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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
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第2話 水城志緒はお好きですか? 1



 新井が櫻井と共に部活動へ行くところを見届けた赤石は、しばらくの作業の後に日直の仕事を終え、職員室にいる担任に一日のまとめの報告書を渡しに来ていた。


「あれ、赤石。お前一人なのか?」

「はい、そうですが。どうかされましたか」

「……ったく、由紀の奴また聡助を追いかけてったなぁ」

「いや、部活動があるみたいなんで残りも少なかったんで俺が引き受けただけですよ」


 担任の教師は神奈美穂、まだ年端も行かない妙齢の美女であり、口ぶりからしてこの教師もとりもなおさず櫻井の知り合いなんだと、赤石はその時理解した。


 神奈は不機嫌に眉間にしわを寄せ、新井が来なかった事実を鼻白み、赤石に視線を移した。


「なぁ赤石、これちょっと新井に届けてくれないか? てっきりあいつも届けに来ると思ってたから、渡し損ねちゃったわ」

「神奈先生、そのような言葉遣いは控えるようにと何度言えば……」


 神奈の赤石への言葉遣いが随分と砕けすぎたものだったからか、その話し方を聞いた他の先生が神奈を注意した。


「てへ、すいませーん」


 軽く自分の頭を小突き、舌をちろと出した神奈は、ケースに入った一枚のCDを赤石に渡した。


「これ……は……」

「あぁ、放送部の発声練習用の音源でな」

「そうです……か」

「そうだ……そうだよ。新井に渡して欲しいんだ……渡して欲しいのよ」

「はぁ、分かりました」


 帰宅部であり、特に断る理由もなかったので二つ返事で了承する。

 CDを受け取った赤石は一礼した後に踵を返した。


「じゃあ任したぞ……任したわよー、赤石。あと、新井に校舎内での爛れた関係は控えるように言っといてくれ……言っててね~」


 神奈の声を後ろ手に聞きながら、赤石はひとまず教室へと向かった。


 教室に戻り、赤石は荷物を取った。

 特にこの後の用事もなかったため、帰りがけの駄賃にCDを渡すことの方が合理的で効率的であると判断したためである。

 

 教室から放送部の部室へ行くまでは少々手間ではあるが、教師に頼まれたことでは仕方がない、と赤石はしぶしぶ歩を進めた。

 教師だというのに、何の関係もない生徒を使い走りに出すのは少し私情が絡んではいないか、とも思いはしたが、意識的に部室へと赴くことに意識を割き、無駄な思考をそぎ落とした。


 放送部の部室もまもなくに、と迫った時、前方に一人の女子生徒を背後から視認した。

 女子生徒は壁から顔だけを出すようにして何かを覗いており、赤石の存在を全く感知していない様子だ。

 怪しい。

 思わず、声をかける。


「何してるんですか……」

「ひゃっ……ひゃい!」


 声をかけた生徒は体を跳ねさせ、顔中を真っ赤にして、振り返った。


「いや……あの……その……えっとね……」

「……?」


 しどろもどろになる女子生徒の顔を確認した赤石は、その女子生徒が櫻井の取り巻きの一人であることを即座に認識した。


 流れるような艶やかなロングストレートの黒髪に、眉上できっちりとそろえられた前髪、頬は常にどこか紅潮していて、肢体はすらりと美しく、一挙手一投足に女性としての品格や可愛さを備えた女子学生、水城みずき志緒であることに気付いた。


 校内随一の美女であり、女性らしさと可愛らしさを兼ね備えているその姿に、赤石も少々気が引ける。


 だが、そんな水城が覗いていたというものが何かが無性に気になり、赤石も壁から顔を出した。


「あっ……あの……これは……その……」


 壁から覗いたその先で、櫻井と他三名の女子生徒が廊下の真ん中を歩いていた。

 

 赤石が日直を終わらせ帰宅するまでの間に放送部の部室にすら辿り着いていない櫻井を呆れるべきかどう思うべきか、櫻井は両手に新井と高梨を、そして斜向はすむかいにもう一人の取り巻きと雑談を交わしながらゆっくりと歩いている。


 水城は櫻井を発見した直後話しかけようと思ったが、既に三名の女子生徒と会話をしているため、気が引けて壁から櫻井を覗くという行為に至ったのだと、瞬時に理解した。


「あの……えっとね……いや、何か危ない物とか落ちてないかなぁ……って思ってね」


 頬の紅潮を一層強めながら、水城は先ほどの状況をごまかそうとする。

 ここで櫻井に懸想していることをバラすのはナンセンスか、赤石は小さくため息をつき、


「そうですか。じゃあ気を付けたほうがいいですね」

「う……うん! そうだよね! そうだよね! あ、あとこのことは言わないでね! は、はず、恥ずかしいから! 誰でも危ない物探してるなんて思われたくないよね、うん!」


 小手先の誤魔化しが功を奏したと感じ取ったのか、少し興奮気味に水城は大仰に同調し、まくしたてる。


「ま……まぁそれはそうとして、ところで……なんで赤石君は敬語なの」

「あ……」


 そこに話を転変させるといった意図が全くない様子で、唐突に、水城は赤石に質問を投げかけた。


 水城が可愛らしさを兼ね備えている理由の一端には、他者と壁を作らないことに起因する。


 水城は、人と壁を作らない。

 赤石に対してもそれは同様であり、この会話が二人の初めての会話だというのにも関わらず、赤石の名前を知っていた。


「いや……初めて喋るから不躾かな……と」

「そんなことないよ! むしろどんどん敬語なんてやめてよ!」

「わ……わかりまし……わかった」


 不自然な日本語で水城はまくしたて、赤石の方向へ一歩踏み込む。

 校内一の美女であり、人格者。その評価は男子生徒からも絶大で、赤石も少し頬を赤らめ一歩後退する。

 と同時に、やはり赤石の心にまた澱が深まる。


 どうしてこんな人が櫻井を好きなんだろう、と。


 今も廊下の中央で三人の女子生徒と談笑しており、そこに誠実さのようなものは皆無に見える。

 それも優しさだと言えばそうだともいえるが、拒絶しないことは優しさではない。拒絶することこそが優しさだともいえると、そう考えていた。


 何が正しく、何が正しくないかなんてものは赤石には分らなかった。だが、水城一人にその心を割いていないような櫻井に水城が懸想する理由が、赤石には理解できなかった。



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