第273話 クリスマス・イヴはお好きですか? 1
十二月二十四日――
クリスマスイヴ。
年を締めくくる冬の季節に、各々はそれぞれの形で時を過ごしていた。
「櫻井君、お客様からオーダー入ってるから」
「はい、ただいまぁ!」
櫻井はクリスマスイヴ当日、居酒屋でバイトをしていた。
「じゃあ取りあえずお通しで」
「かしこまりましたぁ!」
櫻井はオーダーを取り、キッチンに伝える。
「三番テーブル、お通しお願いします」
「はーい」
櫻井は額の汗を拭いながら、店内をせせこましく歩いていた。
「すみませーん」
「はーーい」
水城と交際を始めてから櫻井はバイトを始め、水城とのデート代を稼いでいた。
そしてクリスマスイヴの当日にもバイトを入れ、バイトが終わり次第水城と待ち合わせをしていた。
「そろそろ……」
バイト上がりの十分前、櫻井は掛け時計を瞥見した。
「どうしよう……あれ……」
「?」
オーダーを取りに来た櫻井は妙齢の女性の声を耳にした。
「お客様、どうかされましたか?」
「あの……家の鍵が見つからなくて……どっかで落としたのかな……」
「家の鍵……」
掛け時計を再び瞥見する。
バイトのあがり時間は、近い。
「…………」
櫻井は地面を探し始めた。
「お客様はそこでお食事を楽しんでてください。家の鍵は絶対に俺が見つけます」
「す、すみません……」
櫻井は女性の鍵を探し始めた。
探すこと一時間――
「あった……ありました!」
櫻井は鍵を見つけた。
「ほ、本当ですか!?」
「はい、椅子と壁の間に挟まってました。隙間が凄く狭かったんですが、なんとかなりました」
「ありがとうございます!」
「いやいや、お姉さんが喜んでもらえたら、俺はそれで満足ですよ」
「すみません、すみません」
櫻井は額の汗を拭った。
「すみません、注文良いですか」
「はーーい」
櫻井は注文を取りに行く。
「おう、兄ちゃん」
「……はい」
店内を歩いていた櫻井に、声がかけられる。
「自分、どこ見とったんや? 自分が椅子どかしたせいで、ワシの服汚れてもうたやないか」
「え……」
店内で椅子を動かし鍵を捜索していた櫻井に火の粉が降りかかる。
椅子を動かしたと同時に舞い散った埃が料理にかかり、服に汚れがついていた。
「そ、それは……」
「何をやってくれとんや、兄ちゃん。これ一張羅なんやぞ。飯も埃だらけになって、どういう教育をしとんじゃ、ここの店は」
酒が入り、酩酊している男は、声を荒らげる。
「十分も二十分もガサゴソガサゴソ、やかましい! おかげで飯がまずぅなったわ!」
「…………」
櫻井は俯いた。
「謝罪の一言もないんかい!」
男は腹を叩き、立ち上がった。
「お、俺は……」
櫻井はキッ、と客を見返した。
「俺は、お客様が困ってるから手を貸しただけだ! 店で飲み食いしてるだけなのに偉そうな口きくなよ!」
「あぁ?」
櫻井は一歩前へ進む。
「俺は誰かが困ってる所を見て見ぬふりなんてしたくねぇんだよ! いつだって、誰かが困ってたら手を貸してきたんだよ! 今までも、俺は誰かが困ってたら、絶対に助けてきた! なのになんでお前らみたいなやつは人を助けることに対してそんなに心が狭いんだよ! お前だけじゃねぇ! お前以外にも! 俺が誰かを助けることに文句ばっか言って! なんで自分から誰かを助けようとしねぇんだよ! なんで誰かを助けようとする人間のことを悪く言っちまうんだよ!」
櫻井は心のまま、店内で叫んだ。
店内は異様な雰囲気に、包まれた。
櫻井は剣呑な目を崩さず、大柄な男と目を合わせ続けた。
「遅いなぁ、櫻井君……」
約束の十九時を一時間過ぎても、櫻井はまだ現れなかった。
水城は時計塔の下で一人、待ち呆けていた。
「あ、お姉さん優実さんですよね?」
「え……?」
水城に声がかけられる。
「ち、違います」
「いやいや、時計塔の下で青いマフラーでって約束だったじゃないスか。嫌だなぁ、出会って俺がブスだったからって知らないふりするなんて」
「ほ、本当に何も知らないんです!」
「う、嘘だろ! 俺がブスだからって、デートしたくないって言うんですか!?」
男は時計塔の下で、大声で叫んだ。
そしてその男を階上から撮影している男も、またいた。
水城は状況を察する。
「あの、違いますから……!」
水城はその場から小走りで去ろうとした。
「お姉さん、そんなの――」
「止めろ!」
水城が男に言い寄られていたところに、櫻井がやって来た。
「さ、櫻井君……!」
水城は櫻井に走り寄り、胸に飛び込む。
「俺の彼女に何してんだよ」
「何って、アプリでマッチングしたから……」
「男が女の子が嫌がるようなことしてんじゃねぇよ! なんでそんな簡単なことも分かんねぇんだよ!」
櫻井が男に一喝し、その場にいた周囲の人たちから男は白い目を向けられる。
「す、すみません……」
そう言って男はその場から立ち去った。
「櫻井君……ありがとう……」
水城は目をウルウルとさせながら、櫻井を見上げた。
「大丈夫か、水城? ごめん、こんな思いさせて」
「何か事故でもあったの? 私心配して……」
櫻井は水城の肩を持った。
「ごめん、バイトで困ってる人がいたから、どうしても放っとけなくて……。バイトが終わりそうなときに見つけちゃったんだけど、やっぱり俺……知ってるのに知らないフリなんて出来なかった。本当にごめん!」
櫻井は水城に深く頭を下げた。
「う、ううん、大丈夫。そうだよね、櫻井君って困ってる人がいたらいつも放っとけないもんね。櫻井君が無事でよかった。櫻井君が無事だったことが、今日の一番のプレゼントだよ」
「水城……」
櫻井は目をこする。
「ごめん、でも今日は最高のクリスマスにしようと思ってるから! ちょっと遅くなっちまったけど、今からでも水城のこと楽しませるから!」
「うん……!」
水城と櫻井は二人で夜の街に出かけた。




