第253話 家族会議はお好きですか?
休日の昼。
「お母さん、もうすぐ櫻井君が来るよ」
「はいはい」
水城が母親に、そう言った。
待つこと数十分、ピンポン、と水城の家にチャイムの音が鳴った。
「来た!」
水城は玄関に行く。
「よ、よう」
「入ってよ、櫻井君」
櫻井は紙袋を持ち、水城の家にやって来た。
「ささ、どうぞどうぞ」
「お邪魔しま~す……」
水城がリビングに案内する。
櫻井は戦々恐々、家の中へ入って行く。
「も~、そんなに緊張しなくても良いよ」
「いや、立場が立場だからなぁ……」
リビングに着くと櫻井は紙袋の中から小綺麗な箱を取り出し、机の上に置いた。
「お世話になります、紅藍さん。これ、つまらないものですけど……」
「あらあら」
櫻井は紅藍に土産物を渡す。
「ゆっくりしていってね」
「はい!」
「ふふふ、そんなに緊張しなくても良いのよ」
紅藍はたおやかに笑う。
「お父さんも呼んでくるね!」
「え、えぇ!? お父さん!?」
櫻井は声を上げる。
「お父さんにご挨拶!?」
「も~、前も言ったよ。今日お父さんいるから呼んでくるね」
「そんないきなり……」
「お父さ~ん」
水城は父親の部屋へ向かった。
「お父さん、櫻井君が来たからちょっと話聞いてほしいんだけど」
「お父さん……」
櫻井は背筋を伸ばし、水城の背を目で追っていた。
「やっぱり、お前にお父さんと言われる筋合いはない、とか言われるんですかね……?」
櫻井は近くにいた紅藍に助けを求める。
「どうかしらね……」
「頑張ります、俺」
水城と共に、父親がやって来る。
「お父さん、早く早く」
水城が先頭に立って、茂を招く。
「はい! 櫻井君、こちらが私のお父さんです!」
「こ、こんにちは……」
「こんにちは」
茂と櫻井が対面する。
「そしてこちらが私のお母さんです!」
「こんにちは」
「こんにちは」
水城は椅子を用意した。
「早速だけど、ちょっと話いいかな?」
「構わない」
「分かりました」
茂と紅藍は椅子につき、櫻井と対面した。
「え、え~っと……お父さん……」
「…………」
茂は黙ったまま、櫻井の目を見る。
「紹介するね、お父さん。こちらが、私の彼氏になりました、櫻井君です……!」
「櫻井と言います」
櫻井は頭を下げる。
「今回は私の彼氏を紹介したかったから連れてきちゃいました!」
水城は上っ調子に言う。
「か、彼氏……」
櫻井は頬を染める。
「水城、お前家の中だとこんななんだな」
「ふぇ!?」
水城は赤くなった頬を両手で挟む。
「や、止めてよ! からかわないでよ!」
水城が櫻井の肩を叩く。
「櫻井君、といったかな」
「……はい」
茂は腕を組む。
「志緒の、どこが好きで交際を?」
「え~っと」
櫻井は水城と目を合わせる。
「水城……志緒さんの好きなところはいっぱいありますけど、やっぱり、一番何が好きかって言われると、自分が自然体でいられるような、安心できる性格が好きです」
「自然体でいられる……」
櫻井は身を乗り出す。
「はい。志緒さんは心優しく穏やかで、いつも他人を気遣える、素敵な女の子だと思っています。志緒さんといると、俺は変に気を張ったりせずにいられるんです」
「ほう……」
茂は紅藍を見た。
「櫻井君はお付き合いをするのは初めてなの?」
「はい、志緒さんが初めてです。きわめて健全なお付き合いをさせていただいてます」
水城はうんうん、と首を縦に振る。
「そうか……。学校生活はどうかな?」
「学校生活……ですか? 志緒さんと同じクラスなので、よく喋ったりはしています」
「親しい友人は誰かいるのかい?」
「そうですね……」
茂は穏やかな口調で櫻井に聞く。
「霧島尚斗という友人がいます。まぁ腐れ縁の悪友みたいなものですが」
あはは、と櫻井は頭をかく。
茂は櫻井の日常から、性格を知ろうとしていた。
「そういえば最近君の教室の子が入院していた、と聞いたことがあるが大丈夫だったのかい……」
花波の噂は、茂にも広がっていた。
「あぁ、裕奈の」
「裕奈?」
茂は首をかしげる。
「あ、花波さんのことですね」
「花波さん、というのかね。何か事故か何かがあったのかい?」
「いや、花波さんは自殺を――」
「自殺!?」
茂と紅藍が目を見開く。
「あ、そんな大したことじゃないんだけど」
水城が二人をなだめる。
「はい。睡眠薬を飲んだ影響でふら、っと転落しただけのことだ、と花波さんは笑っていました」
「それならいいんだが……ちなみに、裕奈というのは」
「あ~……」
櫻井が声に詰まる。
「えっと、裕奈ちゃんは櫻井君のことが好きで」
「好き? 何故そんなことが分かる?」
「裕奈ちゃんが転校してきたときに櫻井君に抱きついたんだ」
「何……?」
茂の目が険しくなる。
「い、いや、それはあくまであいつなりの挨拶みたいなもんで!」
「志緒はその女の子から恨まれたりしないのか?」
「う、ううん、大丈夫! 裕奈ちゃんからは祝福してもらったんだ! 櫻井君のことを幸せに出来ないなら私がもらっちゃうぞ、なんて冗談も言って」
あはは、と水城は笑う。
「……それならいいんだが」
「あはは……」
櫻井もまた、笑うだけだった。
暫くの間櫻井と会話し、茂は席を立った。
「いつまでも親がいても迷惑だろう。志緒、私は部屋に戻るぞ」
「うん、ありがとうお父さん」
「ああ」
茂は部屋に戻った。
「……ふ~~~」
櫻井は額の汗をぬぐった。
「緊張した……」
「あはは」
水城と紅藍は笑う。
「私も親なのよ」
「紅藍さんはなんていうか、緊張しなくても良いっていうか」
「こ~ら。それはどういう意味かな」
「い、いや! 全然変な意味とかじゃなくて! 良い意味で! 良い意味で!」
櫻井は手をぶんぶんと振る。
「じゃあおやつでも持ってくるから、若い二人は乳繰り合ってなさい」
「いや、誠実な関係ですって」
紅藍は台所へ向かった。
「はぁ……」
茂との軋轢、茂に言われた櫻井との逢瀬、様々な方面に気を遣い続けた紅藍は、顔にどっと疲労の色を浮かばせた。
冷蔵庫からケーキを取り出す。
「紅藍さん」
「え?」
後方を振り返ると、そこには櫻井がいた。
「あ、ごめんなさいね。今から持っていくから」
「いや、俺も手伝います」
櫻井が皿を出す。
「分かったわ。ごめんなさいね」
「いえいえ」
櫻井が皿を出し、紅藍がケーキを皿に乗せる。
「紅藍さん、何かあったんですか?」
「え?」
櫻井が真剣な眼差しを紅藍に向ける。
「なんで……」
「紅藍さん、なんだか疲れてそうだったから。お父さんといるときもずっとぎこちなかったし、何かあったのかな、って……」
「すごいわね……」
紅藍は自身の頬を撫でた。
「最近色々あってね……」
「……」
櫻井は紅藍の目の前に立った。
「紅藍さん、何か嫌なことがあったら、なんでも言ってください。俺、力になるんで」
「え」
「俺の前でくらい、力抜いてくださいよ」
にか、と櫻井は笑う。
「俺はいつでも、紅藍さんの味方なんで」
「櫻井君……」
紅藍は櫻井の笑顔に、心奪われる。
「何かあったら、いつでも力になるんで」
「…………」
紅藍は少しの間ぼーっと赤面し、
「ありがとう、櫻井君。でももう少し頑張ってみるわね」
そう言った。
「分かりました。俺、頑張りますから」
「まだ高校生なんだから」
「高校生でも、俺、大人です!」
櫻井は自分の胸に手を当てた。
「うん……そうだね。ありがとう」
紅藍はケーキを皿に乗せた。
「は~い、持って行ってね、これ」
「……分かりました」
櫻井はケーキを水城の下へ運んだ。
紅藍は自身の頬が赤面していることを深く自覚しながら、その場で虚脱していた。
「櫻井君……」
紅藍は物陰から、櫻井と水城を見守っていた。
夜。
紅藍と茂は離婚届を挟み、対面していた。
「まだ書いていないのか?」
「はい」
紅藍は離婚届を持ち、
「私、はっきりとわかりました」
その場で離婚届をびりびりに破り捨てた。
「私がやるべきことが、はっきりと、分かりました! 私は……私たち親がやらないといけないことは、こんなつまらないことではありません! 私たちは、志緒の……櫻井君の、若い二人を支えないといけないんです!」
「……」
紅藍は立ち上がり、血気盛んに言う。
「今日ではっきりしました。志緒が安心した生活を送っていける場所を作るのが私たちの役目です! 若い二人があんなに私たちのことを思ってくれているのに、私たちがあの子たちを思わなくてどうしますか!?」
「……何故そう思った?」
「櫻井君が志緒のことを……そして私たちのことを一番に考えていることが分かったからです!」
「…………」
茂は席を立ち、部屋に戻った。
「私がしっかりしなくてどうしますか……」
茂がいなくなった部屋で紅藍は一人、呟いた。




