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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第7章 修了式 堕落編
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第271話 小山海斗はお好きですか?



「はぁ」


 新井の家で、一人の男が煙草をくゆらせる。

 三十一歳、無職の男、小山海斗は、煙を吐いた。


「ふぅ~」


 煙草の煙を吐き出し、満足げな顔をする。


「ちょっと海斗、外で吸ってよ」

「うっせぇな、どこで吸おうと俺の勝手だろ」


 布団から香織が下着一枚で、気だるげに起きてくる。

 朝。短針が九の字を指す頃に、香織たちは起床した。

 まだ五歳になったばかりの新井は、部屋の隅で体育座りをしていた。


「飯」

「ないわよ、そんなの」

「じゃあ作れって言ってんだよ」

「はぁ……またそういう言い方。


 香織は頭をぼりぼりとかきながら、キッチンへと向かった。


「お母さん……」


 香織の背中を追いかけて、新井が立ち上がる。


「あっ!」


 床に置いてあったゴミに足を取られ、新井はたたらを踏む。

 バランスを崩したと同時に、机に倒れこみ、机の上に置いてあったビールをこぼした。


「あ、あ……」


 新井は真っ青な顔をする。大きな物音に気付き、小山は机に目を向けた。


「おい、おいおいおいおい!」


 朝から飲んでいた、自分のビールが倒れ、こぼれていることに気が付く。


「何してんだよ、このガキ!」

「あっ!」


 小山は新井の頬を平手打ちした。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 新井は泣きながら、ビールを元に戻す。


「んなことして中身が戻って来んのかよ、あぁ!? 殺すぞガキ!」


 ビールのほとんどは、こぼれてしまった。


「も~、うるさい、海斗」

「このガキが俺のビールこぼしやがったんだよ!」

「じゃあ新しいの持って来ればいいじゃん」

「これが最後のビールなんだよ!」


 新井はビールを前に正座をして、ぷるぷると体を震わせる。


「何してくれんだよクソガキ!」


 小山は新井を再び平手打ちした。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 新井は小山から身を守るように、顔を隠す。


「さっさと拭けや!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 新井は布を探した。


「さっさと拭けっつってんだろうがよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 小山は机を蹴る。

 近くに布を見つけられなかった新井は服を脱ぎ、服で机を拭き始めた。


「ちっ……マジ気悪いわこのガキ」

「もうそこらへんで止めてよね。うるさいし近所に何思われるか分からないから」

「こいつが全部悪ぃんだろうが。お前がもっとちゃんと教育してねぇからこんなのが出来たんだろうがよ」

「はぁ、何? 私のせいって言いたいわけ?」

「大体、他の男の子供の世話なんかさせんじゃねぇよ」

「なんなの、その言い方」


 香織と小山が言い争う。

 新井はその間で泣きながらビールを拭いていた。脱いだ服は黒く汚れ、ゴミだらけの地面に膝をつきながら、新井はけなげに床を拭く。


「気分悪ぃわ、おい香織、外行くぞ」

「はぁ? 今作ってるのに」

「ビールもなくなったんだから外で食えばいいだろ。どっかのガキがこぼしてくれやがってよ」

「はぁ……分かったから」


 香織は服を着始めた。


「化粧とかめんどいから、マスクして来いや」

「最低限はするから」


 香織は鏡の前に立ち、化粧をし始めた。

 新井が床を拭き終わるころに、香織は外へ出る準備が出来た。


「じゃあ行って来るから」

「わ、私も……」

「あんたは来ないで。そんな服着て、みっともないから」


 真っ黒になった、埃だらけの服を指さす。


「五百円あげるから、一人で勝手に何とかして」

「……あ」


 新井は香織から五百円を受け取る。


「じゃ、また夜帰って来るから」

「…………」


 きぃ、と扉が閉まる。新井は手のひらの上の五百円を見ながら、俯いた。

 キッチンで先ほどまで作られていた料理を見ながら、新井は部屋の隅で泣いた。





「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 冬休み一日目、


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 新井は自室で大声とともに目を覚ました。


「夢……」


 子供の頃の夢だった。香織の性格は、連れている男の性格に左右される。海斗と別れてからは、新井への対応は幾分か、ましなものになっていた。


「はぁ、はぁ……」


 新井は扉を見る。

 香織は今日も、家にいなかった。


「また帰って来てない……」


 新井は冷蔵庫から食料を取り出し、料理を始める。


「辛いな……」


 新井は料理を、し始めた。






 冬休み一日目――


「……」


 朝、目を覚ました赤石は再び布団の上で輾転反側した。


「悠人君」


 外で赤石を呼ぶ声がした。

 赤石は自室の窓から外を確認し、外にいる船頭と目を合わせた。

 部屋の中から手招きし、再びベッドの中へともぐりこんだ。


「おはようございま~す」


 小声で船頭が赤石の部屋に入って来る。


「悠人リアン、起きてますか~」


 赤石は布団の中でもぞもぞとする。


「早い」

「もう十時だよ」


 終業式から赤石の家で会議をした船頭たちは、冬休みの初日から、集まって冬休みの宿題をすることを決めていた。


「集合は十一時だろ」

「ちょっと早く来ちゃった」

「時差くらい差あるぞ」


 船頭は床に荷物を下ろした。


「悠人って結構ずぼらっち?」

「朝は弱い。眠い」

「ラノベの主人公みたい」

「ちゃんと寝ないと寿命が短くなる」


 赤石はベッドの上で、布団から顔を出しながら船頭と会話する。


「服着替えたら?」

「じゃあ出て行けよ」

「え~、そんなの気にするの?」


 船頭は半眼で赤石を見る。


「お前は気にしないのかよ」

「ゆかりちゃんは気にしません」

「そうか。あっちの部屋に母さんの服あるからここで着替えてみろ」

「いや、悠人が着替えるのを見るのに抵抗がないって言ってるだけだから」

「自分が着替えるのに抵抗あるんだろうが」

「男の子と女の子は体のつくりが違います」

「そうですか」


 赤石は布団の中でスマホを操作し始めた。


「何見てんの?」

「学校の裏掲示板」

「裏掲示板……? そんなのあるの?」


 冬休みになってから、掲示板は以前のような活況がなかった。そして、神奈が終業式で他校に転籍すること、そして結婚することが、既に裏掲示板に書いてあった。


「人の口に戸は立てられない、か」

「?」


 神奈も一度口にした時から、全校に広がることは覚悟していたんだろうか。赤石はスマホの電源を落とした。


「悠人ってそんなの見たりするんだ」

「ああ」


 船頭は意外そうな顔をする。


「俺の嫌いな奴は全員不幸になって欲しい」

「そんなこと言ってると自分にも跳ね返って来るよ」


 船頭が赤石の頭をぽん、と教科書で叩く。


「所詮、人間同士なんて上辺だけの関係だろ。本物なんて築けない」

「そんなことないよ」


 船頭は眉を顰める。


「悠人と私って、そういう所本当に相容れない」

「良い人生を送って来たんだな。誰にも騙されずに、誰にも裏切られずに」

「別に」


 船頭はぷい、と顔を逸らす。


「仕事しよ」


 そして話を逸らし、課題に手を付け始めた。


「悠人も他人のこと嫌いなんだ?」

「俺は他人を嫌いにはならない。他人が俺を嫌いになるんだ」

「ふ~ん」


 船頭はシャーペンをおとがいに当て、考える。


「最後に行きつくのは、人間嫌いあうことだけなんだよ」

「……」


 船頭は赤石を睨む。


「それって、すごい狭量だと思う」

「そうか」


 重い空気が流れる。


「私は悠人を裏切らなかったら、悠人は私を裏切らないってわけ?」

「誓おう」

「……そっか。じゃあ問題なさそう」

「…………」


 船頭は櫻井と二人で遊ぶような仲である。

 霧島に言われた一言が、赤石の脳裏を過った。


「人の愛に恵まれない、可哀想な人間に、愛の尊さを教えてあげるのだよ」


 船頭は大仰に、言った。


「そうか」

「人間は、愛し合うことで絆を深めていくんだよ」

「入信させようとしてるのか?」


 船頭は胸を張って、そう言った。





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― 新着の感想 ―
[一言] 何を持って裏切ったとするか。 人は他人に勝手に期待してしまう生き物でもあるところもあり。 自分の思う信頼のラインと他者の思う信頼のラインはえてして同じではないものではあり。 齟齬を少なくし…
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