾い、暮石の背後から紙吹雪よろしく散らした。
「須田君も!」
「わ~~~!」
須田も同じく、背後から雪を拾い、散らした。
「最高――――――――!」
暮石は粉雪に視界を遮られながら、ポーズを取っていた。
「まさかこの街にも雪が降るなんてねぇ……」
暮石は雪を集めながらしみじみと言う。
「現場の赤石さん、季節外れの雪ですが!」
「季節通りだろ」
「今回の雪にいかが思いますか⁉」
暮石はマイクを握るようにして、赤石に取材する。
「恋人といる時の雪って、特別な気分に浸れて僕は好きです」
「流行外れの取材キターーーーーー!」
ふうううぅぅぅ、と暮石はタップダンスを踊る。
「相変わらずテンションが高いわね、暮石さんは」
「ね」
「うん」
高梨、上麦、船頭は遠くから赤石たちを見ていた。
「この紋所が目に入らぬか⁉ わーーっはっはっは!」
暮石は胸を張る。
「雪ごときで大げさな」
「大げさとはなんですと、赤石氏! この街に雪が積もることなんて十数年に一回だよ!」
「そうだな」
赤石もこれだけ積もった雪を見るのは、人生で二回目だった。
暮石たちは人里離れた公園で大騒ぎしている。
「はぁ~……」
ボフ、と暮石は新雪に寝ころんだ。
「赤石君と須田君も!」
「オッケー!」
須田は赤石を巻き込み、雪上にボフ、と寝ころぶ。
「ったく、お前らは昔っから何も変わんねぇんだから」
暮石が渋い声で言う。
「わはははははははは!」
暮石は降りしきる雪に向かって、大声を上げる。
「やかましい」
「赤石君も何かこう、雪が降ってる時に雪の上で寝ころんでる人が言いそうなセリフ!」
「全財産失った……。もう俺はダメだ……」
「止めてよ、こんなロマンチックなのに!」
がば、と暮石が起き上がる。
「ほら、空見てよ! いっぱい雪降ってる! ロマンチック! 雪もいっぱい積もってる! こけてもケガしない! 最高! ロマンチック! 最高!」
「はいはい」
赤石は、ぱらぱらと服についた雪を払いのける。
須田も立ち上がった。
「とらーーーーー!」
「わ」
「お」
暮石が赤石と須田と肩を組み、雪に向かってダイブした。
ボフ、と暮石、赤石、須田の三人が顔から雪に突っ込む。
「わはははははははははは!」
暮石が雪から顔を出し、大笑いした。
赤石と須田も顔を出す。赤石たちは体中雪にまみれた。
「せい!」
暮石が右手で赤石と肩を組み、左手で須田と肩を組む。
赤石と須田が暮石に引き寄せられる。
「綺麗~~」
「……」
大粒の雪が暮石、赤石、須田の顔に降り注ぐ。まるで先の見えない雪がいくつもいくつも暮石たちの顔に降りそそぐ。
「綺麗だな」
赤石が呟く。
「私のこと?」
「はいはい」
暮石はにこ、と笑った。
「綺麗……マスクをしなければ五分で肺が腐ってしまう死の森なのに……」
「世界観を変えるな、世界観を」
「あそこのシーン良かったよな」
暮石は右手の赤石、左手の須田をぎゅ、っと寄せる。
「うちらゎ、ずっともだよ!」
「オッケー!」
「だといいな」
赤石はそっと微笑んだ。
「満足したかしら、あなたたち」
高梨が傘を差しながら、上から覗き込む。
「高梨お嬢様もそんな高い所から見下ろしてないで、寝ころびなよ!」
「遠慮するわ」
「高梨、やろ」
「全く……」
「私も私も!」
上麦、高梨、船頭の三人は新雪の上に寝ころんだ。
都合、六人の高校生が雪の上で寝ころんでいる。
赤石たちは顔に雪を受けながら、空を見ていた。
「赤石、空好き」
上麦が空を見上げながら言う。
「赤石空好き。白波も空好きになった」
「そうか」
上麦があ~~~、と大口を開け、雪を食べる。
「赤石君、いつも空見てるものね」
「綺麗だろ」
「知ってるわ」
「暮石と同じこと言うなよ」
「ちょっと高梨氏! 私のボケ取らないでよ!」
「あら、ボケてなんてないわよ。だって皆そう思ってるんだもの」
「なんで俺の周りはこんなのばっかなんだよ」
「俺にも言ってくれよ!」
「綺麗だな、統貴」
「なんで統貴だけ名前付きなのよ」
「あははははは」
赤石たち六人は、空を見上げながら笑う。
「空ってなんか不思議な魅力があるように思えるよ」
「ん~、なんか私も好きになって来た」
暮石が空に手を掲げながら言う。
「特に雪が降ってる時って、何も見えないけど綺麗だよね」
「季節と天候によっていろんな顔を見せるよな」
「あなた、どれだけ空を見るのが好きなのよ」
高梨はため息を吐く。
「きっとかぐや姫ね」
「月に帰るんじゃないんだよ」
「帰らないで、赤石姫!」
「帰らないんだよ」
暮石が泣きながら赤石にしがみつく。
「私嬉しくなんてない! これからずっと、赤石姫と一緒に暮らさない!」
「今帰ってきたわけじゃないんだよ。秘密道具でも使ってるのか、お前は」
「どういうこと?」
高梨が小首をかしげる。
「これが教養というやつだな」
「あなたごときが私に教養を語ってるんじゃないわよ」
「高梨ちゃん、今のは私でも分かったよ」
船頭がやれやれ、と首を振る。
「ギャルでも分かってるのに、全く高梨と来たら……」
「ギャルじゃねぇし! ちげぇし! うちらずっともだし!」
「ギャルじゃねぇか」
「偏見だし!」
船頭は目尻の涙を拭う。
「私から始まる~~、山手線ゲーーーム! いええええぇぇぇぇぇぃ! パンパンパパパン!」
暮石が唐突に手を叩き、言う。
「高梨さん、パンパン」
「天狗、パンパン」
赤石は手を叩く。
「…………」
赤石の右隣りにいた高梨は押し黙る。
「ぶぶーー! 高梨さんアウトーーーー!」
いええぇぇぇぇぃ、と暮石は盛り上がる。
「山手線ゲームって何よ」
「手を叩いて、出されたお題に合うものを答えていくゲームだよ」
「お題って、何も言ってなかったじゃない」
「お題を言わずにやって、二番目の人がその方向性を決める、みたいな」
「赤石君、あなたなんて言ったかしら」
「天狗」
「私と天狗に何の共通点があるって言うのよ」
「お題は高慢な奴、だろ」
「腹が立ったわ」
パン、と高梨が赤石を殴る。
「高梨ちゃん殴ったりするんだ!」
「私を怒らせた男は、殴っても良いのよ」
「期せずして近いことを言っている……」
赤石は腕をさする。
「それはそれとして、あの短時間で方向性を決めたあなたの頭の回転の速さは評価するわ」
「飴と鞭を使い分けるな」
「今は雪と無知かしらね」
「うまくないんだよ」
高梨はふふ、と笑う。
「じゃあ次高梨さんからやろうよ! 高梨さんから始まる~~、山手線ゲーーーム! ぱんぱんぱぱぱん!」
「赤石君」
高梨が二度手を叩く。
「シェフ、ぱんぱん」
上麦が言う。
「え、えぇ⁉ て、店長! ぱんぱん!」
「なんだよこれ! 先生! ぱんぱん!」
「須田、駄目!」
上麦が須田を名指しする。
「何のお題なんだよ、これ」
「料理作る美味しい人」
「先生も料理上手かもしれねぇじゃん!」
「そんなゲーム違う」
「確かに」
須田はおとなしく引き下がった。
「これ頭使うなぁ」
「もっと悪い方向に言って欲しかったわ。白波が赤石君をもっと貶めてくれればよかったのよ」
「赤石料理上手しかない」
「しかないことはないだろ、しかないことは」
赤石はきっ、と上麦に視線を向ける。
「じゃあ次は須田君から始まる~~。山手線ゲーーーム!」
「いええぇぇぇぃ!」
「ぱんぱんぱぱぱん!」
「化け物! ぱんぱん!」
「赤石君! ぱんぱん!」
須田と暮石のコンビプレーに、赤石が待ったをかける。
「なんで化け物から入るんだよ! せめて俺から入れよ!」
「化け物から赤石君を思いついちゃって……」
「眼科行け!」
「俺はそんなつもりじゃなかったぞ!」
「嘘吐け! 全く……」
赤石は暮石を睨む。
「私はこういう展開を望んでたのよ」
「望むなよ」
赤石はため息をついた。
「楽しいねぇ」
暮石がぼそ、と呟く。
「そうだな。こんなしょうもないゲームでも」
「しょうもなくないし!」
「雪降ってるから何でも楽しいだけだろ。雪のバフかかってる状態で六人とも空見上げてるから何でも楽しいんだろ」
「じゃあ会話の墓場と言われてるしりとりでも面白くなるんであろうな、赤石氏!」
暮石は拳を握る。
「言ってみろ」
「トマト」
暮石は気の抜けた声で言う。
「あえて面白くなさそうな単語から責めてきやがって。鶏天むすび」
「ビーフストロガノフ」
「フカヒレ」
「レモンケーキ」
右端の船頭が言い、須田に回って来る。
「きびだんご」
「ご、ご、ごましお」
「おにぎり」
「りんご飴」
「明太子パスタ」
「た、たい焼き」
船頭が言い、須田に回って来る。
「き、き……また、き? きゅうり」
「リングドーナツ」
「ツナマヨおにぎり」
「なんでさっきから赤石君なんでもかんでも無理矢理おむすびにするの?」
暮石が小首をかしげる。
「お昼時だからな」
「な~~る」
暮石は時計を見た。
「ご飯食べよっか?」
「楽しかったろ」
「ち、ちげぇし! こ、これはちゃんとした提案だし!」
暮石は鼻下をこすり、立ち上がった。
「ほらほら、皆立ち上がる!」
須田、赤石、高梨たちの手を引っ張る。
「ご飯食べよーー!」
暮石たちは昼食を取ることにした。




