第262話 遊園地デートはお好きですか? 1
「な、なんでお前が……!」
「……嘘~」
「いやぁ、良い天気だねぇ。まさに、絶好の遊園地日和!」
土曜日の朝、船頭、櫻井、霧島の三人は遊園地に来ていた。
「な、なんで、お前……!」
櫻井は目の敵のように、船頭を指さす。
「尚斗?」
船頭は全て分かった上で、霧島を見る。
「俺はお前がメンバー決めるって言うから来たのに、どういうメンツなんだよ!」
櫻井は霧島に食って掛かる。
「おや、知り合いだったかい、二人とも?」
「ま、まあ」
「ほうほう。それは珍しいこともあったもんだねぇ」
霧島はにやにやと笑う。
「あ、あー、いけないいけない、そういえば今日、僕は大事な約束があったんだったー」
霧島は三文役者さながらに、棒読みで言う。
「こうなったらば仕方がないなー。遊園地のチケットはもう買ってあるし、行かないのももったいないなー。じゃあ聡助とゆかりちゃんは二人で行ってきなよー」
霧島は慌てて腕時計を見る。
「もうこんな時間だー。じゃあ聡助、ゆかりちゃん、お二人とも楽しんでねー」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
霧島は櫻井と船頭に手を振り、足早に駆けて行った。
「……」
「……」
無言。妙な沈黙が二人を包む。
「なんで俺とお前なんかが……」
「私、船頭って言うんだけど」
「……」
櫻井と船頭は遊園地の入り口を見た。
「取り敢えずチケットももったいないし、嫌だろうけど、入るか?」
「……そうする」
櫻井と船頭は二人で、遊園地の入り口をくぐった。
そして入り口をくぐったその先は、日常からかけ離れた、非日常の世界。数多くの若者、回る大きな観覧車、異国を思わせる洋風のレストラン、豪奢な装束を纏う女性、魔法かと思えるような、ありとあらゆる非日常が、そこにはあった。
「うわぁ~……」
船頭は目を輝かせて、テーマ―パークを見る。
「好き……なのか?」
「好きじゃない人なんていないっしょ」
船頭は園内をてこてこと歩きながら散策する。
「案外可愛い所もあるんだな」
「え?」
「なんでもない」
櫻井は船頭の後を追いながら、顔を逸らした。
「こちらのユリニオンちゃんを当てると、景品がもらえま~す」
女性従業員が声高らかに、的当ての紹介をする。
「……」
船頭は一人、ぼーっと景品を見ていた。
「はぁ……ったく」
「チャレンジですね~」
櫻井は的当てゲームにチャレンジし始めた。
「おめでとうございます! ユリニオンちゃんが倒れました! 商品ゲットです!」
櫻井は女性従業員から景品をもらう。
「ん」
「え?」
「ん」
櫻井は船頭に景品を渡す。
「いや、別に欲しいって……」
「欲しそうに見てただろ。やるよ」
「あ、ありがとう」
櫻井は頭をかきながら、次の場所へと向かった。
「船頭……?」
「ゆかりちゃんって呼ばないんだ?」
「……え?」
船頭は櫻井を見る。
「最初会った時そう言ってたけど」
「そう言われたくないんだろ? 女の子が嫌がってるようなこと自分からするわけないだろ」
「別に何でも良いよ」
「え?」
櫻井は照れくさそうに、船頭を見た。
「じゃあ、ゆかり」
櫻井はすぐさま視線を外し、遠くを見た。
「そう言えば、なんでゆかりは尚人と一緒に来たんだよ」
「尚斗が色んな人呼んで、皆で初対面遊園地行こう、みたいなこと言ってたから来たら、あんたしかいなかった」
嘘である。霧島が櫻井とのデートを取り付ける、ということを知っていて、船頭は今日ここにいた。
「聡助」
「……?」
「いや、ゆかりだけ名前ってのも、おかしいだろ。俺は櫻井聡助。別に聡助で良いよ」
「そっか」
船頭は櫻井を見た。
「じゃあ、聡助」
「お、おう」
船頭はふふ、と微笑んだ。
「聡助は今日、尚人になんて言われて?」
「ゆかりと同じような感じ。来たら尚人とゆかりしかいなかったし、尚斗は勝手に帰るし」
「本当それ」
船頭はふふふ、と笑った。
「てか、ゆかり、赤石とは……あ」
しまった、という顔つきで、櫻井は口元を手で隠す。
「別に」
「わ、悪ぃ、つい」
櫻井は苦々しい顔つきで頭をかく。
「まぁ言いたくないこともあるよな」
そして櫻井は船頭の頭にぽん、と手を置き、撫でた。
「何!?」
「まぁ人生色々あるって」
櫻井は柔らかい表情で微笑んだ。
「お、次あれ行こうぜ」
「え、え、え?」
櫻井はずんずんと前へ歩いた。
「ちょ、ちょっと……速……」
櫻井の足の速さに、船頭は置いて行かれる。
「あ、ごめんなさい……」
遊園地の中は常に人でにぎわっている。テーマパークに入り込むにつれて、人の密度が高くなってくる。
「どこ……?」
船頭が櫻井の背を探している時、ふいに船頭の手が握られた。
「大丈夫。もう迷わない」
「え? え?」
「こっち」
「え!?」
櫻井は船頭の手を引いて、ずんずんと前へ進む。
「ついた」
そして目的のテーマパークにたどり着いた。
「手……」
「あ、あぁ!」
櫻井は咄嗟に、手をパッと離した。
「ご、ごめん、はぐれると思ったから、つい」
「つい……」
船頭はテーマパークを見る。
「次のテーマパークまで一三〇分待ち……」
「一三〇分……」
櫻井と船頭は二人で顔を見合わせた。
「乗りたい?」
「うん」
「じゃあ並ぶかぁ」
櫻井と船頭は二人で列の最後尾に並んだ。
「……」
「……」
櫻井は口火を切り出した。
「俺さぁ」
「……?」
「俺、ゆかりのこと嫌な奴だと思ってたわ」
「え?」
櫻井は空を見上げながら、言う。
「最初会った時、赤石と一緒だったし、なんか俺のこと笑ってたし嫌な奴だと思ってたわ」
「……そうなんだ」
「でも、やっぱりこうして一緒に二人で回ってたら違うのかな、って」
「違うって?」
「ん、俺が間違ってたのかな、って」
「……」
「ゆかりも、普通に可愛い女の子だもんな」
櫻井はにか、と船頭に笑いかけた。
「べ、別にそんな……」
船頭は頬を染めて前髪をいじる。
「いやいや、街行く人もゆかりのことばっかり見てたよ」
「そ、そんなわけ……」
船頭は手を小刻みに揺らす。
「でも聡助の方がモテてるんでしょ?」
「俺!? いやいやいやいや、別に俺なんて全然モテねぇから!」
「またまた~」
船頭と櫻井は二人で雑談をしていた。
それから約二時間が経過した。待っていたアトラクションに乗れるまで、あとわずかとなった。
「……ん?」
櫻井は目を細めた。
「何?」
「あれ……」
櫻井は遠くを指さす。
「お母さん! お母さん!」
子供が一人で、泣いていた。
「お母さん、お母さん!」
「……」
櫻井は体をそわそわとさせる。
「悪ぃゆかり、俺やっぱこれ乗れねぇ」
「え?」
「ゆかりは一人で楽しんでてくれ!」
そう言うと櫻井は一目散に駆けだした。
「ちょっと……!」
船頭もその場を抜け、櫻井の後を追った。




