第245話 病室はお好きですか? 4
赤石は病院の入り口まで戻ってきた。
「痛ぇ……」
赤石は血でぐちゃぐちゃになった口元を拭う。
「え?」
病院の受け付けに来た時、赤石に声がかけられる。
「赤石君!?」
水城が、来ていた。
「え、赤石君!? どうしたのその口!? 血だらけだよ!」
「階段で転んだ」
水城が赤石の口元にハンカチを当てようとするが、赤石は水城から距離を取る。
「駄目だよ赤石君! ケガしてるんだから動いちゃ駄目!」
水城はハンカチを濡らし、赤石の腕を掴み、口元に当てようとする。
「血が付く」
赤石は水城の腕を振り払う。
「病院なのにケガしてたら訳ないよ!」
「後でなんとかする」
「でも……」
「お前は何でここにいるんだ?」
赤石は強引に話を変える。
「えと、櫻井君から誘われてね、今日花波ちゃんのお見舞いに二人で来たんだ。ちょっと花波ちゃんと二人で話したいことがあるから、少ししてから来て、って櫻井君に言われてたから、今ジュースとか選んでたんだけど、赤石君も?」
「俺は一人で来たよ」
「そうなんだ。あ、じゃあ今から一緒に行く?」
「行かねぇ」
赤石は切った口の痛みを思い出す。
「じゃあ帰るの?」
「ああ」
「そっか。じゃあまたね、赤石君。口のケガ、絶対気を付けてよ!」
「ああ。またな」
赤石は病院を出た。
そして水城がカオフで言っていた言葉の意味を、理解した。
水城はカオフで、花波のお見舞いに行くことを反対していた。理由こそ真っ当なものだったが、反対した理由は、櫻井と二人で花波の病室に行きたかったからなのではないか。
花波の下に櫻井と二人で行くことで、今の自分の状況を見せつける。あるいは、その意思がなかったとしても、櫻井と二人で病室に行きたいがために反対したのではないか。
最も確執の出る可能性の高い花波との関係性を、ここで断ちたかったのではないか。
真実は分からない。だが、そう思えてならなかった。
「……」
赤石はそのまま、帰宅した。
「聡助様」
「あ、ああ……」
看護師から注意を受けた櫻井は暫く経ったあと、花波の下へと戻って来ていた。
「ごめん、裕奈。俺のせいで迷惑かけて……」
櫻井はがっくりとうなだれ、花波に謝罪する。
「聡助様のせいではありませんわ」
花波は櫻井の両手を握る。
「でも、どうして赤石さんにあんなこと……」
「あいつが、恭子を……」
櫻井は額を抑える。
「恭子……八谷さんですか?」
「あいつが、恭子を泣かせてんだよ。あいつ、白状しやがった……。やっぱり、あいつが恭子をいじめてたんだ……クソ、俺が気が付かなかったばっかりに」
「……」
櫻井は握った両手を額に当て、俯く。
「あいつのせいで恭子が苦しんでると思うと、いてもたってもいられなくて……。俺、恭子が苦しむ姿、もう見たくないんだよ……」
「聡助様は、お優しいんですね」
そっと、花波が櫻井の肩を抱き寄せる。
「あの、失礼します……」
水城が控えめに、病室へ入ってきた。
「あ」
花波が櫻井を抱き寄せている場面に出くわしてしまう。
「え、櫻井君、これ……」
「いや、これは、違うくて」
櫻井は花波の手をぱっと振りほどく。
「櫻井君、花波ちゃんと二人にして、ってこういうことだったの……?」
「ちが、違う違う! 俺たちはそういうのじゃないって。な?」
櫻井が花波に同意を求める。
「はい」
花波はにこやかに、水城に笑顔を向ける。
「聡助様がうなだれておりましたので、私が慰めてさしあげていたのですよ」
「そ、そうなんだ……。ごめんね櫻井君、なんだか私勘違いしちゃったみたいで」
「いや、俺も水城が心配になるようなことして……。俺が悪かったんだよ」
櫻井は、あはは、と苦笑する。
「ところで聡助様」
「ん、なんだ?」
「聡助様と水城さんはお付き合いされているとお伺いしているのですが、本当でしょうか?」
「え」
櫻井は水城と顔を合わせる。
「あ、ああ」
「うん」
ややあってから、二人は返事をする。
「…………そうですの」
花波は一瞬うつむき、
「お二人とも、おめでとうございます」
そして、二人に向かって、小さく拍手をした。
「お、おう……」
「うん……」
櫻井と水城の二人は照れ、お互いの顔を見る。
「私は聡助様のことをお慕い申しておりましたのに、まさか水城さんに奪われるとは思ってもいませんでしたわ」
よよよ、と花波は大仰に、指を目元に当てる。
「え、えっと……」
水城はバツが悪そうに、辺りを見渡す。
「ふふ、冗談ですわよ」
花波は満面の笑みで、水城に微笑んだ。
「私は聡助様が幸せになってもらえれば、それでいいのですわ。私でなくても、水城さんが聡助様とお付き合いされるのなら、私はそれでとても嬉しいですわ」
「う、うん……ありがとう、花波ちゃん」
「とんでもないですわ」
花波はう~ん、と伸びをする。
「でも!」
そして一本指を立てる。
「もしあなたが聡助様を不幸にしたり、聡助様のことを大事にしなかったら、ただじゃおきませんわよ」
「うん、もちろんだよ」
水城は優しく微笑む。
「その時は、私が聡助様を奪ってさしあげますからね!」
「望むところだよ!」
ふふ、と花波は笑う。
そして、う~ん、と伸びをした。
「あ~あ、私にもどこか、素敵な王子様が現れてくれませんかね~」
「ふふ」
「はは」
「うふふふふふ」
三人は、笑う。
「じゃあ裕奈が、飛び降りをしたのっていうのは」
「それは!」
櫻井の疑問に、花波が割って入る。
「最近寝つきが悪いから睡眠薬を飲んだのですわ。そしたらつい意識が混濁して、窓から落ちただけですの。全く、先生はどういう風にお伝えしているんですの!?」
「そうか、俺は裕奈が大丈夫で良かったよ……」
「皆さんは心配しすぎなのです!」
「あははははは」
花波は布団をかぶった。
「私はもう大丈夫ですから、お二人ももうお帰りになってよろしいですわよ」
「ああ、裕奈、安静にしてくれよな」
「もちろんですわ」
櫻井たちは花波と少しの間喋り、病室を後にした。
「…………」
花波は赤石の剥いたリンゴを、かじっていた。
「美味しいですわ…………」
窓の外を見ながら、リンゴを食べていた。




