第264話 体育祭の打ち合わせはお好きですか? 1
「赤石さん」
「……」
朝、赤石はいつものように、自席へと座る。
「おはようございます」
「……おはよう」
相も変わらずにこにことする花波に不気味なものを感じながら、赤石は挨拶を返した。
「良い天気ですわね」
花波は窓の外を見て、微笑む。
「本当にどうしたんだ、お前」
「実験ですわ、実験」
「実験……」
何の実験なのか見当もつかなかったが、赤石は黙殺することとした。
「赤石さん」
花波は赤石の机に教科書を置いた。
「ここ、教えてもらえませんこと?」
「お前の方が俺より頭良いだろ」
「あら、赤石さん、私の成績のこと知ってまして?」
花波が口元に手を当て、驚く。
「でも私、ここが分かりませんの」
「……」
赤石は櫻井を見る。
櫻井に対する当てつけなのか、嫉妬なのか。本音を量りかねる赤石は、躊躇しながらも教えた。
「ありがとうございます、赤石さん、頭良いのですね」
「お前の方が上だろって」
「やれやれですわ」
花波はため息をつき、自席に戻った。
赤石はカオフで、花波に連絡を取った。
『櫻井に嫉妬させるなら手伝うから理由を教えてくれ』
花波は赤石の後ろの席から、連絡を返す。
『そういうものではありませんの。聡助様はもう私を見限られてしまっているのに、嫉妬も何もありませんわ。最も、そういうことも出来そうな気もしてきましたわ』
赤石は首をひねり考えるも、答えが出なかったため、保留とした。
放課後、赤石は廊下を歩いていた。
「赤石」
「ああ」
黒野が赤石の後をついてくる。
「体育祭が始まる。あのクソ共の祭り」
「下がれ」
「「「キャーーーーーーーーッ!」」」
突如、窓ガラスが割れ、野球ボールが飛びこんできた。
一時、校内が騒然とする。
窓ガラスが割れたことに驚き、ノートを持って歩いていた女子高生がノートを散らばらせた。割れた窓ガラスの近くにいた男子生徒の周りに、ガラスが散乱した。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
教室から櫻井が走り出て来た。櫻井はノートが落ちた女子生徒の下にいち早く出向き、女子高生と共にノートを拾った。
背後で櫻井が女子高生のノートを拾っていることを確認しながら、赤石と黒野は男子生徒の下へと向かった。
助けるという行為には、どうしても主観的な判断が必要になる。
全てを助けることは出来ない。目に見えるものが一つなら選択は必要ないが、複数になると、どうしても何かを助けて何かを助けない、という判断が生じる。何を助けて何を助けないべきなのか、何を切り捨てて何を切り捨てないのか、そうした判断が、必ずなされる。
何も助けないという判断をしない限り、本人の思考がその行動に影響を与える。
そして櫻井の場合、その助ける対象が、今回は男子生徒ではなく、女子生徒だった。怪我を負っている可能性のある男子生徒ではなく、ノートを落とした女子生徒を助けた。その行為が櫻井の持っている主観だと、赤石は判断した。
自分がやりたいことは人を助けることじゃなく、人を助ける自分を演出したいだけなのではないか。
そう思って、ならなかった。
赤石は男子生徒の下へ行く。
男子生徒は指を切り、血を流していた。
「こ、これ……」
黒野がハンカチを差し出した。
「あ、ありが……」
男は黒野からハンカチを受け取り、顔を見ると、しかめ面をした。
「い、いや、大丈夫だから」
そして黒野にハンカチを返した。
赤石は近くのロッカーからほうきとチリ取りを持ち出し、ガラスを片付けた。
「おいお前ら、どうした!」
神奈が入って来る。
「野球ボールが」
男子生徒が事情を話し、赤石たちはその場から離れた。神奈は窓を開け、下にいた生徒と話を始めた。
「ちっ!」
黒野が舌打ちをした。
「だから男は嫌いなんだ。私がやったって知ったらあの態度」
黒野はハンカチをしまう。
「ひどい奴もいたもんだな」
「なんで手を貸した側があんな顔されるのか意味不明」
黒野は男子生徒への文句を続けた。
「体育祭の打ち合わせってここかぁ」
「そうっぽいね」
体育祭が近い。各クラスから、体育祭の実行委員になった生徒たちが、打ち合わせをに来ていた。
「皆強そうな奴らばっかだなぁ」
「お前が言うなし」
須田と同じく体育祭実行委員となった女子生徒、レモンもまた、その場にいた。
「アンカー頼むよ、キャプテン」
「キャプテン須っ田の出番かな、ここは」
「沖縄で売られてそう」
「なんだそれ」
須田とレモンは席に着き、打ち合わせが始まるのを待った。
「魔王の幹部とか、夜にこんな円卓で会議してる印象あるな」
「円卓って何?」
「三国志の強い人」
「意味通じなくない?」
「円卓は丸いテーブルみたいな」
「なるほど」
レモンと須田は机に置いてあった資料を読み込む。
「超ドキドキ」
そして入り口から、櫻井と新井が入って来た。
須田たちの隣に座る。
櫻井と須田たちは共に、体育祭の打ち合わせを聞いた。
「や~、終わった終わった」
打ち合わせが終わり、レモンは大きく伸びをした。
「はしたないはしたない」
「ちぇ~」
須田もレモンと同様に、立ち上がった。
「あの、須田君」
「ん~?」
須田に、一人の女子高生が話しかけた。
「私のこと覚えてる?」
「いや、覚えてる覚えてる。忘れてない、忘れてない。毎週金曜日に作った料理を分けてくれるお隣さんの~」
「違うよ!」
女子高生は声を上げた。
「あ~、ごめんごめん。あの~、えっとだね~、錦野グレースホテル不倫事件で一緒に事件を捜査した~」
「違うよ!」
女子高生は再び声を上げる。
「冗談冗談。甘利だろ、久しぶり」
「うん、久しぶり」
甘利はにこにこと笑う。
「お前も体育祭の実行委員だったんだな。やるね」
「ありがと」
「ねぇ~、須田ち、早くしないと~」
「分かってる分かってる。先行っててくれ。あとで追いつくから」
「早くしてよ~」
レモンは須田を置いて、先に行った。
「で、どうした? 甘利」
「えと~、さっきの打ち合わせで、競技に出る人の書き方がちょっとよく分かんなくて~」
「あ~、分かる。重複して出る人の書き方かなりややこしかったもんな」
須田は顎をなでながら、うんうんと頷く。
「だから、ちょっと教えて欲しくて~」
「あ~、なるほどね」
須田は頷いた後、難色を示した。
「本当にごめんなんだけど、今あとつかえてて、また後日でもいい? 確かこれまだ期限先だったよな。俺のメモ貸すから、それで分からないことあったら訊きに来るって感じでもオッケー?」
「う、うん」
甘利は須田からメモを受け取った。
「じゃあこれで出来そうになかったらまた連絡してくれ、な。カオフでも須田お悩み相談所受け付けるから!」
「あ、ありがとう」
「じゃあ本当ごめん、健闘を祈る!」
須田は甘利に敬礼をすると、そのまま扉を出た。
「ん~……」
甘利は須田のメモを見て、悩んでいた。
「大丈夫か?」
「え」
悩む甘利の下に、櫻井がやって来た。
「分からないなら俺が書くけど……」
「え、いいの?」
「ああ、俺は全然この後も空いてるし、分からないなら手伝う手伝う」
櫻井は振り返り、新井を見た。
「ごめん、由紀、先帰っててくれねぇか? 困ってる人放って勝手に帰るわけにもいかねぇしさ。本当ごめん、由紀」
「ううん、大丈夫。私は聡助のそういう困ってる人放っとけない所が好きなんだし」
新井はふりふりと手を振ると、帰って行った。
「じゃ、俺らも行こっか」
「う、うん」
櫻井と甘利は別室へと向かった。




