第269話 体育祭はお好きですか? 4
プログラムは進み、新井たちの決勝戦がやって来た。
「由紀ちゃん、頑張って~!」
「頑張れ~~!」
決勝戦に残った新井に声援が投げかけられる。
「そろそろ終わりやなぁ、この運動会も」
「そうだな」
赤石たちもテントの中で、新井たちの競争を見届ける。
「高梨お嬢はどう思うねん、新井のこと」
「運動が出来るみたいだから、優勝してもおかしくないわね」
「やって、悠」
「お前も足速いだろ」
「あなたよりはね、出来損ない。私はあなたと違って努力家なの」
「努力家は認めるが、なんでそんなに言われないといけないんだよ」
赤石たちは固唾を飲んで新井の決勝を見守る。
「位置について、よ~い」
リレーの開始を告げる、スターターピストルが激しい音を鳴らした。
一斉に、女子生徒が走り始める。
「「由紀ちゃん、頑張れ~~!」」
そして、そんな新井を応援する男たちが、いた。
「やべ、由紀ちゃん滅茶苦茶速ぇじゃん」
「代筆頼んで正解だったな、マジでこれ」
「本当それ。女もいっぱいいるし、眼福だわぁ」
観覧席に、平田の彼氏である山田、ほか取り巻きである男子大学生たちが、そこにいた。
「いやぁ、マジで可愛いなぁ、由紀ちゃん」
「由紀ちゃん可愛すぎだなぁ。俺の彼女になってくれねぇかなぁ」
「おいおい、お前何言ってんだよ。由紀ちゃんは俺の彼女になるんだよ。見たことあるか? 部屋で由紀ちゃんが俺のこと見る顔。あれは完全に俺に惚れてるな」
安藤、倉田が下世話な話で盛り上がる。
「いや、由紀ちゃんと付き合うのは俺だから」
そして山田が、そう言った。
「いやいや、お前平田ちゃんがいるだろ」
「あいつただのキープだから」
山田は煙草に火をつけ、くゆらせる。
「悪ぃ~、本当お前悪い男だよなぁ」
「全く、いたいけな女子高生を騙して近づいて、悪い奴だよ、本当」
「あいつが勝手に近づいてきたんだから俺は関係ないね。付き合ってやってるだけ。俺もあいつに色々金かけてんだから、裏切られたって自業自得だろ」
「「悪~~~~!」」
安藤、倉田は山田に指をさす。
「こういう奴が女子高生に可哀想な思いさせてんだよな。本当許せねぇわ」
「お前らもそうだろ。まさかあいつに由紀ちゃんみたいな可愛い友達いるとは思わなかったわ。良い拾い物したわ」
「はぁ!? またお前が可愛い子彼女にすんのかよ! ふざけんなよ、マジで!」
「絶対ぇ由紀ちゃんは譲らねぇからな!」
「由紀ちゃん、クソチョロいからなぁ~。マジでいつでも俺の彼女に出来るわ」
「彼女持ちはどっか行け!」
ぎゃははは、と男たちは笑う。
「おい」
「ん?」
背後から声をかけられた山田は、振り向いた。
「今の言葉、撤回しろよ」
「……」
山田と対峙する櫻井が、そこにいた。
山田は倉田たちと顔を見合わせる。
「え~っと、誰?」
「別に誰でも関係ないだろ」
櫻井は一歩前へ踏み出す。
「さっきの言葉、撤回しろ、って言ってんだよ」
「さっきの言葉? え、何か言ったか、俺?」
「彼女持ちがなんたらとかいう奴じゃね?」
「あ~、君、俺が彼女持ちなのに他の女の子に目移りしてるのが嫌なんだ?」
山田は嘲笑する。
「違ぇよ、由紀の話だよ」
「由紀……?」
山田は少し、間を置く。
「あぁ、君、由紀ちゃんの知り合いかぁ! あぁ、そう。俺が由紀ちゃんのこと取りそうで心配なんだ? 初心だねぇ~」
「由紀がチョロいとか言ったこと、撤回しろ、って言ってんだよ」
「いやいや、そんなこと由紀ちゃん本人に言えば良いっしょ。なんで俺らにそんなこと言ってくるわけ? 由紀ちゃんに相手してもらえないからって、由紀ちゃんと仲良い男にキレだすの、はっきり言って滑稽だよ?」
ぎゃははは、と笑う。
「お前の言葉を聞いて、由紀がどう思うか分かってんのかよ?」
「だから由紀ちゃんがいないところで言ってんじゃん、ほら」
山田たちは人目のつかない、体育館の二階から新井たちを見守っていた。
山田がリレーの終わった新井たちを指さす。
「お、由紀ちゃん優勝してんじゃん、すげ~」
「マジ? こりゃぁ、お祝い会開かないとだな」
「マジそれ」
「次どこ連れて行くよ?」
「さぁ? また考えとこうぜ」
体育祭も終わり、山田たちはぞろぞろと帰ろうとする。
「話終わってねぇよ!」
「え?」
櫻井が山田の胸ぐらを掴む。
「え、何? なんでこんなに喧嘩っぱやいの、君? いきなり暴力ふるうってどういうこと? そんなに俺たちのことが嫌なら由紀ちゃんに、こいつらは駄目な奴だ、って言えばそれで済むでしょ? まぁ由紀ちゃんが信じるかどうかは別だけどね」
「由紀ちゃんみたいな頭弱い女の子が信じるわけないと思うけどね。どうせ俺らのこと良い人とか思ってるんっしょ? マジ馬鹿だよな、あの女」
「現状、由紀ちゃんの悪口言ってるだけで、それをどうするかは君の行動次第だよね? 由紀ちゃんから信用されてないんだ? 由紀ちゃんと仲良くないんだ? 俺らはもう何回も由紀ちゃんと同じ部屋で、君が体験させたことないようなこと経験させてあげてるよ。由紀ちゃんにちゃんと言ってきな、嫉妬が見苦しい君」
山田はくすくすと笑う。
「由紀はお前に騙されてる」
「そうだよ、騙されてる。僕は由紀ちゃんを騙してるよ。朋美ちゃんのこともね。由紀ちゃんを知ってるなら、平田朋美ちゃんのことも知ってるんじゃないのかな?」
「謝れよ」
「誰に何を謝ればいいのかな? 由紀ちゃんに良い思いさせて、いろいろな経験をさせてあげて、ごめんなさい、とでも言えばいいのかな? 現状、もし僕が謝るべき相手がいるんだとすれば、朋美ちゃんだよね。朋美ちゃんには何も思わないの?」
「平田にも謝れよ」
「じゃあ朋美ちゃんには謝ってもいいよ。どうせいつか別れるために付き合ってるからね。まぁ、最も、騙される朋美ちゃんにも問題あるけどね」
山田は煙草をしまう。
「僕たちは自由意志で恋愛をしてるんだよ? 由紀ちゃんだって、僕たちと一緒にいたいから一緒にいるんだから。無理矢理由紀ちゃんを連れて行ってるだとか、そんなことは一切してないし、由紀ちゃんが普段なら行けないようなところも、僕たちが全額負担して連れて行ってあげてる。おまけに付き合ってすらない。全部が全部、由紀ちゃんが選んだことなんだよ? もし謝れ、って言うなら、由紀ちゃんが僕たちに謝るべきだよね。交際するつもりもないのに僕たちに無駄な金を使わせて、自分の行きたいところに連れ回して、申し訳ございませんでした、って、由紀ちゃんが謝るべきだよね。一体由紀ちゃんに何を期待してるのか知らないけど、由紀ちゃんは自分の欲望のために俺を利用してるし、俺は由紀ちゃんを彼女にしたいから言うことを聞いてる。需要と供給だよ。由紀ちゃんが嫌なら止めてるし、由紀ちゃんが行きたいから一緒について行ってあげてるだけ。大人だからね、僕たちは」
なぁ、と山田は倉田たちに同意を求める。
倉田と安藤は大きく頷く。
「自分の求める由紀ちゃんが俺たちみたいな男について行ってる、って現状を認めたくないからって俺たちにキレだすの、本当みっともないよ。今までも散々みっともないことしてきたんだろうね、君みたいな人間は。自分が好きな人はこんなことをするはずがない。自分の好きな人はこんな男に騙されたりはしない。そんな風に思ってたんだろうね」
山田は煙草の煙を櫻井に吐きかける。
「甘ぇんだよ、ばぁ~~か」
山田は階段を降り始めた。
「実際の由紀ちゃんは俺たちみたいな悪い男について行く馬鹿な女だよ。俺たちが何を考えてるかも分からずに、表面的な行動でしか他人を判断できない、まだ分別もついてない女子高生だよ。そんな女子高生を救うことが出来る人間がいるのだとしたら、君だけだよ。君がするべきなのは、僕たちに怒るなんてことじゃなく、由紀ちゃんに、僕たちが悪者である、と告げることだろうね。僕たちは今まで、一切、由紀ちゃんに手を出していないよ。女子高生に手を出すと捕まるからね。まぁ、高校を出てからどうなるかは知らないけれど。由紀ちゃんも今なら引き返せるよ。さぁ、今すぐ由紀ちゃんに言うんだ! 僕たちは悪人である、と。由紀ちゃん、あんな男に騙されるな! 関係を断ち切れ、と。俺の言っていることだけが全て正しい、と、言うんだ! さぁ! 早く行きなよ」
「てめぇ……」
額に青筋を立てた櫻井は、階段を下りる山田につかみかかった。
「由紀の気持ちを、なんだと思ってんだ、てめぇ!」
山田は櫻井に押され、階段を転げ落ちる。
「裕也!!」
階段を転げ落ちた山田は顔中に擦り傷を作り、流血する。
「本当に、君はどうしようもない男だね」
ゆっくりと起き上がった山田は、櫻井を見た。
「由紀ちゃんは、君が思ってるほど、純粋で良い女の子でもなんでもないよ。僕たちみたいなのに騙される、ただの女子高生だよ。自分の理想を他人に押し付けるのは止めなよ」
山田は血を流しながら、立ち上がった。
「大丈夫か、裕也!!」
「ああ、大丈夫。一張羅が台無しだ」
山田は服についた砂埃を払う。
「君に、大きな天罰が下りますように」
山田はそう祈り、その場を立ち去った。
「……」
「やぁやぁ、こんなところにいたのかい、聡助」
背後から、霧島がやって来る。
「尚斗……」
「どこに行っていたんだい、全くもう。探すのに苦労したよ。体育祭の閉会式が始まるよ。皆聡助がいない、って大慌てだったよ」
「さっきの、見てたか?」
「さっきの……? 空を見て黄昏てた聡助のことかい?」
「いや……すぐ行く」
櫻井は霧島に告げられ、後を追った。




