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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第7章 修了式 堕落編
326/594

第289話 体育倉庫はお好きですか?



「下の名前で呼ばれたいわね」

「……」

「……」


 昼休みの食堂で、不意に高梨がそう呟いた。


「八宵」


 上麦が高梨の袖を持ち、言う。


「女の子に言われたいんじゃないのよ。男の子に言われたいのよ」

「八宵」


 弁当を食べながら、須田が言う。


「はぁ……」


 高梨がため息を吐いた。


「そういうのじゃないのよ」


 やれやれ、とでも言いたげに高梨は首を振る。


「分かる、分かるよ高梨氏、うんうん」


 暮石はうんうんと目をつぶりながら首を縦に振る。


「赤石君、最後の望みはあなたにたくされたわよ」


 高梨は赤石に水を向けた。


「八宵」

「……」


 高梨の目を見てそう放ったが、


「はぁ……」


 やはり高梨の反応はいまいちだった。


「何が気に食わないんだよ」

「そういうのじゃないのよ。もっとこう……なんて言おうかしら」


 高梨は空中で手を動かす。


「私の八宵を安く買いたたかないで欲しいのよ」

「意味が分からん」

「私には分かる!」


 高梨と暮石が結託する。


「もっと口惜し気に、貴重なものとして私の八宵を扱って欲しいのよ」

「八宵……!」


 須田がこぶしを握り締め、歯を食いしばり、言った。


「近いけれどちょっと違うわね。赤石君」

「八宵」

「死になさいゴミクズ。さっきと何も変わってないじゃないの」

「頼んでる側とは思えない横柄な態度」

 

 没収よ、と高梨は赤石の弁当に入っているハムを取った。


「俺のハム……!」


 きゅうりのハム巻きを高梨にとられる。高梨は爪楊枝だけを赤石の弁当に戻した。


「中々おいしかったわね。お母さんに美味しかったです、と言っておいて」

「後で食べるために残してたんだが」

「知らないわよそんなこと。好きな物なら先に食べなさいよ。あなたは好きな女の子が誰か他の男に取られても、そうやって好きだから後にしておこうと思ったのに、とでも言うんでしょ。一生家の隅でみすぼらしく泣いているといいわ」

「ハムときゅうりが誰かに取られる心配なんてしてねぇよ」

「あなたの認識不足ね。今回私のおかげで世間の厳しさを理解できてよかったじゃない。感謝なさい」

「高梨先輩さすがっす!」


 暮石が目を丸くして高梨を褒める。


「はぁ……。この様子じゃあ、まだ私の八宵は誰にも捧げることは出来なさそうね」

「一生持て余してろ」

「何?」


 高梨と赤石が互いににらみ合う。


「ん」


 ふと見れば、赤石の弁当がなくなっていた。


「赤石、お母さん、料理上手」


 上麦が赤石の弁当を取っていた。


「あなたは私から何も学ばなかったようね」

「世知辛すぎる」


 赤石は購買にパンを買うために立つ。


「白波ラスク」

「いかれてんのかお前は」

「私はなんでもいいわよ」

「暮石は焼きそばパンを所望する!」

「はいはいはいはい」


 赤石は手を振ってそのまま購買へ向かった。


「全く、赤石君は毎度のことながらひどい男ね」

「本当だよ、全く」


 暮石が同意する。


「統貴もなんとかいいなさいよ」

「滅茶苦茶搾取されてんじゃん、悠」


 須田はあっはっは、と笑った。


「赤石君も美少女に搾取されて喜んでるわよ、きっと」

「わーぁった、わーぁった」


 須田は笑いながらご飯を食べた。







「はい、これで今日の授業を終わります」

「「「ありがとうございました~」」」


 赤石たちは体育の授業を終えた。

 当番制で、赤石がボールを体育倉庫に入れに行くことになった。


「やあやあ、どこに行くんだい、赤石君」


 霧島が声をかける。


「体育倉庫」

「僕もついていこうか」

「いや、いい」

「はぁ……。じゃあ仕方ないね」


 霧島はポケットをごそごそと漁る。


「これを僕と思って持って行っておくれよ」

「いらん」


 霧島はポケットからボールペンを取り出した。


「そんなこと言わずに! 今僕の手持ちにはこれしかないんだ」

「なんでお前を思って歩かないといけないんだよ」


 赤石は霧島から定期的に小物を渡されていた。


「まあまあ、あって困るものでもなし」

「なくても困らないけどな」


 霧島は赤石の胸ポケットにボールペンを入れた。

 まあどこかで何か書くこともあるかもな、と思いながら赤石はそのままにしておいた。


 しばらく歩き、体育倉庫へたどり着く。


「……」


 ガラガラガラ、と倉庫の扉を開け、赤石は籠の中にボールを入れていく。


「……」


 少し遠くから、赤石は一つずつボールを投げて入れ始めた。


「邪魔」


 どん、と後ろから赤石はぶつかられる。二、三たたらを踏み、赤石はその場にとどまった。


「……」


 鳥飼あかねその人が、そこにいた。

 赤石は無言で鳥飼をきっ、と睨み、再びボールをしまい始めた。


「なんだよ」


 鳥飼が振り向き、赤石に言う。


「何か言ったか?」

「その目が気にいらないんだよ」


 鳥飼は赤石の目を見ると、舌打ちをする。


「お前最近白波と三葉とよく一緒にいるよな」

「別に」

「いや、いる。よくつるんでるだろ」

「お前の方がつるんでるだろ」

「何するつもりだ?」

「何も」


 鳥飼もボールをしまいながら、赤石に聞く。


「狙ってんだろ、三葉のこと」

「獲物?」

「白々しい反応すんなよ。三葉のこと彼女にしようとか狙ってんだろ、って言ってんの」

「さぁ」


 赤石は大仰に肩をすくませ、口端を上げた。

 鳥飼は赤石の襟元をつかんだ。


「あんま調子乗んなよな、お前」

「……」


 赤石は肩をすくませたまま、鳥飼と目を合わせる。


「友達が男に取られるのがそんなに嫌か?」

「当たり前だろ」


 鳥飼は掴んでいた赤石の胸ぐらを外す。


「もうお前が知らないうちに暮石は他の男と付き合ってたりな」

「はあ?」

「お前が知らないだけで何人も男をとっかえひっかえしてるかもな」

「黙れよ」


 体育倉庫に、赤石と鳥飼の二人しかいない。


「三葉に近づくなよ、お前」

「あいつが俺に近づいて来てんだよ。そうだな、プールとかバーベキューも一緒にしたかもなぁ。同じ屋根の下で寝たこともあったなぁ」

「…………」


 鳥飼が眼光鋭く、赤石をねめつける。


「知らなかっただろ? 俺と一緒に遊んだことも知らないんだから、それくらいあるかもなぁ。むしろもっとすごいことも――」

「三葉から離れろ!」


 鳥飼が声を荒らげる。


「そんなに大事か、友達が?」

「当たり前だろ。お前と違ってな」

「俺は友達なんて存在を信じちゃいないからな」

「いないだけだろ。見栄張るなよ」

「暮石はお前に俺と遊んだことは言ってなかったみたいだけどな」

「……」


 鳥飼はボールを地面に叩きつけた。


「何が目的なわけ?」

「こっちの台詞だよ」

「本当お前気持ち悪いから三葉に近寄らないで。白波にも」

「あいつらに言ったらどうだ? 赤石は気持ちが悪い男だから二度と近寄るな、ってな。あいつは癌だ。きっと私たちの邪魔になる、ってな」

「あ?」

「あ?」


 赤石と鳥飼が対峙し、お互いに鼻先が当たるほどの距離まで接近する。


「殺すぞ、お前」

「言えないだろうな、お前には」


 赤石はせせら笑う。


「お前は友達が好きで好きでたまらないんだろ。暮石が自分の手元を離れるのが怖くて仕方ないんだろ。友達を自分の人生を満たすための道具か何かだと思ってんだろ。だから暮石が他の友達といることを容認できない。想像できない。お前にとっての友達は、お前にとっての暮石がお前の想像通りの、お前の想像した人間性の枠外から出ていることを容認出来ない。お前にとっての友達っていうのは結局のところ、お前の妄想の押し付けなんだよ」

「何言ってんだ、お前」

「だから暮石に俺に近寄るな、とは言えない。お前はお前の妄想を自分で自覚しながらも、全部なかったことにしようとしてんだろ。暮石にそんなこと言ったところで、お前の言葉を全ては受け入れないだろ。そうなるのが怖いんだ。お前の友達が自分の言うことを信じず、俺の言うことを信じることが怖いんだ。お前自身が俺よりも暮石の友達にそぐわないと思うことが怖いんだ。お前の言葉より俺の言葉を信じる暮石が受け入れられない。だから言えない。違うか?」

「お前は私より下だろ」

「お前は友達に縛られ続けてんだろ? だからどうにかして俺が失敗するところを暮石に見せつけてやりたい。ほら、全部私の言っていた通りだ、あんなやつは最初からクズだったんだ、そう暮石に言ってやりたいんだろ? 囁いてやりたいんだろ? お前にとっての暮石はお前の思う通りの人間でないといけない。お前にとっての暮石がお前の決めた人間性からはみ出すことを許さない。だが、暮石自身は違う。全く違う。お前の思い通りの人間にはならない。お前は暮石が自分の思い通りの人間でないことを自覚しながら、それに文句をつけることも出来ずに手をこまねいてんだろ。な? 自縄自縛になってんだよ。暮石が男遊びをしていたとしても、お前はその現実を受け入れない。暮石が他人をいじめていたとしても、お前はそれを直視しない。直視できない。何故ならお前にとっての友達は、所詮お前の妄想したまがい物だからだ」

「ふっ……」


 鳥飼が赤石の腹に勢いよく蹴りを入れる。


「うっ……」


 赤石は腹を抱え、後方に退く。

 鳥飼はうずくまる赤石の右頬を殴り、抑えた腹に蹴りを入れ、赤石はそのまま壁に激突した。

 赤石の肺から小さなうめき声が漏れる。


「図星か」


 鳥飼は体育倉庫の扉を閉めた。


「そうやって三葉と白波のことも洗脳したのか」

「してないね。事実を言っただけだ。自分の悪意に気付かず暮石を洗脳しようとしている奴は果たしてどっちだろうな。お前は暮石のお母さんじゃない。暮石の好きなようにやらせてやれ。友達が自分の思い通りにならないことを受け入れろ。そして、間違った方向に行こうとしているのなら、自分が嫌われてでも相手を諫めるだけの勇気を持て」

「洗脳するようなやつの言うことをまともに聞く必要はないな」


 鳥飼は髪を後ろでまとめた。


「男と女じゃ筋力差があるぞ」


 鳥飼は女子にしては背が高いが、赤石よりは低かった。

 赤石は鳥飼に対してファイティングポーズを取る。


「一生そうやって他人を見下して生きてろ」

「見下されてると勝手にお前が思ってるだけだろ。厳然とした事実を述べたまでだ。他人を自分の杓子定規の中に入れたがりさん」

「うああああぁぁぁっ!」


 鳥飼が赤石につかみかかる。

 鳥飼は赤石の肩を掴み、腹に拳をめり込ませる。


「ふっ……」


 何度も腹に溜まったダメージに赤石は硬直し、鳥飼はそのまま赤石の後頭部を持ち、近くの跳び箱に思い切りぶつけた。


「痛ぇっ!」


 赤石はまとまった跳び箱をバラバラにしながらそのまま後ろに飛び退った。


「死ね!」


 鳥飼は赤石を追いかけ、赤石の足を踏み、移動を制限した。そのまま赤石の左頬、右頬を殴打する。


「死ね、死ね、死ね!」


 三度目の殴打を見切り、赤石は鳥飼の両手首を掴んだ。そのまま鳥飼を壁に連れて行く。


「このっ!」


 鳥飼は赤石の拘束を振りほどき、再び赤石の腹に殴打を入れようとした。赤石は鳥飼の腕を掴む。


「死ねっ!」


 振り下ろされたもう片方の手首を掴み、赤石は鳥飼の手首を持ったまま背中側へ回った。手首を持ちながら、鳥飼の髪を巻き込む。


「痛いっ!」

「悪いな」


 赤石は鳥飼の手首と髪を掴んだまま、地面に組み倒す。


「勝負あったな」


 赤石は鳥飼の上に馬乗りになった。

 鳥飼の両手を抑え込む。


「くそっ、この……」


 鳥飼はそのまま暴れるが、赤石は涼しい顔でいる。


「マウントされた側は立場的にすごい弱い、って聞いたことあるな」

「離せ、このクズ!」

「なら暴れるな。俺を自由にして帰してくれ」

「お前が喧嘩売って来たんだろうが!」

「お前だろ」


 赤石は鳥飼の手首を掴んだまま、話す。


「もう次の授業が始まる。本当に帰してくれ。暴れないと約束しろ」

「手を離してみろ。今すぐにでもお前の喉元を噛みちぎってやる」

「なら離せないな」

「卑怯者!」


 鳥飼は足を必死にばたつかせるが、赤石には届かない。


「筋力が違うって言っただろ。動物の体格上、仕方ないんだよ。お前が悪いわけじゃない。諦めて脱力してくれ。負けを認めてくれ」

「認めるわけねぇだろ!」

「暴力は何も生まないぞ。冷静に会話しろ」

「お前が私を洗脳しようとしてきたんだろ!」


 赤石と鳥飼は膠着状態になる。


「え…………」


 ガラガラ、と体育倉庫が開く。


「そ、そういう感じ!?」


 顔を真っ赤にした暮石が扉をそのまま閉めた。


「三葉!」


 鳥飼が暮石の目を見る。


「たっ、助けてっ!」

「あかね……?」


 鳥飼の尋常ならざる声に暮石は正気を取り戻し、扉を再び開けた。


「赤石君、何、してるの……?」


 そして暮石は赤石を黒い眼で見る。


「喧嘩」

「違う! 助けて、三葉!」


 鳥飼は赤石の下でもがき、暴れる。

 赤石は鳥飼を解放した。


「三葉っ!」


 解放された鳥飼は涙を流しながら暮石の下へと走り寄った。


「赤石に、乱暴されそうになって……。私怖くて……」


 鳥飼は声を震わせながら暮石に抱き着く。


「嘘……本当、赤石君?」

「嘘だね。喧嘩だ」

「私……私怖くて……。男の力で無理矢理組み倒されて……。私何もしてないのに、なんで……」


 鳥飼は嗚咽を上げながら暮石の肩に顔をうずめる。


「どっちが本当のこと言ってるの?」

「俺だよ」

「私、乱暴されそうになったんだよ!」


 鳥飼は泣きながら暮石に言う。


「あかねがこんなに怖がってるなんて異常だよ……。今まであかねが泣いてる所なんて見たことないのに。赤石君、本当に何があったのか教えて?」

「だから、喧嘩だって」

「三葉! あんなやつの言うこと信じないで! 目を覚まして! お願いだから、私のことを見捨てないで……」


 鳥飼は泣きながら暮石に懇願する。


「……今はどっちが悪いか分からない」


 暮石は赤石と鳥飼の間で困惑する。


「赤石君、先生に言ってもいいってことなの?」

「お好きにどうぞ。授業の間のわずかな時間で、百パーセント誰かにバレるような状況で女に乱暴するような馬鹿がいるならお笑いだな」

「先生には言わないで」


 ほらね、と赤石は澄ました顔をする。


「私、私が誰かに乱暴されたなんて誰にも知られたくないよ……。私は女の子なのに、私の初めてなのに、こんな奴に乱暴されそうになったなんて知られたくないよ……」


 何度もしゃくりながら、鳥飼はそう言った。


「あかねがそんなことする理由も、赤石君がそんなことする理由も……分かんないよ」

 

 暮石は鳥飼の背中をさすりながら、その場を後にした。


「…………」


 赤石は汚れた服を払い、しばらくの後に体育倉庫を出た。

 




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 赤石と鳥飼の会話は周囲に漏れなかったのかが気になりました。暮石が体育館の倉庫に入るまでに会話が聞こえなかったのかな?
[気になる点] 誰が三葉を呼び寄せたのか。まぁ、検討はつくが。
[良い点] 白波はいつだって平常運転で良いなぁw [一言] 鳥飼のやり口が痴漢冤罪詐欺師のそれに酷似してて不快感がすごいw 天罰が下ればいいのにw
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