第278話 花波の家はお好きですか? 2
「簡潔に申しますわね」
花波は赤石と須田を交互に見る。
「私をあなたのお友達にして欲しいんですの」
「……」
「……」
赤石と須田は顔を見合わせる。
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですの。私を、あなたのお友達にして欲しいんですの」
「……?」
赤石は小首をかしげる。
「しいては、赤石さんたちと一緒に遊びに行けたり出来たら、と思ってますわ」
「……」
赤石は小さく息を吐く。
「友達なんてものは登録制でも許可制でもないだろ。ましてや、俺にも統にも、そんなことを決める力なんてない」
「でも誰かが許可すればおのずとその集団に入れるものですよね? 赤石さん、私をお友達として認めてはくれませんか?」
花波はうるうるとした瞳で赤石を見る。
「俺にそんなものの決定権はない。お前がそうしたいのなら、お前が勝手に一人で行動して、その結果を自分で背負え」
「仮に、あなたが私とお友達になる、ということを言ってくれればそれで私は助かるんですの」
赤石と花波が視線を交錯させ、須田は隣から赤石たちを心配そうに見る。
「ではこうしましょう。赤石さん、私とお友達になると言ってはくれませんか?」
「…………」
赤石は視線を外し、
「そういうことなら、お断りだ」
きっぱりと、断った。
「悠」
「赤石さん」
赤石は須田と花波からの視線を浴びる。
「何故ですの?」
花波は悲し気に小首をかしげる。
「私はお金もいっぱい持ってますわ。あなたとお友達になれば、きっと家を貸し出すことも出来ますわ。別荘にも連れて行ってあげられますわ。お金だって、きっと支援しますわ。色んなイベントごとに困らないはずですわよ? 私がいれば楽しくなることは間違いないと思いますけれど」
「そういう問題じゃないんだよ」
赤石はため息を吐く。
「まず一つに、俺はお前が嫌いだ」
「赤石さん……」
須田が赤石と花波を交互に見やる。
「何故ですの?」
「お前は櫻井のさし向けた刺客か何かだろ」
「違います。神に誓って、それは違います。神に、誓います」
花波は真剣な目で、そう、言う。
「たとえそうじゃなかったとしても、さんざ俺のことを罵って、男なんて嫌いだと見下して、自分に良くしてくれる同級生にも目もくれずに、櫻井だけを信奉してきたお前が、櫻井に恋人が出来たくらいで他の連中とつるむのなんて見たくないだろ」
「それは……」
花波は言葉をなくす。
「本当に櫻井が好きなのなら、櫻井が交際をした後も、ずっと櫻井のことを好きでい続けろよ。逃げるなよ」
「逃げてるわけではありません。私が私の意志で決断しただけです」
花波は据わった目で赤石を見る。赤石は言葉をつぐ。
「そして、これが最も嫌な理由だが」
赤石は指を一本立てる。
「媚びるな」
赤石は眉間に皺を寄せ、言う。
「自分と友達になればいいことがありますだぁ? 自分と友達になれば無心出来ますだぁ? 別荘を貸し出せますだぁ? 舐めてんじゃねぇぞ」
赤石は一つ一つ列挙し、指を立てる。
「そうやって自分は役に立つ人間です、自分は弱い人間です、てな顔をして友達になってくださいなんて懇願する奴はごめんだね。自分を貶めんじゃねぇよ。自分の価値を自分で下げてんじゃねぇよ。お前は見返すために自分で努力して、今のお前を手に入れたんじゃねぇのかよ。櫻井に彼女が出来たくらいで自分の価値を勝手に下げて、自分がいかに役に立つ人間かを紹介して他人と友情を築こうとしてんじゃねぇよ。そんなことで出来た友情なんて砂の城でしかない。自分を貶めて仲間に入れてもらおうとしているような奴はこっちからごめんだ。金で人の心を買おうしてるような奴は大嫌いだ。価値がなきゃ成立しないような人間関係なんて大嫌いだ。気持ちが悪ぃ」
花波は息をのむ。
「ごめん、花波さん、こいつ人間関係だけ潔癖だから」
よしよし、と須田が赤石の背中を撫でる。
「金を出さなきゃ友達になれない。自分が役に立たなきゃ友達になれない。そういう考え方が気持ち悪ぃんだよ。人間関係に損得勘定を持ち込んで来てんじゃねぇぞ。お前みたいなやつは大嫌いだ。人間関係を損得勘定で判断して、自分が地位を得れば友達を切り捨てるような人間は大嫌いだ」
「まぁまぁ」
須田は赤石を慰める。
「では、私は一体どうすればあなたのお友達になれますの?」
「友達になんて、なれない」
「何故」
「お前が嫌いだから」
須田が席を変え、赤石と花波が斜向かいになるように座った。
「ごめん、こいつあまのじゃくだから、花波さんは気にしないで大丈夫。悠が言ってるのは全部逆だから。本当は花波さんと友達になりたくて仕方ないんだと思うぜ!」
「黙ってろ、統」
「嫌いだから友達になりませんの? では私はどうすればあなたに好いてもらえますの?」
「そういう考え方が嫌いだって言ってんだよ。他人に合わせようとするその考え方が」
「私が私のままでいればあなたはずっと私と係わろうとしませんわよね? 相手が変わろうとしてるって言うのにそれを無下に拒否して選択の機会を与えようとしないのは相手に媚びることよりもずっと悪辣なことだと思いますけれど、私は」
「全くもって花波さんの言う通り」
花波さん一ポイント、と須田は指を立てる。
「一体あなたは私の何が不満ですの? どうすれば私はあなたたちと一緒に行動できますの?」
「一緒に行動する意味なんてないだろ。お前が一緒に行動したいと思う理由が分からねぇんだよ」
「まぁそれは確かにそうだな」
須田が赤石の方に指を一本立てる。
「それは……」
花波は息を飲んだ。
「それは、私も楽しく毎日を過ごしたいと思ったからですの」
花波は手首につけたシュシュを取った。
気付けば、赤石の背後に三千路がやって来ていた。
「私は聡助様に拒否されましたわ。裸を見せても、キスをしても、何をしても聡助様は私に目もくれませんでしたわ」
「ちょっとそのえっちぃ話詳しく」
「黙ってろ、すう」
前に出る三千路を赤石が抑える。
「その心労がたたってか、私は自身の体を傷つけるようになりましたわ。これは病院でも、あなたに言ったと思いますわ。それと同時に睡眠薬にも手を出しましたわ。私は弱い人間ですの。何かにすがっていなければ生きていけない、弱い人間ですの」
「痛そう……」
三千路が花波の手首を覗き込み、言う。
「ですから、絶対に壊れない、そういう関係のお友達が、欲しくなりましたの。これが全部ですわ」
言い終えた花波は、静かに咳払いをした。
「じゃあクラスの同級生に頼めばいいだろ。お前が言えば寄って来る同級生の十人や百人いるだろ」
「恋愛関係を元に構築した人間関係は必ず壊れますわ。私は学びましたもの」
「俺たちだって恋愛関係になるかもしれないだろ」
「なりませんわ。特にあなたなんて私のこと好きじゃないでしょう」
「いや、なるな。好きだ、付き合ってくれ」
「…………」
花波は赤石の目を見る。
「こう言えば満足か? もういいだろ」
「ご冗談を」
花波はからから、と笑う。
「あなたが好きなのは女の子でも何でもないでしょう。あなたが好きなのは、自分自身じゃないですか」
「…………」
赤石の額に脂汗が浮かぶ。
「あなたが好きなのは、絶対に否定をしない自分自身。誰かが好きだなんて、言って良い資格はないと思いますけれど」
「…………」
赤石は返答しない。
「仮にもしあなたが私のことを好きになったのだとしても、私はそれで構いませんわ。あなたに興味がありますの。これでいいですか? あなたに興味がありますの。だから、お友達になってください」
「…………」
赤石は、答えない。
自分が好きなのは、自分自身。考えたこともない視座だった。
「えぇ~、私はいいと思うけどな~」
三千路が口をはさむ。
「花波ちゃんがお友達になってくれるんでしょ? こんなに可愛い女の子お友達にしない手はないよ~」
「うるさい」
「むしろ悠は何に怯えてるの? 花波ちゃんがお友達になったら私たちの関係が壊れると思った? それとも花波ちゃんが嫌い? それとも好きになりそうなの?」
「赤石さん、あなたは私があなたに悪意的な時よりも好意的な方が、私に棘を刺してきますわよ。どういう保護反応なのか教えていただいても良いですか?」
前後から赤石は責められる。
「いや、悠が何を言っても私は許可するよ。花波ちゃん、年末年始一緒にえっちなことしようね」
「それは少し戸惑いますけれど……」
「統も、ね?」
「まぁ、悠が嫌じゃないのなら」
三対一。赤石は花波を見た。
「勝手にしろ」
「やった! 魔王を斃したよ花波ちゃん!」
「やりましたわ!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
三千路は花波と手を叩き、明るく笑う。
「まぁまぁ悠、俺とお前の友情は永遠だからな」
「言ってろ」
赤石は不服そうに、頬杖をついた。




