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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第7章 修了式 堕落編
309/597

第272話 動物園はお好きですか?



「は~」


 冬。

 冬休み真っ只中、水城は凍える手をさすりながら、目的地へと急いでいた。


「櫻井君……」


 櫻井とのデートの決行日、水城は頬を赤く染める。


「あ」


 目的地の時計塔の下で、櫻井はポケットに手を突っ込みながら、一人たたずんでいた。


「櫻井君……!」

「み、水城……!」


 水城は笑顔で手を振り、櫻井の下へと向かった。


「ごめん、櫻井君、待った?」


 水城は上目遣いで櫻井を見る。


「いやいや、全然。今来たばっかり」

「ごめんね、遅くなっちゃって~!」

「女の子の準備は時間がかかるんだから、そんな気にするなよ」


 櫻井は水城の頭をぽんぽん、と撫でる。


「ちょ、ちょっと櫻井君……!」


 水城は唇を尖らせながら、髪型を直した。


「女の子なんだから髪型も気にするんです!」

「悪い悪い、じゃあ行くか」


 かかか、と笑いながら、櫻井は歩き始めた。


「でも三十分も前なのに櫻井君がいてビックリしちゃった。本当に、いつからいたの?」

「来たばっかりだよ」


 櫻井は水城を見やる。


「もう、本当櫻井君って優しい……」

「ん、何か言ったか?」

「別にぃ~!」


 水城は櫻井の腕に飛びついた。


「ちょ、水城、止めろって、こんなところで!」


 周囲の男女から、櫻井たちは視線を浴びる。


「彼氏彼女だから別に見られても平気なんです~!」

「大胆になったというか、なんというか……」


 やれやれ、と櫻井は肩をそびやかす。


「今日どこ行く?」

「ん~、今日はちょっと行きたいところあるかもなぁ」

「え~、どこどこ?」

「まぁついて来いって」


 櫻井は水城の手を取り、歩き始めた。


「櫻井君も十分大胆なんですが……!」

「あはははは」


 櫻井と水城は時計塔の下を離れた。





「ここは……!」

「そう、動物園!」


 電車に揺られ、櫻井と水城は動物園にたどり着いた。


「水城、昔動物園に一緒に行ったことあっただろ?」

「うん、一年生の時だよね」

「あの時は恭子とか由紀とかに邪魔されちまったけど、今は二人きりだからな」

「櫻井君……」

「それに、水城のこと楽しませてあげられなかったしな……。だから、今日は目一杯楽しもうぜ!」

「うん!」


 櫻井と水城は動物園を回り始めた。


「見て、櫻井君! 首長い!」

「水城、これはキリンって言ってな、首が長いのが特徴なんだぜ」

「し、知ってるよ! 知ってて言ったの!」

「え~、本当か~? 本当は知らなかったんじゃないのか~?」

「し、知ってるよキリンくらい! 馬鹿にしないでよね!」

「あははは、ごめんごめん」


 頬を膨らませて怒る水城の肩を掴み、櫻井は慰める。


「お、あっちはチンパンジーか」

「あはは、あれ櫻井君じゃない?」

「ウキー、ウキー!」

「あははははは! そっくり!」

「何言ってんだよ、馬鹿!」

「あはははははははは!」


 水城は腹を抱えて大笑いする。


「見て櫻井君、象さん!」

「でけ~なぁ」


 その後も櫻井たちは動物園の中を見回った。


「あれチーター?」

「いやいや、さすがに違うだろ」

「あれ、ハシビロコウじゃない!?」

「ハシビロコウ?」

「え、櫻井君ハシビロコウ知らないの!? すごい有名だよ!」

「嘘だ~」


 動物にエサをあげ、パンフレットを見、笑い、写真を撮り、一日を幸福に過ごした。


「いや~。楽しいなぁ」

「うん、櫻井君と一緒だとやっぱりすごい楽しい!」

「俺も俺も」


 櫻井はパンフレットを開き、目を落とす。


「次はどこ行こっかな~」


 水城は櫻井の持つパンフレットを覗き込んだ。


「水城はちょっとそこで休憩しててくれよ」

「休憩?」


 櫻井は近くのベンチを指さす。


「そろそろ色々歩いて喉乾いただろ? 俺飲み物買ってくるから」

「私も行くよ」

「大丈夫大丈夫、全部俺に任せとけって。水城に負担をかけたくないんだよ」

「そ、そこまで言うなら待ってよっかな!」


 水城はステップを踏み、体を左右に小刻みに動かす。


「か、可愛い……」

「え?」

「な、なんでもねぇ!」


 櫻井は口元を腕で隠し、水城から視線を外した。


「じゃ、じゃあ俺ちょっと飲み物買ってくる」

「待ってます!」


 そしてそのまま逃げるようにして、櫻井はその場を去った。

 水城はベンチに座り、櫻井は飲料を買いに向かった。


「…………」


 自動販売機を横切り、櫻井はフードコートへと向かった。


「アイス欲しいんですけど」

「かしこまりました。何味がよろしいですか?」

「ん~、バニラとチョコ……」

「バニラとチョコでございますね、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 途端、櫻井は口を閉ざした。


「な、なんで……」


 視界の先に、新井の姿を捉えた。山田たちと共に動物園を歩く、新井の姿を、捉えた。


「なんで由紀があんな奴らと一緒に……」


 新井が動物園に行くということを、櫻井は聞いていない。


「由紀、由紀!」


 櫻井は走り始めた。


「お客様!?」


 ソフトクリームの注文を待たず、櫻井は走り始める。


「お客様、ご注文の品が出来上がりました!」

「くっ……」


 呼び止められ、櫻井は店員からバニラとチョコのソフトクリームを受け取る。


「由紀!」


 目を離したすきに、新井たちは櫻井の視界から消えていた。


「由紀……なんであんなやつらと……」


 櫻井はバニラとチョコのソフトクリームを持ったまま、水城の下へと帰った。





「櫻井君、遅かったね」

「あ、あはは、ごめんごめん」


 櫻井はバニラとチョコのソフトクリームを持って、帰って来た。


「あれ? 飲み物は?」

「ドッキリ、大成功~!」


 櫻井は笑顔でソフトクリームを掲げた。


「飲み物と見せかけてアイス買ってくる作戦だぜ!」

「も~、何それ~」


 水城はまんざらでもない顔をする。


「どっちが良い?」

「ん~。私バニラがいいかな。櫻井君は?」

「俺はチョコで」

「あ~」


 水城は櫻井の鼻をツン、とつつく。


「もしかして私がバニラ選んだからチョコ選んだな~?」

「あははは、水城にはバレバレだったか」


 櫻井は眉をかく。


「も~、私に気遣いすぎだよ。櫻井君も好きなほう選んでよ」

「俺はこれが一番なんだよ」

「じゃあ、交換しながら食べようね?」

「お、おう……」


 櫻井はそわそわしながら、バニラのソフトクリームを、水城に渡した。


「どうしたの、櫻井君?」

「ん、いや、別に……」

「変な櫻井君……!」


 その日一日、櫻井はそわそわとしたまま過ごした。







「じゃあ、ありがとう、櫻井君。今日は楽しかった」

「俺も楽しかったよ。ありがとう、水城」


 家の前まで送ってもらい、水城は玄関で櫻井に手を振る。


「またデートしようね?」

「で、デートって……」


 櫻井は照れくさそうに頭をかく。


「ふふふ、櫻井君、私たち彼氏彼女なんだよ?」

「お、おう……」


 櫻井は依然として照れくさそうにする。


「じゃあ今日はありがとう、櫻井君。また連絡するね」

「あぁ、またな」


 水城は櫻井に手を振り、家の中へと入って行った。


「ふふふ……」


 浮足立ったまま、水城はリビングへと向かう。


「彼氏彼女……ふふ」


 水城はその五感の良さ、関係性に満足し、頬を緩める。


「彼氏彼女~」


 ご満悦にリビングに入って来た水城の前に、母親がいた。


「うっ……ひっ、うっ……」


 水城の母親、紅藍は父親の茂と対面し、泣いていた。


「え、お母……さん」

「し、志緒……!」


 水城の言葉を聞いた紅藍は咄嗟に立ち上がり、机の上のものを隠した。


「え、な、何? 何なの……?」


 ただごとではない雰囲気に、水城はたじろぐ。


「な、何でもない、何でもないの! 何でもないから!」

「今さら隠しても、いずれ知ることになるだけだろう」


 茂は厳しい顔で紅藍と水城を交互に見る。


「や、やだ、お父さん、何? いつものお父さんじゃないよ……怖いよ……」


 剣呑な目をする茂と、泣き腫らし真っ赤な目をする紅藍に、水城はただならぬ雰囲気を感じる。


「志緒、よく聞け」

「あ、あなた!」


 紅藍は大声で叫ぶ。


「何、何なの……? お母さん、何隠してるの!?」


 紅藍は背に、くしゃくしゃになった紙を隠している。


「止めて、止めて!」


 紅藍は茂に懇願するが、茂は止まらない。


「お父さんとお母さんはな、今年限りで夫婦を止める」

「え…………」


 その場の空気が止まったかのように、水城は動きを止めた。


「今年限りで、お父さんとお母さんは離婚する」

「…………」


 水城は、茂と紅藍を交互に見た。


「……え?」


 言葉が、出ない。


「な、なんで! そんな素振り全然……!」

「志緒が知らなかっただけで、もうお父さんとお母さんは限界だったんだよ。どっちにつくかは考えておいてくれ」

「そ、そんなの突然すぎるよ! そんなこと突然言われたった困る!」

「……」

「お父さん!」


 茂は階段を上がり、部屋へと戻った。


「ごめん、ごめんね、志緒……!」


 紅藍はくしゃくしゃになった紙を、涙でさらに濡らしながら、水城に謝る。


「ごめんねぇ、志緒……!」


 紅藍の手には、離婚届が、握られていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだ櫻井は潜り抜けちゃうんだろうなぁって思ってる。水城が親離婚でカップル自然消滅、ハーレム活動さいかいkzな。今までが今までだったんで大きな変化なさそう(諦め)
[一言] 埋もれていた爆弾がついに出てきてしまった…さぁ、彼女たち母娘のことを理解しているという櫻井はどうやってこの事態に対応するのかな?茂に噛みつくのか、自分が彼女たちを引き取ると言い出すのか。言う…
[良い点] 茂さん、今までよく耐えたよ。 [気になる点] 待ち合わせ時間の30分前から待っていたのが優しい? だったらいっそのこと迎えに行ってあげればよかったじゃん。 [一言] 紅藍さん、以前「櫻井君…
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