第274話 クリスマス・イヴはお好きですか? 2
十二月二十四日――
クリスマスイヴ。
冬休みに入り、長い休みを満喫していた赤石の下に、一通のカオフトークが送られた。
『今日夕方から食事に行くわよ。十七時に駅の銅像の前に集合よ』
高梨から、そんな指示めいたカオフが一件、届いていた。
『なお、この連絡はあなたが読み次第消滅するわ。拒否すればブロックします』
そう簡潔に書かれたカオフに、赤石は目を通した。
「十分遅刻よ、赤石君」
「まだ十六時四十分だろうが」
高梨に言われるがままに駅に着いた赤石は、高梨と落ち合った。
高梨は首元にマフラーをつけ、赤いコートと薄化粧を施していた。学校で会ういつもの姿とは違って大人びて見え、赤石は少しばかりの緊張を持った。
「私が来た時間が集合時間よ。私は十分前に到着したのよ。あなた、こんな美少女を外で十分も待たせてよくもまぁそんな平気な顔をして話しかけてこれたわね、この無能」
「理不尽が過ぎる」
赤石は高梨の隣に立った。
「あと、連絡が突然すぎる。拒否権もなかっただろ」
「拒否する権利自体はあったでしょ。私にブロックされても良いのなら、ね」
「俺が何か予定あったらどうしてたんだよ」
「そうしたらあなたは泣いて私に懇願して来たでしょう? ごめんなさい、僕が悪かったです、もう二度とこんな愚行は犯しません。だから僕を許してください、なんてことを言われるのは想像に難くないわ」
「別の世界からやって来た高梨なのか?」
相変わらず辛辣な物言いをする高梨に、赤石は苦笑する。
「で、他に誰が来るんだ?」
「白波と統貴よ」
「なるほど。どっちも遅そうだな」
赤石は近くにあったベンチに腰掛けた。
「どきなさい。私が座るから」
高梨も赤石の下にやって来る。赤石は立ち上がった。
「こんな美少女を前にして、よく自分だけぬけぬけと腰かけようだなんて思ったわね。もう少し私に対する敬意というものを持ってくれても良いんじゃないかしら」
「はいはい」
赤石は高梨の隣で須田と上麦を探す。
「本当に馬鹿ね、あなたは……」
「……?」
うつむき加減で高梨は、呟いた。高梨の意図が分からず、赤石は閉口したまま高梨を見ていた。
「二人とも早く来ないかしら」
「統は五分くらい前に来るだろうな。上麦は知らん」
「白波はきっと遅れてくるわね」
「想像に難くない」
「あなたなんかと二人きりであと十分以上こんなところにいないといけないのね。嫌だわ、変態と美少女と思われたらどうしようかしら」
「確かにお前変態っぽいもんな」
「逆よ、馬鹿」
赤石の予想とたがわず、須田は五分ほど前にやって来た。
赤石を見つけた須田は大きな手を振った。
「ふぇ~、遅刻遅刻~」
須田はおどけた顔で小走りでやって来る。
「遅いわよ統貴、二十五分の遅刻よ」
「嘘!?」
須田は腕時計を見る。
「五分巻いてんじゃん」
「私は三十分に来たのよ。私が来た時間が集合時間よ」
「悪~。悠は何分遅刻?」
「十分遅刻。この話聞くの二回目だな」
「仲間だ!」
須田は赤石の肩にぽん、と手を置く。
「いや、遅刻してないんだよ」
次いで、上麦がやって来た。
「……」
上麦は高梨を見つけても走らず、ゆっくりと自分のペースで歩いてきた。
小さなバッグを肩にかけ、とことこと歩いてくる。
「来たわね、白波。時間通りじゃない。さあ、行きましょうか」
「こいつ三十分くらい遅刻してるだろ」
「時間ぴったり」
上麦は掛け時計を指さす。
「高梨が来た時間が集合時間なんだってよ」
「何を言っているの、赤石君。あなた友達に向かってそんなこと言って、失礼だと思わないの?」
「なんでだよ、なぁ統」
「悠、上麦泣いてるよ、心の中で」
「この数分で一体何が起きた……?」
高梨を先頭に、赤石たちは歩き始めた。
「どこに行くんだ?」
「まずは夕食でも軽く取りましょうかしら」
「ご飯!」
上麦は小さく飛び跳ねる。
「相変わらず食欲がすさまじいわね、白波は」
「ご飯ご飯!」
上麦は何度も飛び跳ねる。
「血足りない」
「化け物かお前は」
深刻な顔で言う上麦に赤石が突っ込む。
高梨たちはファミリーレストランに到着した。
「こちらの席へどうぞ~」
店員に言われるがままに赤石たちは席に座る。
「座っても良いわよ、あなたたち」
「なんで座るのも許可制なんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言うな、礼を」
須田と赤石は席に座った。
高梨と上麦に対面するように、赤石と須田は座った。
「さぁ、何食べましょうか」
コートをハンガーにかけ、マフラーを取った高梨は長い髪をとかしながらメニューを見た。
「白波、お金」
「お前また持ってきてないのかよ」
上麦はカバンを下ろした。
「違う! 持ってきた!」
「お金を……?」
上麦は頬を膨らませ、赤石を睨む。
「いつも赤石君が白波に貢いでいるものね」
「感じの悪い言い方をするな、感じの悪い」
上麦はカバンから財布を取り出した。
「こーんなに!」
上麦は赤石たちに向けて財布の中身を見せた。
「財布の中身を見せるな、財布の中身を。閉まってろ」
赤石は上麦の財布に手をかざす。
「白波お金持ち」
「お金持ちお金持ち」
「誰にもらったの?」
「お母さん」
上麦は財布をしまい、鞄に入れた。
「今日ご飯食べに行くって言ったらお母さんがくれた」
「クリスマスだもんな」
「はっ!」
母親に勘違いされたのかもしれない、と上麦ははっとする。
「何か言ってたか?」
「普段から良くしてもらってるんだから、あなたがご馳走してあげるのよ、って」
「なんてよくできたお母さんなんだ……」
上麦の傍若無人さとは正反対な母親に赤石は感動する。
「だから今日白波出す!」
「自分の分だけでいいだろ」
上麦は胸を張る。
「他に何か言ってたか?」
「……う~ん」
上麦は少し考え、
「どうだい、明るくなったろう、って言ってた」
「お母さん面白すぎるだろ」
「面白い?」
赤石の反応に、上麦は小首をかしげる。
「何が?」
「何がって……」
赤石は須田と高梨を見た。
「……昔もらった歴史の教科書をもう一回読んでみろ」
「何が!」
上麦は机の下で赤石の足を蹴ろうとしたが、届かない。
「白波、それは有名な風刺画があって……」
隣にいた高梨がスマホで調べ、上麦に教える。
「何頼む?」
「あ、俺ウーロン茶。悠はコーヒー?」
「普通にコーヒーだな」
赤石と須田は二人でメニューを決めていた。
「私にも見せなさいよ」
「白波も!」
赤石はテーブルの上にメニューを置いた。
「あなたコーヒーなんて飲むのね」
「ああ」
「赤石、格好つけ?」
「コーヒーを飲んでる人の癌の発症率が下がった、みたいな話をどこかで聞いたことがあったからだな」
「へ~」
「話半分に聞いておいてくれ。あくまでそういう噂があった、ってだけだ」
「健康を気にしてるのね」
高梨はメニュー表を持ち、上麦は高梨にくっついてメニューを見始めた。
「まぁ癌にも病気にも、一番良いのはよく笑うことなんだろうけどな」
「ちょっと良い話風にまとめないでよ」
須田は、よ、日本一! と赤石をまつりあげる。
「私は決まったわ」
「こっちも」
「店員さんを呼ぼうかしら。赤石君、いつもの一発ギャグやりなさい」
「一回もやったことない」
赤石は呼び鈴を押し、料理を頼んだ。
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ~」
店員は注文を聞き、戻る。
「取り敢えず一息ついたわね」
高梨はお手拭きで手を拭く。
「それにしても、クリスマスイヴに私たちと入れてよかったわね、あなたたち」
高梨が赤石と須田を半眼で見る。
「こんな美少女二人と一緒にクリスマスを過ごせるなんて、あなたたちがうらやましいわ」
「美少女!」
上麦がテーブルに手をつき、体を上下に揺らす。
「このたびは呼んでいただいてありがとうございます! 僕は高梨様と一緒にクリスマスを過ごすことが出来て本当にうれしいです、と言いなさい」
「言うか」
「このたびは呼んで――」
「言わなくて良い、言わなくて」
頭を下げ始めた須田を赤石が止める。
「実質お前が俺に感謝してるみたいな形になってるからな」
一人だけ感謝の気持ちを口にした高梨を赤石は揶揄する。
「別に……」
高梨は顔を逸らし、頬を赤らめた。
「高梨、照れてる!」
上麦が半笑いで言う。
「うるさいわね、白波。あなたの料理全部私が食べるわよ」
「嫌!」
高梨は上麦の頬を引っ張った。
「赤石君もお母様の許可が出てよかったわね。泣いて許可を取ったんでしょう?」
「許可を取るっていうなら多分お前の父親の方が何倍も――」
「お父様の話は止めて頂戴」
「はい」
高梨は不服そうな顔で赤石を睨みつける。
「さすが高梨社のご令嬢は圧力がすげぇや」
「なんでお前はさっきから他人事みたいな距離感なんだよ」
須田は他人事のように笑っていた。
「あら?」
「ん」
高梨が窓の外を見た。
「あれ、新井さんかしら?」
「新井……?」
外では、赤石の見知らぬ男たちとともに歩いている新井の姿が、あった。
「……?」
そしてすぐさま雑踏に消える。
「知らない男性といたわね」
「気のせい……じゃないか?」
「そうかしらね」
高梨たちは料理の到着を待った。




