第244話 病室はお好きですか? 3
「赤石……」
花波の隣で椅子に座りリンゴを剥いている赤石を、櫻井は見る。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「誰でも来て良いって言われてたからな」
「聡助様……」
赤石はデザートナイフをしまい、剥きかけのリンゴを皿の上に置いた。
「……」
櫻井は赤石を睨みつけ、赤石の対面から、花波の下へと赴いた。
「裕奈、大丈夫か?」
「はい、問題ございませんわ、聡助様」
花波は目を燦然ときらめかせ、櫻井を見る。
「裕奈、手首に包帯……もしかして……」
花波の手首を見た櫻井はぶつぶつと小声で言う。
赤石は席を立ち、帰ろうとした。
「おい、待てよ」
「……」
櫻井が赤石を呼び止める。
「お前だろ、こんなことにしたの」
「…………」
赤石は昏い目で櫻井を見る。
「何言ってんだ、お前」
「お前、まえ裕奈の手首掴んで、裕奈が痛がってたよな」
赤石が花波のリストカットを発見したとき、花波は叫んでいた。
「その時裕奈はこんなところに包帯なんかしてなかったよな。なのに今裕奈は手首に包帯をしてる。これ、お前がやったんじゃねぇのかよ」
「……まさか」
赤石は肩をそびやかし、鼻で笑う。
「じゃあこの手首の傷はなんだってんだよ」
「本人に聞けよ」
「お前がやってないならやってない、って言うよな」
「やってねぇよ」
「……」
赤石と櫻井の二人は互いに睨みを利かせる。
「聡助様、これは私自身の責任ですわ。ですから問題ありませんわ」
「そうなのか、良かった……」
櫻井は花波の両手を優しく包む。
赤石は改めて踵を返し、歩き始める。
「おい、終わってねぇよ、話は」
「あ?」
櫻井は赤石の方へつかつかと歩く。
そして赤石の目の前に来ると、
「おい!」
櫻井は赤石の胸ぐらをつかんだ。
病室にいた看護師が中腰になる。
赤石は片手を控えめに上げ、大きな問題でない意図を示す。
「裕奈の手首のことは違ったけどなぁ、最近恭子の様子がおかしいんだよ。前まであんなに明るく話して、楽しそうにしてたんだよ、恭子はよ。でも突然喋らなくなったんだよ。俺が話しかけても全然反応しねぇんだよ。あんなに悲しい顔した恭子は初めて見た。お前の話を振ると泣きそうな顔で笑うんだよ。お前のせいだろ」
「さあ?」
赤石は再び鼻で嗤う。
「お前のせいで恭子が苦しんでんだろ? お前のせいで恭子が悲しんでんだろ? なあ」
「だったら、どうする?」
「…………」
櫻井は赤石を睨み、
「……っ!」
全力で、赤石の左頬を殴打した。
「きゃああああぁぁぁぁっ!」
看護師が悲鳴を上げる。
赤石は櫻井の膂力で振り抜かれた殴打をもろに喰らい、後方に飛ばされ、壁にぶつかった。たたらを踏んだ衝撃で口を切り、血が流れる。
「立てよ、お前よ」
「……」
赤石は立つ。
「お前がやったんだろ。お前のせいで恭子が泣いてんだろ、なあ?」
「そうだよ、俺のせいだよ。俺があいつを悲しませるようなことを言って、あいつが苦しむようなことをやったんだよ。全部俺がやったんだよ」
「このクズが!」
櫻井は再び赤石の左頬を殴り、倒れた赤石に馬乗りになる。
「誰かっ! 誰か!」
老人ばかりで構成された病室に看護師の悲鳴だけが大きく響く。
「手前のせいで! 恭子が! どれだけ傷ついてるのか分かんねぇのか!? お前のせいで恭子がどんな思いをしてんのか考えたことはねぇのかよ! お前なんかが……お前なんかがいたせいで恭子は……恭子は……!」
「……っ!」
櫻井は赤石を殴り続ける。赤石は櫻井の暴力を両手で必死に庇う。
「俺はお前に言ったよなぁ! 恭子を泣かせるなって言ったはずだよなぁ! なのに! お前は! 恭子を泣かせて、あんなことにして、何笑ってんだよ! 恭子を! 恭子を返せよ!」
「何してるんですか!?」
妙齢の看護師が複数名二人の下に殺到し、櫻井を引きはがす。
「俺はずっとこうなるんじゃねぇかって思ってたんだよ! 二度と恭子に近づくなって言ったはずだろうが! ふざけんなよ! 恭子を泣かすんじゃねぇよ! 恭子は! 恭子は俺たちの仲間なんだよ! 誰に傷つけられてもいいわけじゃねぇ! 誰かが恭子を傷つけて良いわけねぇんだよ! あいつは俺たちの仲間なんだよ! 俺は絶対にお前を許さねぇ! 絶対に、絶対に許さねぇ! 恭子を傷つけたことを、絶対に許さねぇ!」
「止めてください! 病室ですよ! 他の患者さんにお怪我があったらどうするんですか!?」
看護師が必死で櫻井を引きはがし、赤石はなんとか上体だけ起き上がる。
「俺は絶対に皆を守る! 手前みたなクズから絶対に皆を守る! 裕奈もお前のせいでこうなったんだろ! お前が全部台無しにしてんだよ! 他人の人生に、恭子の人生に二度と係わるんじゃねぇよ!」
櫻井は看護師から押さえつけられていながらも、暴れる。
「俺は絶対に皆を守る! てめぇみてぇなクズがいるから恭子が、裕奈が悲しむんだよ! 俺はもう皆の悲しむ顔なんてみたくねぇんだよ! 皆が泣いて悲しむような未来は、絶対に俺が許さねぇ!」
赤石は口を切り、血だらけになった口元を拭いながら、立った。
「ゲームオーーバぁ~」
赤石は上から押さえつけられている櫻井を見下ろし、血だらけの口をゆがめながら、笑う。
「てめぇ! ふざけんじゃねぇ!」
「あははは、あはははははははは」
「ちょっと! あなたも! 待ってください! 誰か!」
赤石を追いかけるよう看護師が言うが、櫻井を押さえつけることで手いっぱいだったため、誰も動けない。
赤石は櫻井に背後を見せたまま手をぷらぷらと振り、病室を出て行った。
「恭子に二度と近づくんじゃねぇ!」
櫻井は赤石に、そう言った。




