第276話 山田裕也はお好きですか?
「何してるんだ、こんなところで」
「言う必要ある?」
新井は赤石を瞥見すると、すぐさま手元のスマホに目を落とした。
「帰れよ」
「なんで?」
新井は剣呑な目で赤石を見る。
「危ないだろ」
「あんたに関係ないでしょ」
「関係あるだろ、見たんだから」
新井はスマホを見ながら、話半分に答える。
「は? 意味わかんない」
「夜に一人でいたら事件に遭うだろ」
「赤石も一人じゃん」
「俺は男だからいいんだよ」
「今どき夜に外出たくらいで事件とか遭わないから」
からから、と新井は高笑いする。
「高校生なら遭っても全然おかしくないけどな。事件が起こるのも圧倒的に夜の方が確率高いし、変なやつに遭遇する確率もずっと高まると思うけどな」
「だ~か~ら、関係ないでしょ、って」
新井は眉間に皺を寄せ、赤石に言う。
「お前が事件に遭ったら俺の責任になるだろ」
「なんで?」
「夜に会ったのに何も言わなかったからだ。俺が出会ったことが分かると俺があおりをうけるだろ」
「いやいや、ならないから」
新井は鼻で笑う。
「なるかならないかはお前が決めることじゃないだろ。お前の周りの人間が勝手に決めることだろ」
「本当鬱陶しい。何? 私の親か何か?」
「なんでもない」
「じゃあ話しかけないでくれる? いちいちいちいち私のこと気にしてます、みたいなアピールして話しかけてくるの本当鬱陶しいんだけど。何? そんなに善人ぶるのが楽しい? 善人ぶって私に声かけて、私が帰ったらそれで嬉しい? 私の行動を変えれたらそれで満足? 自分が他人に声をかけたおかげで他人が自分の言うことを理解して、言うことを聞いて帰ってくれた、みたいな自己満足に浸るの本当キモいんだけど。善人面して勝手な価値観押し付けるの止めてくれない?」
「そんなことは思っていない」
「そもそも話しかけなかったらそんなことならないでしょ。いちいち自分から話しかけといて怒られるとか怒られないとか意味不明だから」
「話しかけないなら話しかけないでその後何かあったら俺に罪悪感が残るだろ」
赤石は肩をそびやかす。
「は? 結局それが言いたかっただけ? 結局全部自分のためなんじゃん」
「他人のためのふりをするよりましだったんじゃないのか? どっちなんだよ」
「ちっ」
新井は舌打ちをする。
「帰らせたいなら何をしてるのか教えろよ」
「はぁ……」
新井はスマホを見せた。
「これ」
新井のスマホには、山田との連絡をしている画面が映っていた。
「誰……だ?」
見慣れない名前に、赤石は首をかしげる。
「裕也君。朋美の彼氏」
「平田の……?」
新井は再び赤石から視線を外した。
「裕也君から呼ばれて来たけど家空いてなかったからここで待ってるだけ」
「…………?」
現状を理解できない赤石は再び小首をかしげる。
「お前、騙されてるぞ」
「いや、意味わかんないから」
新井はかかか、と乾いた笑い声をあげる。
「裕也君は皆に良くしてくれる優しい人だから」
「女にしか優しくしない奴の間違いだろ」
「裕也君のこと何も知らない奴が何言ってるし。裕也君は男友達とも仲良しだから」
「皆に優しい奴がこんな夜に女子高生一人で待たせてるわけだ」
「…………」
新井はスマホの電源を落とした。
「お前、もう他人を信じるの止めろよ。櫻井の時からずっと、お前は騙されてばっかだな。他人が良い人だと騙されて、自分の思いが他人に受け入れられたと勘違いして、一人で空回りして、被害者ぶって、何やってんだよ、お前。お前が今まで、誰かに実直に愛されたことあるのかよ。損得勘定もなく良くしてくれる人なんていたのかよ」
「何言ってるし。あんたがモテないから男にひがんでるだけでしょ」
「男とか女とか関係ないんだよ。人間は皆等しくクズで、自分の利益しか考えない、利己的な生き物なんだよ。いつまでも他人に期待して、勝手に裏切られて、落ち込んでんじゃねぇよ。他人に善性を見出してんじゃねぇよ。櫻井にフラれたからって他人に慰めてもらおうとしてんじゃねぇよ。自分の心の傷を他人に癒してもらおうなんて考えるなよ」
「そんなこと思ってないし、裕也君は誰にでも等しく優しいから。じゃあ男友達とも仲良しな理由つかないから」
「お前らの前でだけ格好つけてんだよ。そうすればお前らが勝手に勘違いするから偽りの関係をずっと維持してんだよ。他人に期待するなよ。男も女も、人間は皆クズなんだよ。女は今まで一度でもお前を助けてくれたか? 助けてくれないだろ。女は女を助けないし、男は男を助けないんだよ」
「勝手な思い込みで裕也君のこと否定するの止めて」
「ならなんで平田の彼氏がお前に一人で連絡してんだよ。なんで自分で連絡したのに出てきてねぇんだよ。なんで夜に女子高生を一人で誘い出してんだよ。なんでお前は何も疑問に思わねぇんだよ。そっちの方がずっと自分勝手で、自己中心的な行動じゃねぇか」
赤石は一歩踏み出す。
「そういう奴は他人が困ったときには、いの一番に逃げ出して、他人が周りにいじめられたときは一緒になっていじめるぞ。そういうもんなんだよ、あいつらは。自己保身のエゴイストなんだよ。他人に価値がないと思ってるからだ。お前はそいつらにただ、自分の欲のためだけに良いように利用されてんだよ。そういう奴らがお前らを助ける裏には、いつだって醜い下心と、利己的な損得勘定しかないんだよ。他人に価値を見出さない利己的な人間は、そうやって、お前のことをこれからもずっと傷つけ続けるぞ。善人のふりをしてお前を助けて、善人のふりをしてお前に偽りの優しさを振りまき続けるぞ」
「傷ついてないから」
「お前が、今まさに、ここに一人でいることがその証拠だろうが」
ザッ、ザッ、と遠くで砂を踏む音がする。
新井は音のする方向を一瞥すると、再び赤石に向き直り、眉を寄せて、嗤った。
「櫻井はお前に何かをしてくれたのか? お前の友人はお前が困ってる時にいつも手を差し伸べてくれたのか? 損得勘定なしに、ただ自分を助けてくれたのか? 違うだろ」
新井は赤石の目を見る。
そして、口端を歪め、
「へぇ~。で、他人を信じるな、とか言ってる奴が自分の発言は信じろ、とか思ってるんだ。本当意味わかんないよね、お前」
「…………」
そう、言った。
言葉を尽くして説得を試みたつもりだった。
一部でも考えが伝わってもらえれば良いと思った。せめて自分が傷つかないような行動をして欲しいと、願ったつもりだった。自己中心的な考えだったのかもしれない。独善的で、気持ちの悪い妄言だったのかもしれない。
自身の思いを信じ切った、暴挙だったのかもしれない。
夜に一人で放り出されるようなことにならないようにして欲しいと、そう願ったつもりだった。
だが、新井から帰ってきた言葉は、揶揄と嘲笑だった。新井の眉根を寄せ、悲しげな顔でそう言う。
「いや~、やっと見つけたわ由紀ちゃん、ごめんごめん……」
山田がその場に、やって来た。
「えと~……誰?」
山田は赤石を指さして、言う。
「別に~、高校の同級生。なんかさっきから突っかかられて本当キモかったし。裕也君かくまってよ~」
新井は小走りで山田の下へ行き、腕にしがみついた。
「お前、由紀ちゃんが好きだからって、こんな夜遅くにちょっかいかけるようなことしてんじゃねぇよ! どうせストーカーか何かだろ。由紀ちゃんを悲しませるようなことしてんじゃねぇよ! 自分がモテねぇからって同級生の女の子怖がらせるようなことしてんじゃねぇよ! 何やってんだよ、お前、本当情けねぇ……」
「マジ最悪」
山田は俯き、顔を片手で隠す。
「ああ、そうか……」
新井は山田にしがみつき、赤石に剣呑な目を向ける。
「そうだな、全部、全部俺が間違ってたよ。自己中心的で差別的で自己愛にあふれた、くだらねぇゴミみたいな意見だった。他人を見下した、横柄な考えだったよ。全部俺が間違ってた。俺の言葉には何の価値もなかったよ。ああ、悪かった。悪かったよ。もう全部忘れてくれ」
「二度と由紀ちゃんのストーカーなんてするんじゃねぇぞ!」
山田は新井を連れて、そのまま踵を返した。
赤石と新井は背中を向け、別の方向へと、歩き出した。




