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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
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第29話 尾行はお好きですか? 6



 赤石は八谷に櫻井の見張りを任せ、路地裏を探索していた。

 

 角を曲がったその時――


「は?」

「……」


 大柄で野蛮な顔をした五人の男とぶつかった。


「なに?」

「なにこいつ」


 絡まれてはいけない人間に絡まれた、と瞬時に赤石は理解した。

 どうしてこんなラブコメチックな展開に巻き込まれるんだ、と不可解に思う。 

 赤石は八谷と関わり初めてから、妙なところでラブコメ然とした状況に会うようになったな、と勘案する。


 赤石は即座に、遥か後方にいる八谷に向けて自身の背後から小石を飛ばした。


「痛っ……何よこれ」


 八谷が振り向くと、曲がり角で赤石が五人の不良に絡まれているのを視認した。

 赤石は後ろ手で音を立ててはいけないときのジェスチャーとして一本指を立て、静観のサインを出していた。

 八谷は恐怖と赤石への不安感もあってか、近くのゴミ袋や室外機の後方に隠れた。


 


 指を立てるジェスチャーを後方に出して、数秒が経過した。


「謝るくらいしろよ」


 そろそろ業を煮やした最も体躯のいい男が、どすを利かした声で脅しをかけて来た。

 赤石はその男の顔を見ると即座に――


「……すいません」


 謝罪した。

 

「ちゃんと前を見れてませんでした。すみません」


 赤石はただ、平謝りをする。


「金ある?」


 謝罪を重ねる赤石に気をよくした不良たちは、金の催促をする。


「……」


 赤石は無言で、リュックから、ぼろぼろになったみすぼらしい財布を取り出した。


「……」


 震える手を押さえながら、静かに財布から札を抜き出した。


 赤石は財布の中身を全て、掌の上に出した。

 全額、一五三二円。


「これだけ?」

「……」


 赤石は無言で頷いた。

 うつむき、ただ相手の言いなりで、いた。


「……」

「あっそ」


 男は赤石の手の金を乱雑に受け取った。


「……」


 赤石は再び、うつむいた。


「……」

「……」


 男たちは無言で赤石の隣を横切る。


「どけよ」

「……」


 赤石は男たちに道を譲った。


「クソださいな、あいつ」

「震えてただろ」

「笑うよな」


 赤石に聞こえるような声量で、男たちは嗤った。


 赤石は、不良たちが去った方向を、見ていた。

 次第に不良たちの声は遠ざかり、聞こえなくなった。


「……………………」


 赤石は財布から落ちたレシートを、無言で拾い集める。


「あ…………赤石……」


 赤石の様子を心配して、物陰から八谷が赤石の下に歩み寄る。


「赤石…………ごめん……私のせいで……」


 八谷は、ひどく狼狽していた。

 平に謝り続ける赤石を心配はしても、情けないとは思わなかった。


「私のせいでお金取られたのよね…………ごめん……ごめん……赤石のお金、私のせいで……」


 赤石は服に着いた汚れを払いとる。


「怖かったな」

「…………え?」


 先ほどまでとは打って変わり、平素の赤石を取り戻していた。

 赤石は極度のストレスにさらされ、その本性を見せたのだと、八谷は思っていた。

 力を持った者に脅されれば身を低くして謝り続ける、そういう本性があるのだと、思っていた。


 だが、違った。


 赤石はいつもと変わらぬ様子で、拾い集めたレシートを、質素な財布の中に入れこんだ。


「櫻井ならここで不良五人をバッ、とやっつけて解決してたんだろうな……」


 赤石は誰に言うでもなく、呟いた。


 実際、櫻井が不良五人を相手取り勝利をもぎ取れるかどうかは分からなかった。

 だが、ラブコメの主人公然とした櫻井なら、上手く立ち回り、やってのけるんだろう。 

 そういう確信があった。


 羨ましかった。


 不良に絡まれている女を助け出すことが出来る櫻井が。

 媚びる必要のない櫻井が。

 女を助けることでその恋慕を一身に集める櫻井が、羨ましかった。


 自分も力を持って相手を制圧出来るような、そんな力が欲しかった。あれば良かった。

 あんな風に媚びへつらい、謝り、軽薄な笑みを張り付けることでその場をやり過ごすような、そんなことはしたくなかった。


 だが、赤石は櫻井ではなかった。

 一般的な身体能力しか持っていない赤石が、自らの肉体を強化しているであろう不良を五人も相手取って勝てる自信は、全くなかった。

 平凡すぎる赤石の肉体は、凡人五人を相手にしてもまるで歯が立たない。

 

 自分は櫻井ではない。櫻井のように不良を伸せれるほどの底力は発揮できない。突然謎の力に目覚めたりはしない。


 赤石は、平凡な男だった。






 八谷は寂寥感を漂わせる赤石に近寄った。


「あ…………赤石……大丈夫?」


 不良に脅され人間としての心を失ったのか、と深く心配の色を顔に浮かべ、歩み寄る。


「俺は……大丈夫だな」


 赤石は、空っぽになった財布を見た。


「だが、金をとられた」


 寂しげな顔で、赤石は呟いた。


「ごめん…………ごめん、赤石。私のせいで……」


 しきりに、八谷は謝る。

 赤石はカバンから、財布・・を取り出した。


「……………………え?」


 二つ目の財布が出て来たことに、八谷は驚き、言葉を失った。


「あ……赤石、その財布……なんで二個持ってるのよ?」


 異常な事態に得心がいかず、赤石を問いただす。

 赤石は取り出した二個目の財布から大量の硬貨を抜き出し、再度質素な財布に入れ替えた。


「保険だな」

「保険……?」

「そう、不良保険。不良に力で勝てないから、金を出すように言われれば出すしかないだろ? 財布を出せばさすがにそれで所持金全額だと思うだろ? その金額を出来るだけ少なくしたかった」

「はぁ?」


 赤石の言っている意味が分からなかった。

 赤石は一つ目の財布に硬貨を入れ、二つ目の財布も鞄の中に入れた。


「……っていうことは何、あんたいつも財布二つも持ってるわけ?」

「仕方ないだろ、勝てないんだから。リスクヘッジ、ってやつだ」

「じゃああんたがさっき出したお金っていくらだったのよ」

「千円ちょっとだ。さすがに不良にぼこぼこにされて病院送りになるくらいなら千円で安全を買うな」

「じゃあ本当の財布に入ってるお金はいくらなのよ」

「二万円ちょっとくらいかな」

「はあああぁぁぁぁ⁉」


 赤石の所持金が全額盗まれたと思い込んだ八谷は、激怒した。


「あんた、私がどれだけ心配したと……」

「でも千円ちょっとも取られたじゃねぇか。一般高校生に千円はそこそこ大金なんだぞ⁉」

「くっ……」


 赤石の反論に、ぐうの音も出ない。


「じゃ……じゃああんな風に平謝りしてたのは何なのよ! 演技っていう訳⁉」

「人間なんて皆演技して生きてるもんだろ」

「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 心配して損した、と呆れかえる。


「あんた演者の才能あるわよ」

「これが俺なりの人間の処世術だよ」


 八谷は、赤石の対応を不気味に思っていた。

 ただ、それが赤石自身の安全を買っているのと共に、自分の安全も買っているのだ、と考えた。 

 あの時走って逃げなかったのは、自分が不良の標的にされるかもしれない、と赤石は考えたのかもしれない。


 赤石が何を思って不良にお金を捧げたのかは分からない。ただの身の保身だけだったのかもしれない。

 だが、八谷は前向きにとらえた。


「恐ろしい体験だったな……」

「そうね」


 まるで他人事かのように、赤石は呟く。


 赤石の危機対応能力と、窮地に陥った時に演技をして素直に平謝りできるのは、人間的には間違いかもしれないが、対応としては正解だと、思った。

 

 同時に、聡助ならあんな風に謝り倒さなくても良かったのかな、と恋慕する相手のことを想起した。  


 なにが正解で何が間違いなのか。

  

 不良を相手にしても一歩も引かない櫻井が正しいのか、平に容赦を願う方が正しいのか。


 櫻井のことばかり見てきた八谷は、櫻井とは真逆の人間のことを知っていく上で、自らの指針をうしなった。



「変な奴……」


 八谷は、誰にも聞こえないようなくぐもった声で、呟いた。












 水城は櫻井に妹の誕生日プレゼントを一緒に選んでもらえないか、と懇願され、共に誕生日プレゼントを選ぶように、櫻井と外に出かけた。

 さすがに誕生日プレゼントを選ぶだけに来てもらうのも申し訳ないから、と櫻井はさわやかに笑い、映画や食費などの全額を奢るから、と伝えた。

 

 水城は奢られることを必死で断ったが、誕生日プレゼントを一緒に選んでもらうんだから御礼だよ、と言い切られ、押し切られた。


 途中で櫻井にヘアピンをプレゼントしてもらい、自身が慕っている人からいつでも使えるような日常品を貰ったことに、心躍った。

 櫻井は水城にどのヘアピンが似合うかを真剣に考えていて、その真剣さと普段のお茶らけた態度とのギャップに、ときめきを感じていた。


 その帰り、水城は櫻井と、公園に来ていた。

 日が落ち辺りが暗くなった公園は、昼下がりのそれとは明らかに別物で、たった二人しかいないように思えた。

  

 夜の公園はカップルが集まる場所として有名であり、水城もそのロマンチックな空気に感化されていた。


 櫻井は子供のような笑みを浮かべながら、空を見上げた。


「お、ほら見てみろよ水城! 星がすげぇ空に散りばめられてるぜ!」

「そ…………そうだね、櫻井君!」


 水城はロマンチックな雰囲気にのまれ、自我を失っていた。


 今しかない。

 水城は、思い立った。


「櫻井君……」

「ん、どうしたんだ、水城?」

「私と……私と、付き合って下さい!」


 水城は、掠れるような声で、櫻井に愛を伝えていた。




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