第283話 正月はお好きですか? 2
一月一日――
前日から続き、高梨の家に集まった赤石たちは各々に時間を潰していた。
「あけましておめでとう、赤石君」
「おめでとう」
高梨は白い息を吐き、手をこする。
「寒いわね」
「そうだな」
「温めてあげましょうか?」
「出来るなら」
高梨は赤石にカイロを投げて寄越した。
「あなた、私が抱き着くとでも思っていたのでしょう? 気持ちが悪い。今すぐ側溝に飛び込みなさい」
「なんでだよ」
赤石はカイロを揉んだ。
「汚らわしいわね、本当に気持ちが悪い。私が渡したものを揉みほぐして一体何を妄想しているのかしら」
「そういうものだろ」
「私の手の感触でも味わっているのね。警察呼びます」
「なんでだよ」
赤石の持っているカイロが熱を帯びてくる。
「赤石、食べ物?」
上麦がつま先立ちで赤石の手の中を覗き見る。
「ああ、そうだぞ。食べるか?」
「いらない! カイロ!」
上麦はぺし、と赤石のカイロを叩いた。
「カイロの中身は食べ物だって知ってたか?」
「え!?」
「嘘を教えないでよ、嘘を。酸化鉄でしょ」
上麦が眉をひそめ、赤石を睨む。
「あけおめ~、あけおめあけおめあけおめ~」
横から須田が入ってきて、赤石たちに桃色の袋を配って回った。
「なんだ、これ?」
「開けてみそ」
袋の中には、モナカのお菓子が入っていた。
「これ高いやつだな」
「どうしたのよ、統貴。急に気が利くじゃない」
「家帰ったら親がいっぱい持ってたから在庫処分しに来た」
「こんな高い物を在庫処分しようとするな」
「須田好き!」
上麦が須田にしがみつく。
「ちょっとちょっと、そういうつもりじゃないって」
須田は笑いながら上麦をはがす。
「統貴、あなた……」
「統……」
「なんちゅう目で見てんだよ、お前らは」
赤石と高梨が軽蔑の目を向ける。
「おは~! 皆おはおは~!」
長いマフラーをした船頭が入って来る。
「あけおめ~、あけおめあけおめあけおめ~」
うぇ~い、と船頭が赤石たちに両手の拳をこつん、と合わせる。
「昨日は楽しかったね~」
「そうね」
「美味しかった」
「そうだな」
「テンション低~」
萎え~、と船頭は肩を落とす。
「今日は一段とギャルだな」
「ギャル違うし! 清楚だし!」
うるさし! と船頭は赤石を叩く。
「お前は何かお土産はないのか?」
「お土産?」
「あぁ、船頭ちゃんにもモナカのプレゼント」
「ありがと~、須田ち」
須田は袋からモナカを取り出し、船頭に渡す。
「お前は?」
「なんでもらう側なのにこいつこんなに偉そうなの?」
「お菓子は⁉」
「白波ちゃんまで⁉」
赤石と上麦が船頭を睨む。
「ないけど」
「ないけどじゃないだろ。買って来い!」
「買って来い!」
「そっちが行け!」
赤石、上麦と船頭が顔を突き合わせる。
「正月早々かしましい人たちですわね」
眠たげな目をこすりながら、花波がやって来る。
「私はありますわよ」
花波はポーチから小さなチョコレートを出した。
「これ……」
「ディオンオール⁉」
世界屈指のチョコの名店、ディオンオール。
花波はポーチからチョコを配り始めた。
「お友達特権ですわ」
「なんでこんなの持ってんだよ。予約とかいるだろ」
「家の樽とか壊したらあったんじゃない?」
「勇者か」
須田はチョコを空にかざす。
「十六カラット……」
「怪盗か」
すご~い、と船頭たちは目を丸くする。
「家に帰ったらお母様、お父様が取引先の方々から沢山もらっていましたわ」
「花波、お菓子持ち」
「お金持ちみたいな言い方」
上麦はチョコを口に入れ、幸せそうに口をもぞもぞと動かす。
「お嬢様、準備は出来ましたでしょうか?」
「そうね」
高梨の別荘から那須が出て来た。
「那須さんは実家に帰らないんですか?」
「お参りが済めば帰る予定です」
「お参り!」
高梨の別荘に、多くの人が集まっていた。
「最近のお嬢様の周りには、人が沢山いらっしゃいますね」
「そうね」
「楽しそうでなによりです」
「……」
高梨は那須から顔を逸らした。
「お参りに行きましょうか、皆さん」
「「は~い」」
赤石たちは近辺で一番大きい神社へと足を延ばした。
「ここが神社……」
神社にたどり着いた赤石たちは、人の多さに圧倒されていた。
「人が多いわね」
「そうだな」
赤石たちは人気の少ない場所に集まった。
「こういうお寺のルールはご存知かしら、赤石君」
「真ん中を歩いたら駄目だっていうのと二礼二拍手一礼、くらいしか知らないな」
「これだけ人が多かったら右も左もないわね」
神社は人でごった返していた。
「あ……須田……くん?」
「お、おお、佐藤」
久しぶり、と須田は佐藤とハイタッチする。
「と、赤石……くんと、高梨さん?」
佐藤は赤石たち一行を一人ずつ見て行く。
「どういう関係性?」
「悠、こいつは佐藤って言って」
「サッカー部で同じクラスってことは知ってる」
須田の紹介の前に赤石は佐藤の素性を当てる。
「赤石君と須田君と高梨さんって……一体どういう関係?」
「他にもいるぞ」
須田は近くで喋る暮石や上麦、船頭に水を向けた。
「え、えええぇぇ⁉ どれだけ人いるの⁉」
「だれだれ、この子? 悠人のお友達?」
「違う」
船頭は赤石の前に出て、始めまして、とポーズを取った。
「え、同じ学校……の人?」
佐藤は派手なメイクと衣装に包まれた船頭に戦々恐々と挨拶する。
「違う」
「はじめまして、船頭ゆかり、華の十七歳です! よろしくねん!」
船頭は佐藤にウィンクした。
「もしかして、赤石君の……?」
「そそ、大正解~!」
船頭が赤石と肩を組む。
「止めろ」
赤石は船頭の腕を振りほどいた。
「どういう関係?」
「黒ギャルと凡人」
「ラノベのタイトルみたい」
船頭がけらけらと笑う。
「船頭さん……なんだかすごい魅力的な人だね」
「え、マジ? 佐藤見る目あるじゃん、うぇ~い!」
船頭は佐藤とハイタッチする。
「赤石君がまた嫉妬するわよ」
「なんでだよ」
高梨が赤石を嘲笑する。
「なんか、赤石君と須田君ってこんな大規模クランの一員だったんだね」
「ゲーム脳が凄いぞ、ゲーム脳が」
須田はあはは、と笑う。
「水城、危ないから俺から離れるなよ」
赤石たちが人気のない場所で佐藤と話している最中、そばを櫻井が通りかかった。
「あ」
櫻井が水城の手を引き、賽銭へと向かっていた。
「櫻井君は彼女持ちか……」
佐藤は櫻井を目で送る。
「誰か他に同じクラスの人とか見なかった?」
佐藤が赤石に尋ねる。
「見てないな」
「そっか」
佐藤は周りを見渡した。
「あまり邪魔してもあれだから、僕は先に行くね」
「ああ」
「ばいば~い」
佐藤は赤石たちから離れ、賽銭へと向かった。
「やっぱり大きい神社なだけあって、知り合いにもたくさん会うわね」
「そうだな」
「霧島君とか来てたら絶対にこっちにやって来るわよ」
「よく分かったね」
高梨の背後に、霧島がいた。
高梨は咄嗟にその場から飛びのく。
「尚斗、あんた本当いっつも神出鬼没」
「あははははは、それは重畳。お褒めの言葉感謝感謝だよ」
霧島は大仰に礼をする。
「ゆかりちゃんはまだ悠人君と仲が良いのかい?」
「は?」
船頭は霧島を睨みつける。
「おお、怖い怖い。その様子じゃあまだ大丈夫なようだね。ところで、聡助を見なかったかい?」
霧島は櫻井が去った方向を見やる。
「気付いてるんだろ」
「あははは、まさか。聡助を追ってこんなところまで来たりはしないよ。折角の二人きりのデートなんだから」
「語るに落ちたな」
霧島はそれでもあはは、と笑う。
「ちなみにここの会場で僕はさっき由紀ちゃんを見たよ。振袖姿で可愛かったなぁ~」
霧島は手庇を作り、集団の中を一人一人目で追う。
「あ、聡助がいたね」
霧島は櫻井を捕捉する。
「じゃあ僕は聡助を追うことにするよ」
「結局追うのかよ」
「ゆかりちゃんたちも、楽しい一日を送りなよ」
「言われなくても」
船頭が霧島を手で追い払う。
「ハブアグッデ~イ」
霧島は手を振りながら、人混みの中に消えて行った。
「相変わらず霧島君は正体不明ね」
「何を考えてるのか分からない」
赤石たちは霧島の襲撃に驚いていた。
「赤石君、ハンカチない?」
背後から暮石が赤石に声をかけた。
「手清めてきた」
「ハンカチ」
暮石と上麦が赤石にハンカチを要求する。
「ある」
赤石はポケットからハンカチを出した。
「さすがあかえもん」
「アカえもん」
「お前が教えたのか」
暮石と上麦がハンカチを使用し、赤石に返した。
「女の子が手を拭いた、価値あるハンカチになったわね。フリマサイトで売るんじゃないわよ」
「誰が買うんだよ」
「好事家がいるのよ」
赤石はハンカチをポケットにしまった。
「濡れたハンカチを持ってたらポケット濡れないかしら?」
「気にしたことがなかった」
「きっとあなたのポケットには今頃数億という微生物が暮らしてるわね」
「止めてくれよ、想像したくもない」
赤石はハンカチを取り出した。
「私たちも手、清めに行きましょうか」
「そうだな」
赤石たちは手を清めに向かった。




