第281話 年末はお好きですか? 2
夜は更け、二十二時――
リビングで大騒ぎをしている須田たちをよそに、赤石はテレビの前で年末特番テレビを見ていた。
隣ではポップコーンの袋を両手に抱え、口に運びながらテレビを見る上麦がいた。
「赤石、ドッキリ好き?」
「何度も同じドッキリを見るのは嫌いだな」
赤石と上麦は二人で年末のドッキリ特番を見る。
「このテレビ好き?」
「年末のテレビは何でも特別感があって面白いから好きだな」
赤石はチャンネルを変えながら上麦と相談し、テレビを見る。
「白波、ドッキリがいい」
「漫才番組とかもあるぞ」
「漫才分からない。ドッキリ分かる」
「娯楽を楽しむにはそれ相応の知識が必要だ、ってことだな」
赤石はドッキリ番組にチャンネルを合わせた。
「赤石馬鹿にした! 白波怒った!」
「褒め言葉だよ」
「赤石嘘! 明日の朝ご飯抜き!」
「お生憎様、俺は一日くらいならご飯を食べなくても平気な体なんだよ」
「化け物!」
上麦は赤石に肘鉄砲を食らわせる。
『この番組は、人気芸能人にドッキリを仕掛ける番組である!』
ドッキリ番組のナレーションが流れる。
「皆リビングいる。赤石リビング行かない?」
「うるさいのは嫌いなんだよ」
「白波もうるさいの嫌い」
上麦はポップコーンを口に運ぶ。
「お前は嘘がないから接しやすくていいな」
「白波嘘吐かない。赤石嘘吐く。嘘つき」
「嘘なんか吐いたことないよ」
「ほら、嘘!」
上麦はびし、と赤石を指さす。
ドッキリ特番で、水着の芸能人が現れる。
『今回は、この女優に放水ドッキリを仕掛ける!』
「やらしい」
上麦が目を細める。
「公序良俗良いくない!」
上麦がテレビを指さす。
「難しい言葉知ってるな」
「また馬鹿にした! 赤石ダメ!」
上麦が頬を膨らませる。
「赤石、水着見てる! 見すぎ!」
上麦がテレビの前に立つ。
「高級肉が空を飛んでる……!」
「え!」
上麦は赤石の視線の先を追った。
上麦はテレビの前から離れた後、赤石に振り向いた。
「赤石、そんなに水着見たい?」
上麦はげんなりとした顔で赤石を見た。
「テレビが見たいんだよ」
「変態。もう何も言わない」
上麦は赤石の隣に座った。
「……」
「…………」
「わ!」
テレビ内の仕掛けに驚き、上麦が跳ねる。上麦の持っている袋からポップコーンが跳ねる。
「テレビ見たことないのか?」
「白波テレビ見ない。新鮮」
「変わってるな」
赤石はソファの背もたれに寄りかかりながらテレビを見る。
「あ~かい~し~く~ん」
テレビのある別室の扉が開かれる。
「あ~! 二人きりでテレビなんて見て! いやらしいんだ~!」
暮石が赤石たちに指をさす。
「三葉、変。何飲んだ?」
「えぇ~、変じゃないよ~」
暮石は千鳥足で赤石たちの方へ向かう。
「酒飲んだのか?」
「飲んでないよ~、未成年なんだもん~。そもそもこの家にそんなのないよ~」
「那須さんの酒とかあるんじゃないか。あの人酒すごい飲みそう――」
赤石はそこで扉の奥にいる那須と目が合う。暗闇の中で那須の目だけが光り、赤石を捉えていた。
「にない、素敵な女性だからそんなことはないか」
那須がその場を離れる。赤石は胸を撫で下ろす。
「だから飲んでないって~、あははははは、赤石君おかしいなぁ」
暮石は赤石の頭をぽんぽんと叩き、目を弓なりにして笑う。
「じゃあ場酔いだな。外に出て深呼吸した方が良い」
「場酔い何?」
上麦が小首をかしげる。
「何~それ~、私酔ってなんてないよ~」
暮石は暑くなってきちゃった、と服を一枚脱ぐ。
「こんなところで脱ぐな。外出て深呼吸して来い」
「え~、全然問題ないよ~。まだまだ下に着てるんだし~。赤石君なんだから、私が襲われたりもしないし安心だよ~」
「嫌いだな、その言葉」
赤石は眉を顰める。
「この男は友達だから安心だ、みたいな言葉は反吐が出る。安心なわけねぇだろ。人間は皆自分の本心を隠して、他人に好かれるように演技する。仮面をつけて話す人間を信頼するな。他人を信じるな。そしてお前は大学に入っても男と酒を飲むな。酷い目に遭うぞ」
「そ、そっかぁ……」
暮石がしゅん、とする。
「外に行け。外の空気を吸え。いつか今を思い出して恥ずかしくなるぞ。外に出ろ」
赤石は暮石の背中を押し、家の外へと出た。
「深呼吸」
「すーはー、すーはー」
暮石は深呼吸する。
数分深呼吸した後、暮石の頬から赤みが取れる。
「あ」
暮石は自身の頬を触る。
「冷た。大分落ち着いたかも」
暮石はにこ、と赤石に笑いかけた。
「熱気だな。人間は人の波に飲まれると正常を失う。それこそ、酒に酔ってるかのように、な。大人数で群れると人間は正常を失う。数の暴力が異常な思考を正常な思考だと思い込ませる。自分のやっていることはこの場の空気にそぐうんだ、と普段やらないことをやってしまう。この近くに家がないから、より一層クローズドな環境に興奮したんだろうな」
「なんかちょっと恥ずかしくなってきちゃった……」
暮石は耳まで真っ赤にし、服を着る。
「お前は羽目を外しすぎるところがあるみたいだな。人の波に飲まれて、あるいはその場の空気に飲まれて、他人に簡単に自分を許してしまいそうな気がある。修学旅行の時もお前はそんな感じだったぞ。非日常に対して異様に羽目を外しがちだ。今回のを勉強代にして、今後は気を付けるんだな」
「わ、私赤石君になんか変なこと言っちゃった……」
暮石は両手で顔を隠す。
「統にも言ったのか?」
「言ったかも……」
暮石は青ざめる。
「なしってことにならないかな?」
暮石はちろ、と舌を出す。
「まだ場酔いが抜けきってないみたいだな」
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
暮石は膝から崩れ落ちた。
「熱に飲まれるな」
赤石と暮石は家へと戻った。
「他人と一緒に絶対に密室に行くなよ。お前は愚かだからな」
「はい、気を付けます……」
暮石は目を伏せ、しずしずと歩く。
「赤石帰ってきた」
「ごめんね、白波。変なこと言っちゃって」
「三葉も普通なった?」
暮石は上麦の隣に座った。
「三葉気持ち悪かった」
「ごめんよ~、白波~」
暮石が上麦に抱き着き、頭を撫でる。
「女同士っていっつも抱き合ってるよな」
「赤石はしない?」
「しないな。俺も統もしたことがない。お前はされて嬉しいのか?」
「白波嬉しくない。三葉邪魔」
「白波~」
上麦はポップコーンを口にする。
「赤石君はこんなところで白波と何してたの?」
「将棋」
「ほら嘘!」
上麦が赤石を指さす。
「ジョークだ」
「嘘もジョークも同じ!」
上麦がバンバン、とソファを叩く。
「テレビを見てた」
「テレビ?」
暮石が視線を向けると、テレビではドッキリ番組を放送していた。
「赤石君、ドッキリ番組とか見るんだ~」
「人並みには」
「私は普段は見ないな~。年末年始にテレビつけたらやってるの見るくらい」
暮石は上麦の隣で視聴し始めた。
『今回は内木コンプレックスにとんでもない仕掛けを用意した!』
ナレーションと共に、一人の男が楽屋に入る映像が流される。
「内木コンプレックス?」
「ピン芸人。最近自身のコンプレックスを音楽とともに紹介するネタで人気になっている」
「赤石詳しい」
上麦が口を開けて赤石を見る。
「楽屋の中で風船が大きくなって割れるドッキリだろうな」
説明ついでに赤石がそう呟く。
『今回は、Cで始まる英語を十個答えるまで風船を膨らませ続けるドッキリを用意した!』
『うわぁ!』
『ドッキリスタート!』
『Cで始まる英語を十個答えろ』
『え、ええええぇぇぇ⁉ わ、分からん分からん! コンプレックス!』
『さすが内木コンプレックス! コンプレックスが一番に出た!』
『コ、コ、コンプライアンス! これコンプライアンス大丈夫⁉』
『番組への配慮もばっちりだ!』
赤石の予想した通りの展開となった。
「テレビ、赤石の言ってた通りの展開なった」
「そうだな」
「赤石凄い。なんで分かったん?」
「知識が違うからな」
赤石は頭を指で叩いた。
「赤石君も場酔いしてるね」
「…………」
赤石たちは無言でドッキリ番組を見た。




