第295話 お返しはお好きですか? 1
赤石は学校を出て、帰路に就いた。
自宅からの最寄り駅で降り、途中、公園へ立ち寄る。
「お、悠人~」
船頭が公園のベンチに座り、赤石を待っていた。
やっほ~、と船頭が赤石に手を振り、にこにこと笑う。
赤石は無言で船頭の下へと行く。
「やっぴ~、悠人。元気?」
「……ああ」
赤石は修了式後に、公園で船頭と落ち合う約束をしていた。
船頭の誕生日が近いため、修了式終わりに船頭に誕生日プレゼントのお返しをすることとなっていた。
「ん」
船頭が赤石に両手を差し出す。
赤石は船頭に無言で袋を渡した。
「やった~! 私の誕生日プレゼントだ~!」
ふぅ~、と船頭はその場で踊り狂う。
「何かな、何かな~。開けてよろし?」
「じゃ」
赤石はそう言うと、その場から歩き出した。
「ちょいちょいちょい! 何だい悠人君や、テンションの低い」
船頭は赤石の肩を掴む。
赤石は船頭の手を払いのけた。そのまま振り返りもせずに、歩く。
「ちょっと~、何なの悠人感じ悪い~」
船頭は懲りずに赤石の肩に手を置いた。
再び手が払いのけられる。
「……何?」
不審に思った船頭は眉根を顰める。
「はい!」
船頭は回り込み、赤石の前に立った。
「……」
「……」
赤石は船頭を避け、再び歩き始める。
「…………」
船頭は立ち止まった。
「ちょっと!」
そして後ろから赤石の手を掴み、体を自身に向けさせた。
「さっきから感じ悪いよ、悠人。何? 何か言いたいことあるなら言ってくれない?」
船頭は語気を強めながら赤石に問う。
「……別に」
赤石は船頭から目を離し、言う。
「……すごい嫌な気分なんだけど。言ってくれない?」
「……」
赤石は口を開いた。
「離せよ」
「……は?」
赤石は口端を歪ませ、醜く嗤いながら、船頭の手を払いのけた。
「何? 私悠人に何かした? 何かしたなら言ってよ、ちゃんと謝るから」
船頭は赤石の隣を歩きながら聞く。
「別に」
「言って」
「……」
赤石は立ち止まった。
「お前もどうせ、櫻井の一派だろ」
「…………」
赤石は薄笑いながら、言葉を発する。
「何それ」
「お前も櫻井の一派だろ。もう放っといてくれ、俺のことは。目障りだ」
「なんでそんなこと今さら言うわけ」
「今さらじゃねぇよ。ずっと思ってたよ」
赤石は止まらない。
一度壊れたストッパーは、そう簡単には戻らない。壊れたストッパーを直すだけの時間は、過ぎていない。
「別に櫻井派とか悠人派とないから。櫻井と一緒にいたいとか思ったことないし、悠人としか会ってないし、櫻井の一派とか言われるの意味不なんだけど」
「嘘吐けよ」
赤石は船頭を見下ろす。
「お前櫻井と二人でどっか行ってたんだろ」
「…………」
次は、船頭が黙る番だった。
「よくもまぁぬけぬけと、いけしゃあしゃあと嘘ばっか吐けるもんだな。尊敬するよ」
「それは……違うし」
船頭はうつむき、視線を逸らしながら答える。
「何が俺としか会ってない、だよ。俺は嘘吐くやつが一番嫌いなんだよ」
赤石は愛を信じる。人間の愛を信じ、全てをつまびらかにすることが愛であると、赤石は信じている。
人間関係に嘘があってはならない。それが赤石の信じる、渇望する人間の心根だった。
「どうせお前も櫻井と二人で俺のこと馬鹿にしてたんだろ。楽しかったか、人を馬鹿にしてけらけら笑うのは? どいつもこいつも鬱陶しい。もう俺とは関わらないでくれ。二人で幸せに生きてくれ。俺を巻き込まないでくれ」
「……違うって言ってるじゃん。なんで私の言い分聞いてくれないわけ?」
「嘘吐く人間の言葉信用できないだろ」
「……」
どん、と船頭が赤石の胸を叩く。
「じゃ」
赤石は出口に向け、そのまま歩き出す。
「待ってよ!」
船頭が赤石の手を引っ張る。
「だから、違うって! あの時は……あの時は、尚斗に言われたから仕方なく……」
「俺は友人関係を強く信じてるんだよ。俺がお前の嫌いな人間と二人で遊びに行って、内緒だよ、だなんて二人の秘密にしてたらどう思う? 良い気しないだろ」
「良い気はしないけど、でも他人の友達関係に口出すのっておかしいじゃん……」
「櫻井じゃなかったらな」
憎い、ただそれだけの感情が、赤石にはある。
「櫻井と関わる全ての人間を憎むほど、俺はあいつが嫌いだよ」
赤石の心からの、本音。
「他人の友達関係に口を出すのはおかしいよ。そうだよ、その通りだよ。だからお前も、俺が何を選ぶのかに口を出すなよ。人それぞれ選ぶ道は違うだろ。お前が櫻井を選んだことを俺は否定しない。ただ、嫌になっただけだ。だから俺もお前とは関わらない。お前も俺と関わらない。そこに何の違いがあんだよ」
赤石は船頭を振りほどき、歩き始める。
「やだ……やだやだやだやだやだ!」
船頭がその場にくずおれる。
そうすれば赤石を止められると思ったから。
「行っちゃヤダ!」
船頭の言葉も、赤石には響かない。
赤石には、届かない。
赤石は船頭の言葉を聞こうとしていない。
「ヤダって! 止まってよ、悠人!」
船頭は声を上げる。
「ヤダ――」
ゲホ、と咳をする。声を出しすぎ、かすれる。
「行かないで、行かないでよ!」
船頭はその場で赤石が振り向き、悪かった、と言ってくれると信じている。
赤石なら帰って来ると、信じている。
自分を一人にしてどこかに行ってしまわないと、信じている。
「行かないでって!」
「……」
赤石からの反応は、ない。
歩くスピードすら、変わらない。
「待ってるから! ずっとここで待ってるから! 悠人が帰って来るまで待ってるから!」
船頭は振り返りもしない赤石の背中に誓う。
「悠人が来るまで待ってるから! それまで私帰らないから! 本当だから! 絶対帰らないから! 悠人が私の話聞いてくれるまで私ここにずっといるから!」
赤石の耳には入っている。
ただ、聞こうとしていないだけだった。
「待ってるから……」
赤石は公園を出た。
「待ってるから……」
船頭は砂利で汚くなった手で目をこすった。
目から出る大粒の涙を押し殺し、気丈に振る舞った。
赤石の乱暴でぐちゃぐちゃに潰れたプレゼントを目にして、船頭は唇を震わせる。
中に入っていたのは、学業成就のお守りだった。
「全然お守りじゃないじゃん……」
赤石には、もう何も要らない。




