第267話 体育祭はお好きですか? 2
「え……えっと、何? 裕奈ちゃん」
「まだ聡助様にこだわっていますの、と聞いてますの」
「え~っと……」
新井は辺りを見渡す。
人気は、ない。
「突然何? どうしたの、裕奈ちゃん。何か困ってることがあるなら相談乗るよ?」
「もう負けましたのよ、私たちは」
「ごめん、本当に話が見えてこない」
じゃ、と新井は軽く手を上げ、その場を後にする。
「もう諦めた方が良いですわよ」
「……」
花波に背を向けた新井は、再び花波に向き直った。
「裕奈ちゃん、私がいいって言ってるんだからそういうの止めようよ。空気読もうよ」
「私たちは、負けましたのよ。水城さんに」
「だから何? 自分が聡助に振り向いてもらえなかったからって、私にそんな醜い気持ち押し付けないでよ。人の気持ち考えようよ、裕奈ちゃん」
新井は花波に一歩、歩み寄る。
「どうせあなたにも、もう聡助様への気持ちはないのでしょう? それは聡助様に失礼になりますわよ」
「なんでそう思うわけ?」
「今、他の男性たちと懇意にしてると聞きましたわ」
「誰から?」
「……誰でもいいでしょう」
花波は口ごもる。
「大学生の男性方とただれた関係を繰り返してるらしいですわね。そんな気持ちで聡助様に近寄るのも失礼ですわ。私たちは負けた者同士、おとなしく身を引くのが筋ではありませんくて?」
「別にそんなじゃないから」
差し出された手を、新井はパン、と振り払う。
「また誰に影響されたの、裕奈ちゃん? 前から思ってたけど、裕奈ちゃんっていっつも他人の目ばっかり気にしてるよね。自分がないっていうか、いつだって裕奈ちゃん誰かにそそのかされて動いてるよね。そんなに誰かの操り人形やって楽しい? 聡助が好きなのだって、どうせ自分の近くに聡助しかいなかったからでしょ? 笑えるくない? 今度は誰にそそのかされたの? 赤石?」
「私自身の意志ですわ」
「裕奈ちゃんに……」
新井は剣呑な目で、花波を見た。
「裕奈ちゃんに私の気持なんか分かるわけないよね? どうせ裕奈ちゃんの聡助への愛なんてそんなもんなんだから。裕奈ちゃんに私の気持ちなんて、分かるわけないよね?」
新井は花波を突き飛ばした。
「私はずっと聡助の隣にいた。ずっとずっとずっと昔から、聡助の隣にいた。今だって、これからだって、聡助の隣にいるのはずっと私だと思ってた。最近越してきたばっかりの癖に分かったような口きかないでよ。私は、私はずっと聡助のことを見て来た。聡助の良い所も悪い所も、全部分かってる」
新井は大きく息を吸う。
「裕奈ちゃんみたいに、聡助のことをほとんど知りもしないのにアプローチしてるような馬鹿な女じゃないの。ずっと聡助の隣にいたのに、突然聡助が他の女の子のものになるって気持ち分かる? 分かんないよね、裕奈ちゃんは。知ったような口きいて上から目線で文句言って来るの止めてくれない? そういうのウザいから」
そう吐き捨てると、新井は花波の髪を掴んだ。
「大して知りもしないくせに、二度と聡助の話しないで」
花波の眼前で新井は脅すように、言う。
「私は、あなたを救って差し上げたいのですわ」
「は?」
顔をゆがめて言う花波に、新井は呪詛を吐く。
「いつまでも聡助様にばかりしがみついていても、良いことはありませんわよ?」
「聡助にしがみついてた裕奈ちゃんが言えるセリフじゃないよね」
「聡助様は、もしかすると私たちが思っているほど良い方ではないかもしれませんよ!」
「…………」
「あなたは知らないでしょうけど、私の病室で、聡助様は赤石さんを殴られましたわ! あなたが追いかけてるのは、聡助様の幻想ではありませんくて!? あなたが追っているのは、自分の中で作り上げた理想の聡助様ではありませんくて!?」
「そんなこと……」
新井は花波の髪から手を離し、後ずさる。
「聡助様は変わってしまわれたのかもしれませんわ! あの女と交際をしてから、聡助様は変わってしまわれたのかもしれません! 全部、全部あの女のせいに決まってますわ! もう私たちが愛した聡助様は、いないのかも、しれませんわ!」
「うるさい……」
櫻井は、水城と付き合った。もう自分に、櫻井と交際する可能性は残っていない。
「いつまでもない可能性にばかりしがみついていても、むなしいだけですわよ! 仮に聡助様が水城さんと別れてあなたと付き合うことになったとしても、あなたは二番手なのですわよ! あなたは永遠に、水城さんを超えることが出来ないのですわよ!?」
「うるさいうるさいうるさい!」
新井は髪をかきむしる。
「そんなこと、私が一番分かってる! 聡助が私じゃなくて水城ちゃんを選んだことだって分かってる! 本当は、本当は聡助が私のことなんか好きじゃないことなんてわかってる! それでも! それでも、私は聡助とずっと一緒に歩いてきた! 聡助が私のことを一番に思ってくれてるって、信じてる! 最後には聡助が私のところに戻って来てくれるって、信じてる!」
「私は、あなたを救いたいだけなのですわ!」
「うるさいうるさいうるさい! もうたくさん! 二度と私に話しかけてこないで!」
「新井さん!」
新井は花波の言葉を聞かないように、走ってその場を後にした。
「馬鹿な女ですわ……」
花波はその場で、座り込んでいた。
「平和だなぁ」
「ああ」
「ほんまやなぁ」
昼食を食べた赤石、三矢、須田は、日の当たらない建物の日陰で、楽しそうに喋る女子高生を見ていた。赤石たちの周りを小さな虫が飛び、白い蝶々が蜜を吸う。
「女子高生って良ぇなぁ」
「分かる」
「また馬鹿な話を……」
三矢と須田は女子高生にうっとりとする。
「女子高生を見ても捕まらへんのなんか今の歳だけやで。目いっぱい女子高生を目にしとかな勿体ないってもんや」
「大人になったら絶対見れねぇもんなぁ、こんな景色」
「大人になったら大人になったでまた良いことあるんじゃないか?」
女子高生の集団はきゃっきゃ、と笑う。
「お」
「あ」
女子高生の集団が須田に気が付いた。
須田に手を振る。須田は笑顔で手を振り返し、女子高生はさらに声を上げた。
「ええなぁ、須田ばっかり女子高生に好かれて」
「お前も好かれてるよ」
「誰にやねん」
はははは、と三人は笑う。
赤石たちの隣を、足を泥だらけにした花波が通る。
「あら」
花波は赤石たちを捕捉した。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
花波は厳かな所作でシナを作る。
「足汚れてるぞ」
「リレーの練習をしてましたの」
「こんなくだらん大会に結構なことだな」
赤石は毒を吐く。花波はむっとした表情をする。
「須田さん?」
「まあまあ、続けて続けて」
「知り合いか」
花波と須田は目を合わせる。
「赤石さん、お隣よろしくて?」
「どうぞ」
三矢、須田、赤石の隣に、花波が座る。
「悠、花波さんが地面に座るんだから、早くそのぼろ雑巾下に敷いてやれよ」
「誰がぼろ雑巾だ、誰が。体操服だ」
「大丈夫ですわよ」
花波が地面に座る。
「それにしても花波、お前最近全然荒ぶってへんなぁ」
「なんですの、あなた。気安く話しかけないでくださらない?」
「荒ぶってるわ」
花波はつん、とする。
「ミツ、そのぼろ雑巾――」
「ぼろ雑巾ちゃうねん!」
三矢は須田の肩をぺし、と叩いた。
「滅茶苦茶反応速かったな」
「絶対来る思たわ」
「ふふふ」
花波は口元に手を当て、笑う。
「あなたたちはいつもこうですの?」
「女がいるから興奮してるんだよ、ミツ」
「人のせいにすんなや!」
三矢は赤石の肩を叩く。
「さっきまで女子高生がなんたらって言ってたからな。女子高生が来て喜んでるんだろ」
「止めぇや、お前! 女子の前で!」
「ミツ、そういうの、俺本当に良くないと思う」
「何一人だけええかっこしよんねん! お前も言うとったやろ!」
須田と三矢が小競り合いを始める。
「悩み事がなくて楽しそうですわね、あなたたち」
「そう見えるなら良かったよ」
赤石と花波は無言で女子高生を見た。
「私も混ぜてくれませんくて?」
「お前本当に最近おかしいな」
赤石たちは日陰で女子高生を見ていた。




