第256話 パパはお好きですか?
「いやぁ、本気でビックリしたことあってさぁ」
「?」
佐藤が帰った教室で、櫻井と新井が二人で会話をしていた。
「前、一人で帰ってたら赤石と恭子がいてさ」
「赤石と恭子っち……?」
「二人で帰ってるのにも驚いたんだけどさ、二人とも全然喋んねぇの」
「二人で帰ってるのに喋ってないの?」
櫻井は両手を広げる。
「そうそう。二人で帰ってるのになんで喋ってねぇんだよ、って思ってさぁ! すげぇ怖かった」
「それ、確かに怖いね……」
新井がペンをおとがいに当てながら考える。
「もしかして恭子っちが赤石に何か脅されてるとか……」
「嘘だろ、マジかよ」
櫻井は驚き、慄く。
「いや、何かすげぇ怖ぇなぁ、って思ってたんだよな。確かに、二人で帰ってて喋ってねぇのはおかしいよな」
「いや、おかしいよ、本当……」
新井はちら、と外を見た。
佐藤がサッカー部に戻っている所が、見えた。
「由紀、最近無理してねぇか?」
「え?」
体育大会の種目表を見ながら、櫻井が不意に呟いた。
「なんで……」
「最近、由紀平田とよくいるよな。何か困ったこととかあるのか?」
「い、いや……別にそんなじゃないけど……」
平田とともに大学生と遊んでいる。新井は口をつぐむ。
「何かあったら、いつでも言ってくれよな。俺はずっとお前の味方だからよ」
「……」
櫻井は新井に笑いかける。
新井は頬を染め、彼女がいる櫻井に対してもやはり、胸のときめきを抑えることが出来なかった。
「女の子なんて皆お姫様なんだから」
「えぇ~」
櫻井と新井のいる高校から遠く離れたカフェで、葉月は目を弓なりにした。
四十代半ばの男性と葉月が二人で対面し、お茶菓子を楽しんでいた。
「冬華ちゃんも高校生でしょ? お姫様に決まってるじゃないか」
「そ、そんなぁ。そんなことないですよぉ。私なんて普通の女子高生ですよぉ」
葉月は頭をかく。
「和正君だって、すごいじゃないですかぁ。平日なのに仕事もしないでぇ」
「ちょっと、その言い方じゃあ僕が養ってもらってるみたいでしょ」
和正は小さく口を開け、肩で笑う。葉月も和正に合わせ、笑う。
「僕はただの自由業だよ」
「それでもすごいですよぉ」
葉月は口いっぱいにパンケーキを頬張る。
「今日私電車で来てぇ、すごい遠かったから男の人にじろじろ見られてぇ」
「へぇ、それは大変だったね。確かに可愛いもんね、冬華ちゃんは」
「全然全然、そんなことないですよぉ!」
葉月は両手を振る。
「女の子にそういう目を向ける男なんていうのはね、どうかしてるんだよ。冬華ちゃんも可愛いから気を付けなよ」
「和正君はぁ、私と会ってても全然そんな所ないし、すごい安心できる」
「はははは、こうやって女子高生と会って不埒なことをする男たちもいるけどね。正直どうかしてると思うね。レディーファーストの精神がない男に女の子がついてくるわけもないのにねぇ」
和正はコーヒーをすする。
「和正君、コーヒーはブラックで飲むの?」
「あぁ、この年になると甘いのがどうも受け付けなくてね」
「和正君大人ぁ~」
ひゅーひゅー、と葉月はかすれた口笛を吹く。
「ははは、ただの年寄りだよ」
「そんなことないよぉ。和正君ほど若く見える男の人私初めて見たよぉ」
「僕も冬華ちゃんほど可愛い女の子は初めて見たよ」
葉月は露出の多い服を着ていた。
「じゃあそろそろ行こうか」
「は~い」
パンケーキを食べた葉月と和正はレジへ向かった。
「お会計が三千六百円になります」
葉月はカバンから財布を取り出す。
「いいから、いいから。冬華ちゃんは財布しまって」
「で、でもぉ」
「ここは僕が全部奢るから」
和正は財布から一万円札を取り出し、会計する。
「また今日もごちそうになっちゃってぇ……」
「こういうのは男の仕事なんだよ。冬華ちゃんは黙って奢られてればいいの」
「ありがとう、和正君っ」
葉月は和正の背中を押し、店から出る。
「じゃあ次はどこ行こうか」
「あ、あれ!」
葉月は移動式の屋台を発見した。
「ソフトクリームに金箔!?」
金箔付きのソフトクリームを売ってある屋台が葉月の目に留まった。
「あれ、あれ食べる!」
「ははは、冬華ちゃんは本当に食いしん坊だなぁ」
「早く早く!」
葉月はその場で足踏みする。
「ふえぇ」
一歩目を踏み出すとともに、つまづく。
「おっと」
和正が葉月を抱きかかえた。
「こらこら、危ないよ、そんなに走っちゃぁ」
「はうぅ、ありがとう和正君」
葉月は和正に上目遣いをする。
「和正君の腕って、やっぱりごつごつしてて、男の子だな、って思うね」
「え、そうかな……」
「うん。頼りがいがあるっていうか……ううん、なんでもない」
葉月は屋台へ行った。
「すみません、金箔付きのソフトクリームバニラとチョコで」
「かしこまりました~」
店員はチョコとバニラのソフトクリームを用意する。
「お会計一二六〇円になります」
「じゃあこれ……」
和正が前に出て会計をしようとする。
「駄目だよ、和正君!」
葉月が前に出て、会計を支払った。
「さっきはおごってもらったから、今度は私に奢らせて?」
葉月は眉を八の字にしながら、笑った。
「ありがとうございました~」
葉月と和正は近くのベンチに座り、ソフトクリームを食べ始めた。
「いやぁ、冬華ちゃんに奢ってもらうなんてねぇ」
「和正君はいっつも肩肘張りすぎなの! 私にもそれくらい出来るもん!」
ぷんぷん、と葉月は怒る。
「あ、和正君チョコとバニラどっちがいい?」
「冬華ちゃんが先に決めな」
「じゃあ私バニラ! 和正君チョコね」
葉月は和正にチョコのソフトクリームを持たせる。
「それで! それで! 味のシェア!」
「ははは、なるほど」
葉月は半分ほどバニラのソフトクリームを食べた後、和正のソフトクリームにかぶりついた。
「美味しぃ~」
「冬華ちゃんは本当に可愛いねぇ」
「ふえぇ?」
葉月は口の周りにチョコをつけながら、笑った。
「じゃあ今日はありがとう、冬華ちゃん」
「全然、全然」
葉月は手を大仰に振る。
「これ、今回の」
和正は葉月に封筒を手渡した。
「う。受け取れないよぉ、そんなことのために和正君と会ってるんじゃないからぁ」
「まぁまぁ、僕はこれくらいしか出来ないから」
「はうぅ……」
葉月は封筒を受け取った。
「じゃあまた今度ね、冬華ちゃん」
「ありがとう、和正君!」
その場から立ち去る和正が見えなくなるまで、葉月は手を振っていた。
タプタプタプタプタプタプ。
自宅。
葉月は部屋でスマホを見ていた。
次のデートの相談や、また新たなパパとの出会いを求め、ネットをさまよっていた。
「……」
ごそごそとカバンをあさり、和正からもらった封筒の中を見る。
「二万五千円……」
想定していた額より、五千円多かった。
それは電車で遠くから来たことを示唆した結果か、あるいはサービスへの満足感か。
葉月はにこり、と笑う。
「もっと稼がなきゃ……」
葉月はタプタプとスマホに打ち込む。
「……」
自撮りをし、ネットに載せる。
制服を淫らに着こなし、下着が見えないように調整しながら、ネットにあげる。上げた途端に、二桁を超えるライクが付く。
「もっと……」
葉月はネットの海に、溺れていた。




