第248話 飲み屋はお好きですか? 1
十八時になった。
『十八時になりました。生徒の皆さんは、帰宅してください』
帰宅を促す放送が流れる。
「朋美、放送流れてるけど……」
「も~、うるさいって由紀。行くから今から」
「放送ごときでビビりすぎ」
平田と、その取り巻きがカバンを手に取る。
「じゃあ行くっしょ?」
「「賛成――!」」
新井は平田の後をついて行った。
「てか由紀、今日私の彼氏に会うの初めて?」
「あ、うん初めてだけど」
「あ~ね。てか、由紀がいきなりカオフで連絡してきたときマジウケたし」
「分かる~」
けらけらと笑う。
「彩音は彼氏いるの?」
新井は平田の隣にいる女子生徒に話をかけた。釜井彩音。背が高く、平田と共に生活を送る女子生徒の一人。
「私は今はそういう気分じゃないから~」
「へ、へ~……貴子は?」
「別に」
取り巻きは冷たく答える。進藤貴子。共に、平田の周りにいる女子生徒。覇気がない言葉遣いで進藤は答えた。
新井が共に行動していることに不服そうな顔で歩く。
「てか朋美、なんで新井さん連れてきたの?」
「別にぃ~、ただの暇つぶし」
平田はスマホを見ながら、階段を下りる。
「あ、私の彼氏今車で待ってるから」
新井は目を細める。校門の前で、青い車が止まっていた。
「あれ?」
「あ~ね」
平田は満足そうに笑う。
新井たちは昇降口で靴に履き替え、校門に出た。
「おう、遅かったな、朋美」
車の前で待つ男は、平田の顔を見、手を上げた。
平田は男を見るや否や、
「もう裕也~!」
駆けだした。
突如として人の変わった平田に、新井は驚きの顔を隠せない。
「ごめんって裕也~、待たしちゃって~。怒らないでよぉ~」
男の腕にしがみついた平田は、男の胸を指で撫でる。
「えっと、後ろの子は……?」
「いつメンだけど?」
「いや、一番後ろの」
新井に水が向けられる。
「由紀ぃ、自己紹介~」
「あ、新井由紀です。初めまして」
「あぁ、山田裕也です、初めまして」
平田は助手席に乗り込んだ。
「え、もしかして朋美の友達?」
「えと……はい」
釜井、進藤の二人も車に乗り込む。
「もしかして駄目だった?」
平田が山田に上目遣いで聞く。
山田は一考し、
「大歓迎さ! ようこそ、由紀ちゃん」
「……はい」
山田はドアを開け、新井をエスコートする。新井は後ろの席に乗り込んだ。
「じゃあ出発しようか」
「裕也早くぅ~」
平田はなまめかしく動く。
「じゃあ出発~!」
山田はエンジンをかけ、走り出した。
「「きゃっほーー!」」
平田たちは上っ調子で盛り上がる。
新井もどこか、非日常感を感じながら揺られていた。高校生の自分が、見知らぬ男性の車に乗せられ、どこかに行っている。その非日常感に、胸を高鳴らせていた。
「裕也、今日はどこ行くの~」
「飲み屋飲み屋」
「え、私未成年です」
新井は後ろの席から、言う。
「あははは、分かってるよそんなこと。僕らも大学生なんだから、飲めない人もいるよ」
「大学生なんだ……」
大学生で車を運転しているという事実に、新井は一層非日常を感じる。
もう車を運転できるくらいの年齢なんだ、と、大人の階段を一歩上がった感覚を得る。
「大体制服なんだから飲めるわけないじゃん。分かるっしょ?」
平田が新井に振り向き、言う。
「あ、裕也飴いる~?」
「んぁ~」
山田は口を開けた。
平田は山田の口に飴を入れる。
山田は平田の指ごとくわえた。
「やん! ちょっと、裕也のエッチ~!」
「あはははははは」
山田は口の中でころころと飴玉を転がす。
「由紀ちゃんは飲み屋とか行ったことない感じなんだ?」
「え、あ、はい」
山田は新井に話しかける。
「朋美は……」
「私なんか何回も行ってるし。裕也が連れさるから仕方なく~」
「なんだよ、その言い方」
「「あははははははは!」」
車の中はにわかに騒がしくなる。
「彩音と貴子も……?」
「私らも何回も行ったことあるから」
進藤は答える。
「じゃあ由紀ちゃん、初めての飲み屋で緊張とかしてるんだ?」
「えと……はい」
「可愛い~」
山田はミラーごしに新井の顔を見る。
平田は不機嫌そうな顔で座っていた。
「由紀はまともな恋愛とかしてないからっしょ?」
「あははは」
新井は苦笑いで返す。
「もっと大人の男を選ばなきゃダメ。大体同い年の男とかガキくさくて見てられないでしょ。本当私らと精神年齢が合ってなさすぎっつぅか? 子供っぽさすぎて喋るのも嫌なんだよね」
「本当ガキだよね、同じクラスの男子」
「分かる~~」
平田たちは同級生の話で盛り上がる。
「特にあの赤石、マジきめぇわあいつ」
「あ~、よく話に出てくる」
山田は平田の話に乗る。
「いや、あいつ本当キモいから。ガキとかそういう次元じゃなく、ただただヤバい。てか、あんなやつ誰にも好かれてないっしょ?」
「一体どういう子なんだろうなぁ、その子」
平田の口ぶりから、山田に赤石の愚痴を普段からしていることを察する。
「いや、他にもキモい男滅茶苦茶いるから。あいつらガキだから喋る価値ないんだよね。それに引き換え裕也は車も持ってるし、本当大人。裕也くらいの精神年齢ないともう無理っていうか~」
「あはははは。それはなによりなにより」
山田はハンドルを回す。
「あ~、早く高校とか卒業したい。もうこんなガキだらけの学校嫌だもん」
「いやいや、朋美ほど可愛い女子高生いないでしょ? 朋美も女子高生ライフを満喫した方が良いよ」
「もう……!」
平田は山田の太ももを叩く。
「じゃあ飲み屋、行っちゃいましょう~!」
山田はアクセルを踏んだ。
「ちょっと! 飛ばしすぎ! 飛ばしすぎだってぇ!」
平田は口を大きく開け、笑っていた。
 




