第32話 須田の雑談はお好きですか? 2
「そういや悠、俺最近一発芸思いついたんだよ。見てくれ」
「また話がぴょんぴょん飛ぶな……。見てやるよ」
須田は人差し指と中指を立てた。
「んっ、んん。うん。あー、あー」
須田は喉に手を当て、声を低くした。
「おい…………俺は短刀だ」
「何それ」
「どすの利いたどす」
「それ短刀のつもりかよ。分かりづらい。五点」
「発想力を評価してくれぇ!」
「発想力はあるな、確かに」
いつものように、益体もないやり取り。
「悠、俺最近日本語の妙ってのを味わったんだよ」
須田は一つの話題を終え、次々と話し出す。
「いや、お前朝っぱらからどんだけテンション高いんだよ! 話題持ちすぎだろ! 話題の宝庫かよ!」
「人間は生きているだけで様々な事を考えるのです」
「女神っぽさがある」
「私は女神です。でさ、食べ物でクスクスとかナンとかオジサンとかあるじゃん。あれ、無駄にその単語が既にあるから、そういう食べ物の話するときはよく分からなくなるよな」
「さらっととんでも発言が出た気がするが、まあいい。何故オジサンだけが調理前……? カレーとラーメンと人参、って言われた気分だ」
「まぁそこはご愛嬌で」
「まぁ良いけど。つまり母は母の日に、みたいなことか?」
「それそれ。例えばナンとかだったらさ、『なんっ……ナンなんなんなんナンなんなん⁉』ってなるじゃん」
「何だと……ナンなのか? 何なんだよ、ナンって何なんだよ!? ってことか」
「そうそう。ややこしいよな」
「ややこしいのはお前の頭だ」
「今日は頭が冴えてるからな」
「ここに来て伏線が張られていた……っ!?」
「悠、お前の負けだ」
「これは一本取られたな」
赤石は棒読みで返答する。
「はははははは」
「アホらしいな」
須田と互いに笑い合っていると、後方から女子の姦しい声が聞こえた。
耳を澄ます。
「えぇ、須田先輩じゃん、どうしよう恰好いい!」
「須田先輩って水泳部だし体つき凄い良いよね」
「「「分かる~」」」
須田のことを、褒めそやしていた。
櫻井までとはいかないものの、水泳部のエースでもあり、イケメンで性格もお人好しな須田は、そこそこにモテていた。
何度か賞も受賞し、学校で表彰されていることもあって、校内での知名度もそこそこあった。
「須田先輩、水泳頑張ってくださーーい!」
今も、須田のファンまでとはいかないものの、須田の努力を称賛する後輩の女子が、須田に黄色い声援を送る。
「おい統、呼ばれてるぞ」
赤石が須田に声をかけると須田は振り返り、さわやかな笑顔で後輩女子に手を振った。
「キャーーーーー! 先輩頑張ってー!」
「ありがと~」
須田は、気の抜けた返事をする。
「おいおい統、お前モテモテだな」
「いや、モテモテっていうよりは応援してくれてる、って、感じだな。いや~、水泳で賞とってから応援してくれる人が増えたからありがたいよ」
須田は、櫻井とは違った。
櫻井ならおそらくは歩調を緩め後輩女子たちが追いつくようにするのだろうが、須田はそうはしなかった。
変わりなく、先程までと同じ歩調で歩く。
赤石は須田を揶揄する。
「後輩がお前のこと応援してんだから、歩調を落として後輩たちと喋ったりしないのか?」
「俺が? 今? いやいや、悠と一緒に歩いてんのにさすがにお前を置いて後輩たちの所に行くなんてそんな残酷なこと出来るかよ。お前はただでさえ友達がいないんだから、俺がいなくなったら寂しくて泣くだろ?」
「かっ……勘違いしないでよね!」
「突然ツンデレになった」
「「あははははは」」
須田は、明らかに櫻井とは一線を画した性格をしていた。
櫻井とは違い部活にも真摯に取り組み、顔立ちは整っており、体つきも筋肉質で、性格もお人好し。背が高く友達も多い、信頼の厚い男。
だが、そんな須田ではあるが、それでも櫻井よりはモテていなかった。
何故なのか。
モテるとは、何なのか。
何が人を引き寄せるのか。
どう考えても全てのパラメータで櫻井を上回っている須田が、何故櫻井よりも女子からの人気は熱くないのか。
分からない。
赤石には、須田が櫻井よりモテない理由が分からない。
須田は校内からの人気が高く、特にその何にでも足を突っ込む性格から、男友達が多かった。
櫻井は、男友達が少ない。
なら、男友達を作ってしまえば女子からはモテないという事なのか。
「…………」
近いようで、遠い。
氷山の一角に振れているような気はするが、正解ではない。
何か、何か別の要因がある。
「おい悠、俺があんだけ色々話したんだからお前も何か面白い話してくれよ」
「ん……」
考え込み、あらぬ場所へ意識が飛んでいたので、須田が赤石の肩を持ち左右に振った。
「振るな振るな、お前はバーテンダーか」
「お、面白い」
「はい、じゃあ俺一個面白いこと言ったから次はお前だぞ」
「担がれたっ!?」
赤石は、益体もないやり取りをする。
須田と話す時の赤石は、普段の合理的思考からは離れた、須田に連れられて楽しく生きるという、一高校生のような性格だった。
「じゃあな、統~」
「おう、じゃあな悠~」
赤石は教室の前で須田と別れ、赤石は教室に一歩踏み入れた。
バッ。
「…………」
赤石が教室に一歩踏み入れた刹那、多くの生徒たちが赤石に振り向いた。
その瞳には、様々な感情を湛えている。
異質な空間に足を踏み入れた、と実感した。
先ほどまで和気藹々とざわついていた教室の雰囲気が、一瞬の内にして一変したような気がした。
先ほどよりも盛り上がりに欠けているような、突如多くの生徒が話すのを止め、それにつられて多くの人間も話を止めたかのような。
「…………」
赤石はクラスメイトに奇異な視線を注がれながらも、自分の席に座った。
きっと勘違い…………。
そのはずだ、俺は何もしていない。
そう自分に言い聞かせ、精神の正常を保った。
クラスメイトの幾らかは、どこか昏い感情を瞳に湛え、赤石を見ていた。