第266話 体育祭はお好きですか? 1
体育祭当日――
「よし、じゃあ今日は皆で頑張ろう!」
「「「おーーー!」」」
新井たち一行は、円陣を組んで士気を高めていた。
「いやぁ、ついに来たなぁ、体育祭」
「そうだな」
三矢と赤石は自クラスのテントの中で話し込んでいた。
「教室の椅子外に持って来て応援するんなんか滅茶苦茶非日常やんな」
「そうだな」
「楽しいわ」
「授業するよりは楽だな」
体育祭のオープニングが始まる。
「よし、行くかアカ!」
「ああ」
赤石と三矢は二人、オープニングの列に並ぶ。
「体育祭の始まりや!」
体育祭を告げる大きなファンファーレが、校庭に鳴り響いた。
『これで、二人三脚のプログラムは終わりです。次のプログラムに移ります』
プログラムは順に行われていく。
放送部である櫻井と新井、葉月たちは放送席からプログラムを読み上げていた。
「あ~、そろそろ昼だし校内の放送入れてくるか」
「あ、私も」
「おう、冬華」
櫻井と葉月は二人、校内に入って行った。
「いやぁ、でも体育祭楽しいよなぁ」
「うん……」
葉月はうかない顔をする。
「……大丈夫か? 冬華もちゃんと楽しめてるか?」
「……え?」
「いや、悪ぃ、なんか冬華の顔色悪かったからさ。ちゃんと楽しめてるのかな~、って思って」
「櫻井くん……」
櫻井は頭をかく。
「いや、ほら、折角の体育祭なのに楽しめてない奴がいるのもあれだろ? 何かあったら何でも言ってくれよ。俺は冬華のために全力を尽くすからさ」
「はうぅ……」
櫻井と葉月は二人、放送室へと入った。
「よし、昼休憩の放送流すか」
櫻井は放送のスイッチをオンにした。
「さ、櫻井くぅん……ま、待ってぇ……」
「え?」
小声で葉月が告げ、櫻井は自身の異常に気付く。
「い、糸がぁ……」
葉月の体操服の糸が櫻井の両腕に絡まっていた。
「ば、馬鹿お前……!」
櫻井は小声で葉月を罵倒する。
「ご、ごめんなしゃぁい……」
両手が塞がれ、オンにしたスイッチをオフにすることが出来ない。
「焦るな、焦るなよ冬華」
「はうぅ……」
櫻井はゆっくりと手を動かしていく。
「ひゃんっ!」
「ば、馬鹿っ! 今スイッチ入ってんだよ!」
葉月が嬌声を上げ、櫻井は静かに声を荒らげる。
「静かに、絶対声出すなよ!」
「はうぅ……」
櫻井はゆっくりと、腕を動かす。
「あっ!」
「おい、止めろって!」
櫻井の腕が葉月の胸に当たり、葉月は頬を赤く染める。
「や、だ、駄目っ! 櫻井くん、そこは……!」
「静かにしろ!」
スイッチがオンになったまま、櫻井と葉月は絡まった糸をほどくため、格闘していた。
「なんか変な声せんか?」
一足先に、校庭の放送部から昼休憩の知らせを受けていた赤石たちは、昼休憩の準備をし始めていた。
「ん?」
『ひゃんっ!』
校内の放送から、小さな嬌声が聞こえてきた。
「……なんだろうな」
十中八九櫻井絡みだろう、と察した赤石は何食わぬ顔でとぼけた。
「昼食行くか」
「せやな」
「拙者もお供するでござる」
赤石と三矢たちは昼食を取りに戻った。
「どこで食べるんや?」
「普通に外の席でいいんじゃないか?」
「まぁ、教室まで戻るんが面倒くさいもんな」
赤石たちはテントの中で、昼食を取り始めた。
「おうおうおうおう、お前らこんなところで食べて美味しいのかぁ~?」
後方から、赤石たちに声がかけられる。
「おうおうおうおう、誰やお前」
三矢が立ち上がり、振り返った。
「こんなところで寄ってたかって、寂しい奴らもおったもんやなぁ!」
筋骨隆々、褐色の肌をした長身の男、須田が、そこにいた。
「なんや須田ぁ、その下手くそな関西弁はぁ! どつきまわすぞワレ!」
「怖ぁ……ヤマタケもなんとか言ってやってよ」
「喧嘩両成敗でござる」
須田が赤石と山本の肩に手を置き、体重をかける。
「折れる折れる折れる、止めろ統馬鹿」
「大丈夫大丈夫。俺綿菓子くらいの体重しかないから」
「ゆるキャラかお前は。どけろ、手を」
赤石は須田の手を払いのける。
「全く、悠は今日も怒りんぼだなぁ」
「ほんまやで、全く」
「放っとけ」
赤石は須田と対面した。
「何しに来たんだ」
「パイセンと一緒にご飯食べようと思ってッス!」
須田の後ろから安月がひょっこりと顔を出した。
「……」
赤石はきょとん、とする。
「もしかして私のこと……」
「忘れたんだってさ」
「えええぇぇぇ!?」
安月が大仰に驚く。
「何も言ってないだろ。学年が違うから驚いたんだよ」
「私の名前覚えてますか?」
「猿飛佐助だろ。覚えてるよ」
「誰スかそれ!」
おらおらおら、と安月が赤石と須田をぽこぽこ叩く。
「那須さんが来てるから、一緒に食べようって高梨が」
「なるほど」
遠くを見れば、スウェットを着こなした那須が、赤石たちに手を振っていた。
「那須さんってなんか言いしれない才能がありそうだよな」
「人妻っぽいもんな」
「言ってない」
三矢の軽口をかわす。
「じゃあ行こうぜ、お前ら! 船長の俺について来い!」
「はいはい」
「了解ッス!」
テンションの高い須田に、安月たちはついて行った。
「お久しぶりです、赤石様、須田様」
「おひさっしー!」
「お久しぶりです」
スウェットを着こなす那須は、ぺこり、とお辞儀した。
「悠が那須さんのこと魅力的って言ってましたよ」
「あらあら」
那須は目を丸くして、口元を手で隠す。
「言ってないですけど、まあそれでいいです」
「相変わらず気持ちが悪いわね、あなたは」
高梨は那須に荷物を持たせて、一人仁王立ちしていた。
「荷物持てよ」
「真由美に持たせてあげてるのよ。真由美は私の荷物を持つのが至高の喜びなのよ」
「めっそうもございません」
那須は高梨に大きく頭を下げる。
「大変ですね、那須さんも。傲慢な主人にこき使われて」
「失礼ね、あなた」
高梨たちは体育館の陰に場所を移した。
「高校生ってもう親とか保護者とか来ないと思ってましたよ」
「多くはないわね」
年の近い兄弟や、その他多くはない保護者が、その場にいた。
「いいから早くご飯食べましょうよパイセン~! 私お腹空いたッス」
「はよ食べようや、アカ。昼休み終わってまうわ」
「皆様、私お弁当を作らせていただきましたので、もしよろしければ食べていただけると嬉しいです」
那須は大きな風呂敷から、料理を取り出した。
「すっげぇ~、那須さん料理上手~!」
那須の作った料理がどんどんと並べられる。
「では、いただきましょうか」
高梨たちは那須の作った弁当を食べ始めた。
「聡助……」
昼休憩、櫻井の姿が見えず、新井は戸惑っていた。
櫻井と食事を共にする予定だったため、予定が崩れ、焦る。
「あ」
「あら」
角で、花波と鉢合わせる。
「ごめんね、裕奈ちゃん」
新井はぺこり、と頭を下げると、そのまま歩き始めた。
「どなたを探してますの?」
「……え?」
花波から話しかけられることが稀なため、新井は足を止める。
「聡助だけど……」
「へぇ……」
人気のない物陰で、花波と新井が対峙する。
「まだ聡助様にこだわっていますの、あなた?」
「……え?」
花波の挑戦的な言葉に、新井はきょとんとした。




