第250話 飲み屋はお好きですか? 3
「うぃ~、じゃあ帰んべ」
「うぃ~」
飲み屋で食事を楽しんだ新井たちは、帰る準備を始めていた。
「店員呼んでくんね?」
「任せとけ」
呼び鈴を鳴らし、店員を呼ぶ。
「お勘定で」
安藤は口元にバツのマークを作り、レジへ向かった。
山田を先頭に、新井たちは後方からレジに向かう。
「ではお会計、二七三六〇円になります」
「あい」
「あ、お金……」
新井は財布から金を出そうとする。
「あ~、いい、いい」
山田が新井の手を掴み、財布から手を離させる。
「女の子にお金なんか出させる訳ないじゃん? 当たり前っしょ?」
山田はにっこりと微笑む。
「で、でも」
「可愛い女の子に金出させる男がどこにいるよ。ここは俺らに格好つけさせてくれよ」
山田たちは三人で会計を払った。
「うぃ~、じゃあ帰んべ」
「おっけ~」
会計が終わり、新井は仕方なく財布を下げた。
「あの、お金……」
「いいからいいから」
新井は店を出て再びお金を出そうとするが、山田に止められる。
「え、何? 由紀ちゃん金出そうとしてくれてんの?」
「可愛い~~~~!」
安藤と倉田が笑う。
「女の子は財布しまってればいいのよ。全部俺らが払うんだから」
「そういうもんだから」
平田は新井の財布を下げさせた。
「あんま調子乗らないで」
そして新井の耳元で、小声で言う。
「ご、ごめん……」
新井は財布をしまった。
「あ、じゃあ次どこ行く?」
「えっと、私帰ろうと思ってます……」
新井はおずおずと手を上げた。
「え~!? 由紀ちゃん帰んの!? なんでぇ!? もっと遊ぼうよ~! 折角の華金だよ!?」
「で、でももう遅いし、どこもお店開いてないんじゃ……」
「開いてなかったら俺らの家来たらいいじゃん!」
「お、ナイスそれ~!」
ひゅ~、と倉田が安藤に指をさす。
「じゃあこれから俺ん家行こうぜ! 由紀ちゃんもそういうことしたことないんっしょ?」
「で、でも……」
「今日は一日お泊りっしょ!」
「え……」
新井は平田たちを見る。
「いいね、それ」
「あり」
「どっちでもいい」
平田たちは全員、賛成だった。
「あ、危ないって朋美! 女の子が知らない男の人の家入っちゃ……」
「え、由紀ちゃんまだ俺らのことそんな風に思ってたの!? 超ショック~」
下げ~、と安藤は地面を指す。
「大丈夫大丈夫、俺らは嫌がってる女の子にそんなことしないからさ」
山田は新井に笑顔を向ける。
「そうそう、俺ら嫌がってる女の子にそんなこと絶対しねぇから。てか、嫌がってるのに無理やり女の子にそんなことするようなやつ最悪っしょ」
「ほんそれ。あり得ねぇから、そんな奴。最低だわ」
安藤と倉田はハイタッチする。
「あ、それとも親に怒られるとか?」
「親は……」
新井の親は、新井を顧みない。新井に対して、関心がない。
「大丈夫だけど……」
「じゃあ行くべ~!」
「賛成~!」
新井は山田たちの家に向かうことになった。
「ここが俺ん家」
山田の家で一夜を明かすことになった。
「じゃあ皆入って」
山田は新井たちを家に招待する。
「お邪魔~っす」
「マジ裕也ちんの家いつ入っても綺麗だわ」
小綺麗に整頓された家に、新井たちは入って行く。
「じゃあ何すんべ?」
「取り敢えず買い出し行こうぜ」
「あ~、賛成。じゃあ俺由紀ちゃんと買い出し行って来るわ」
「お~」
安藤は新井の肩を抱いた。
「由紀ちゃん、買い出し行こうぜ」
「え、え、え?」
「じゃあ俺ら映画でも見とくわ」
「うぃ~」
あっという間に話が決まり、新井は安藤と買い物に行くことになった。
「由紀ちゃん、じゃあ行こっか?」
「あ……はい」
新井は靴を履き、家を出た。
「この近くに二十四時間営業の店あんだわ~。二十四時間営業とかマジ便利じゃね?」
「そうですね」
新井と安藤は二人で夜道を歩く。
「あ、由紀ちゃんこっち」
「え?」
安藤は車道側を代わる。
「女の子が車道側歩いてちゃ駄目っしょ? そういうのは男が歩くべきっしょ」
「す、すみません」
新井が頭を下げる。
「良いって、良いって」
かははは、と安藤は大笑する。
「由紀ちゃん、にしてもマジで顔可愛いね」
安藤が新井の顔を覗き込む。
「いや、全然そんなことは……」
「またまた~。謙遜しちゃって」
「いや、本当にそんなことないね」
「嘘ばっか。学校でも一番モテてるっしょ?」
「え、本当に全然!」
新井は手をぶんぶんと振る。
「私より可愛い、って言われてる女の子が同じ教室に何人もいて」
「嘘~~~~」
安藤が大きく体を動かす。
「すごい可愛い子で、皆からも好かれてて、性格も良くて、他にもファンクラブとかある女の子もいっぱいいて、本当に私なんかより可愛い子がいっぱいいるんで」
「マジ~~?」
安藤は顎をさする。
「じゃあ今度その子たちも連れてきなよ」
「……あはは、聞いてみます」
「まぁでも、俺からしたら、やっぱ由紀ちゃんが一番可愛いけどね」
「あは……ははは」
新井は苦い笑いを続ける。
「でも、私最近フラれたんですよね……」
「えぇ、マジ!? やっぱ失恋じゃん!」
「だから、全然可愛いなんて……そんなんじゃないんですよね」
「…………」
「…………」
暫く、無言が続く。
「その男、本当見る目ないわ。俺だったら、由紀ちゃんに絶対こんな顔させねぇのに」
「え……」
安藤が新井の手を取った。
「俺だったら、絶対由紀ちゃんのこと幸せにしてあげれるのにさ。俺だったら、由紀ちゃんの笑顔は、俺が必ず守ってる」
「……は、はい」
「ま、当たり前だよな、そんなこと」
「……」
チャラついていた安藤が突如として真剣な顔をして手を握る。
新井は先ほどまでとのギャップにどぎまぎし、胸を高鳴らせていた。
「じゃあ買い出し行きまっしょう~!」
そして安藤は再びスーパーを目指した。
「ただいま~」
「遅ぇぞ、お前らよ~」
「いやぁ、ごめんごめん。酒何買うか迷って」
安藤は酒やお菓子を買い、家へ戻ってきた。
安藤が免許証を出し、酒を買った。大人と一緒にいるんだ、という感慨とともに、新井は一歩、大人への道を上った気がしていた。
「で、何見てんの、これ?」
「ホーム・ミッション」
「あ~、子供が強盗撃退する奴?」
「雑な説明だな」
山田の家には数多くの映画、ボードゲームが置いてあった。
「こいつ金持ちだから色んな物買い揃えてんだわ」
「おいおい、漁るな漁るな」
安藤が山田の家をあさる。
引き出しから、ボードゲームを一つ取り出した。
「じゃあボードゲームでもやんべ?」
「いいね~。由紀ちゃんもお菓子食べなね」
山田は新井にお菓子を寄越す。
「ちょっと裕也~、こっち向いてよ~」
「分かった分かった」
平田が山田の首元に熱いキスをする。
「……っ!?」
人前で平気でキスをする平田に、新井は目を見開いた。そして、平田の様子を気にしている人間は、誰もいない。
「じゃあボードゲーム、開始~!」
安藤がボードゲームを始めた。
「由紀ちゃんと夫婦になるぞ~!」
新井は山田の家で、仮初の楽しみを謳歌していた。




