第280話 年末はお好きですか? 1
十二月三十一日――
赤石たちは高梨の別荘へやって来ていた。
「いぇ~い、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!」」」
須田がリビングで音頭を取る。須田に合わせて高梨の別荘が盛り上がる。
「久しぶりね、赤石君」
「ああ」
リビングから離れたキッチン横の食卓で、赤石と高梨は机を挟んで座っていた。
赤石は須田たちを見やる。
「ちょっと待ってちょっと待って、私に一芸やらせてくんない?」
リビングの中央で三千路を囲むようにして人の輪が出来る。
「ところで一ついいかしら、赤石君」
「なんだ」
「私の後ろにいるこの女は、一体何なのかしら」
高梨は振り返らず、後ろを指さした。
高梨の後ろには、花波がいた。
「花波だな」
「そんなことは分かってるのよ。どうしてこんな女が私の家にいるのか、って聞いてるのよ。不愉快だわ」
高梨は赤石を見ながら眉を顰める。
「俺が呼んだんじゃない」
「三千路さんに呼ばれてきましたの」
「三千路さんの名前を出されると弱いわね」
高梨は困った顔をする。
「私この女嫌いなのよ」
「奇遇ですわね。私もあなたのことは嫌いですわ」
花波がコップをゆっくりと回し、嚥下する。
「今すぐつまみ出しなさい、真由美」
「しかしお嬢様」
高梨の指示を受けた那須はおろおろと困惑する。
「本当は私の家に来るという選択肢もあったのですよ? それを私が妥協してあなたの家に来てあげたのですから、少しくらい感謝してくれてもいいんじゃないですか?」
「やっぱり嫌いだわ、この女」
高梨は振り向かない。
「赤石君がこの女に熱を上げてるのは前から分かってたわ。でも私は反対ね。いつ裏切るか分からないわよ」
「あなたこそ赤石さんのことを裏切るんじゃないですか? そう思っていないと出ない言葉ですもの」
「……」
高梨は舌打ちをする。
「折角の年末に喧嘩するなよ」
「おっしゃる通りです、赤石様」
那須が赤石の傍にひかえる。
「主人が誰か忘れたの、真由美。私の言うことを聞きなさい」
「お嬢様のためを思ってこうしているのです」
那須が頭を下げる。
「あなた櫻井君が好きなんでしょう? なんでこっちにいるのよ。早く元の鞘に戻りなさいよ」
「私は今は赤石さんの、須田さんのお友達ですわよ。交友関係は日々新しくするのが定石ではありませんくて?」
「いちいち私の癇に障るわね」
高梨は人差し指で机をトントンと叩く。
「まぁ高梨も櫻井の婚約者だから結びつき的には高梨の方が上だけどな」
「止めて。殺すわよ、あなた」
「……」
赤石は肩をすくめる。
「なんですの、その話?」
花波が身を乗り出し、赤石に訊く。
「あなたが余計な事言うから飛び火したじゃない。責任取りなさいよ」
「高梨も並々ならない関係性なんだよ、櫻井と」
「あらあら」
花波は目を弓なりにして、微笑する。
「私が嫌いなのは恋敵だからですのね? 随分と分かりやすいお方ですね」
「違うわよ。櫻井君にべったりなあなたがここにいるのが気に入らない、って言ってるのよ」
高梨は明らかに不機嫌な顔をする。
「櫻井君が水城さんと付き合ったからって赤石君にすり寄るのなんて本当に見ていて浅ましいわ。結局あなたは今でも誰かに依存しているんじゃない。自分一人の足で立って、歩きなさいよ」
「赤石さんが私と恋仲になるのが怖いんですの?」
「違うわよ! あ~~~! もう、本当に話が通じないわね! そういう所が嫌いなのよ!」
高梨が髪をかき乱し、立ち上がる。
赤石は目を丸くして高梨を見た。
「高梨がこんなに取り乱してるのは初めて見た」
「私もです」
赤石と那須はぽかん、と口を開ける。
「高梨、怒りすぎ」
リビングからやって来た上麦が高梨の口にチョコを入れた。
「赤石も怒りすぎ」
「怒ってない」
上麦が赤石の手の上にチョコを置く。
「俺には食べさせてくれないのか?」
「那須、あげる」
「ありがとうございます」
那須は上麦の手からチョコを入れられる。
「おい、俺は」
「花波嫌いだけどこれ、あげる」
「前は料理が好きと言ってくれていたではありませんか?」
「料理は好き。花波は嫌い」
上麦はチョコを机の上に置いた。
「年末年始。怒りすぎダメ。皆仲良く」
上麦は親指を立て、再びリビングの料理を取りに行った。
「命拾いしたわね」
高梨はチョコを舐めながら花波を見下ろした。
「あなた赤石さんにぞっこんですわね」
「こんなに女の子を殺したいと思ったのは初めてだわ」
高梨は拳を震わせる。
「前に赤石君に私の料理を取られたくらいの怒りがこみ上げてるわ」
「すごい頻度で怒ってるじゃないか」
リビングから、黒野がやって来た。
「キモい」
「?」
黒野は赤石の後ろに座り、猫背で俯く。
「黒野も招待したのか?」
「そうよ、修学旅行で暫く一緒だったから一応呼んでみたのよ」
黒野は体調の悪そうな顔で高梨を見る。
「どいつもこいつも年末年始に騒ぎすぎ。キモいうるさい、ウザい嫌い」
黒野は紙コップに口をつける。
「そうか? 俺は好きだぞ」
「……赤石はこっち側だと思ってた」
黒野は恨めしそうな顔で赤石を見る。
「まぁそっち側に立つ方が多いのは間違いないけどな」
「では、あなたなんでここに来ましたの? 結局皆と一緒に楽しみたいから来たんではありませんくて? 自分が楽しめないのを他人のせいにしてひがんで悪口を言うのは良くありませんよ?」
花波が黒野に助言する。
「黙れ、男狂い」
「男狂い……」
花波は上体をのけぞらせる。
「転校初日から櫻井なにがしに猛アタックして本当キモい。そのくせ女と係わろうともしない高慢高飛車な男狂い。誰もお前を好きになんてならない」
「な……なんなんですの、本当にあなたは!」
声を震わせて花波は立ち上がる。
「もっと言いなさい、黒野さん」
「あ、赤石さん……!」
花波は赤石を見る。
「まぁ大部分で当たってるな」
「そんな……」
花波は俯く。
「わ、私は男狂いなどではありません! 私が好きなのは聡助様……聡助様だけでしたの! 男性にばかり良い顔をして女性を避けていたわけではありません! むしろ、私の容姿でレッテルを貼って来るような男性が大嫌いです!」
「これは事実」
赤石は花波のサポートをする。
「外から見たらそんな風には見えなかったけどね」
くくく、と黒野は笑う。
「なんであなたはずっと私に突っかかってきますの⁉ 私があなたに何かしましたか⁉ 私は男性が嫌いです!」
「男に言い寄られて困ってますアピール本当キモい。私は男に優しくなんてされたことない。私の方がお前なんかよりも何倍も男のことが嫌い。男に言い寄られる容姿を持ってるお前が男嫌いだ、なんて公言してるのが本当に吐き気がする。男に媚びてるくせに苛つく」
「黒野がひどい目に遭ってるのも事実」
赤石は黒野のサポートもする。
「あなただって十分可愛いじゃないですの! 自分で自分磨きを怠っておいて、私が何の苦労もなくこうなったとでも思っていますの⁉ 自分が綺麗になる努力をせずに綺麗になる努力をした女の子を馬鹿にして何様のつもりですの!? そんなに私がうらやましいのなら、自分で努力くらいしなさいよ、馬鹿! 女の子は、皆可愛くなるだけの権利があるんですの!」
「生まれた時点でそんなの決まってるから」
黒野と花波は口論をする。
「恐ろしいわね、この二人は」
赤石の隣には高梨がやって来ていた。
「歩んできた人生が違うからそれぞれの意思があるんだろうな」
「人間が分かり合えないわけね」
黒野と花波の舌戦はヒートアップする。
「どうしたの~、二人とも。こんなところで」
須田が黒野と花波の間に割って入って来る。
「こ、こいつが……」
「く、黒野さんが……」
二人はお互いに指をさし、口を閉じる。
「まあまあ、楽しく楽しく。年末年始なんだから。花波さんにも花波さんの良い所があるし、黒野さんにも黒野さんの良い所があるから、二人ともそれぞれ自分の良い所を探していけばいいんじゃないかな」
須田がわはは、と大笑する。
「寒いセリフだな、だって」
「言ってない!」
黒野が赤石の背中を叩く。
「あはは! ごめんごめん、でも、やっぱりちゃんと見れば皆それぞれいい所があるからさ! 欠点を直すのも大事かもしれないけど、自分の良い所は見逃さないようにしていこうぜ!」
な、と須田は力こぶを作る。
「素敵ですわ……」
花波はぼそ、と呟く。
「俺は喧嘩してるお前らの方が見てて面白いからそっちの方が好きだけどな。もっと争え」
「あなた性格悪いわよ」
高梨が赤石の背中を叩いた。




