第27話 尾行はお好きですか? 4
赤石は満足気な顔をして、映画館から出て来た。
基本的に映画館に赴かない赤石は、数年ぶりに大スクリーンで上映される映画を目にして、少しばかり興奮した。
ふと八谷を見てみると、あらぬ方向を見ていた。
そこで、櫻井を尾行しに来ているんだ、と意識を覚醒させる。
意識を覚醒させ、様々なことを勘案した。
櫻井がホラー映画を選んだ理由について、脳内で考えることが出来た。
ラブコメの主人公がデートをするときは、ホラー映画が多い。
ホラー映画が苦手な女性が多く、映画を見た後暫くの間は怖さから男に身体を預ける。
いや…………。
それすらも、怪しい。
ホラー映画を見た後、女が怖くなり男にすり寄るのではない。
ホラー映画を見て怖がる素振りを見せることで、男に身体を寄せるための免罪符が作れる。
そして、ホラー映画を見て怖がっている自分が女の子然として可愛い、というアピールをすることも出来る。
「…………考えすぎか」
さすがに勘繰りすぎか、と思考を中断する。
常にそんな深層心理まで考えていては身が持たない、と赤石は我に返った。
櫻井がホラー映画を選んだことも、水城がホラー映画を見ることを了承したことも、全て考えすぎだ。
今水城が櫻井に身を寄せて歩いていることも、何か物音がするたびに櫻井を抱きしめていることも、全ては何の裏もない行動だ。
本当に……本当にそうなのか。
デートとしてホラー映画を見に行くのはいささか選択に無理があるのではないか。
どう考えても、その後に支障が出かねない映画をデートの途中に挟むのはおかしくないのか。
それを水城が了承することも、おかしくないのか。
全てが、自分の想像した通りじゃないのか。
櫻井は下心から水城をホラー映画に誘い、水城もその櫻井の下心を見透かしたうえでその提案に乗った。
現に、櫻井の目論見は成功し、櫻井の体にべたべたと水城がくっついている。
そういうことじゃないのか……。
「………………」
「ホラー映画怖かったからしおりんあんなにくっついてるわね……羨ましい」
隣で、自分の予想とは全く乖離した八谷の心中が述べられた。
純真無垢で疑うことを知らない八谷を羨ましく思うと共に、その心の中に昏い感情がないといけないのではないだろうか、と相反する感情を持つ。
「行くわよ」
「分かった」
赤石はなにも判然としないまま、櫻井たちの後をつけた。
「…………何しに来たのかしら、聡助は」
「何かキーホルダーを買ってるな」
櫻井と水城は映画を見終わった後、映画館を有する大型のショッピングモールの中で、買い物をしていた。
赤石と八谷は、櫻井たちを遠くから眺める。
「何言ってるか全然聞こえないわね……」
距離が離れすぎていることと、客足が多くショッピングモール内が騒がしいことで、櫻井と水城が何を話しているかは聞こえない。
櫻井は店内に陳列してあったヘアピンを取り、水城の髪に近づけた。
「あぁ……聡助がしおりんにヘアピンを近づけて……」
「これ、水城に似合いそうじゃないか?」
「…………何?」
櫻井を見ていた赤石は、不意に呟いた。
突如喋り出した赤石を、八谷は睨みつける。
「聞こえるの?」
「いや、読唇術と後は勘だ」
赤石は、読唇術が使えた。それも、至って低レベルの。
「あんた読唇術使えるの⁉ 凄いじゃない!」
「いや……俺が分かるのは母音だけだ。後はその場の状況とその人らしさからなんとなく文意を判断してる。だから合ってるかどうかは分からない。お前もすぐ出来るぞ」
女を褒めそやし、誤解されそうな行動をとることにおいては他者の追随を全く許さない櫻井に対してだからこそ、出来たことだった。
櫻井や、その内心が透けて見える人間でなければ使えない程度の読唇術が、使えた。
正確には口の動きはただのサポートであり、櫻井ならこの動きをしたならばこう言っているだろう、という赤石の推測によるものだった。
読心術だった。
八谷は言われるがまま、櫻井を注視する。
水城は櫻井からヘアピンを受け取り、髪につけた。
「おぉ、うおい……あっえ!」
所々抜け落ちてはいるものの、八谷は櫻井の口の動きから母音を抜き出した。
赤石は情報を補完するように、櫻井が言ったであろうことを口にする。
「おぉ、凄い似合ってるぜ!」
「似合ってるって……浮気者よ、聡助は!」
櫻井なら、そういうだろう。むしろ、口の動きを見なくとも分かる。
櫻井は水城からヘアピンを受け取り、軽く掲げて小首をかしげた。
「いぉう……おし、あえ……おあ?」
「今日は手伝ってもらったし、買ってやろうか?」
「プレゼントじゃない⁉ やっぱりデートなんじゃ……」
水城にプレゼント、という言い訳を作ってヘアピンを贈呈する。
それはつぶさに、「水城は俺のもの」という支配心によるものではないか。
形に残るプレゼントをすることで、水城を手中にするかのように、感じられた。
一見して派手なそのヘアピンを水城がつければ、そのヘアピンを「可愛い」という輩が生まれる。そこで、櫻井の話に展開される。
全てが全て、仕組まれたことなのではないのか。
櫻井はそのままヘアピンを買い、店を出た。
「あんたの読唇術の読み取りが本当ならちょっと嫌ね……」
苦虫を噛み潰したような顔のまま、八谷は櫻井と水城とを注視した。
「櫻井の言う事は分かりやすいからな。普通の雑談は何を言っているか分からないが、さっき言ってたことは大体あってるんじゃないか。それに、現にヘアピンを買ったしな」
「聡助が自分でつけるとかじゃ…………」
「本気で思ってるなら俺はそれでもいいけどな」
「…………」
背筋にびっしょりと汗をかきながら、八谷は額の汗をぬぐった。
現実から目を逸らすな、と言外に赤石に諭され、八谷は自身の現実逃避を恥じた。
八谷は半眼で、赤石を瞥見した。
「櫻井たちが出たぞ」
「そうね……つけましょう」
赤石と八谷は、外に出る櫻井たちを追った。
日が沈み辺りも暗くなり、櫻井たちは平凡な街並みを歩いていた。
赤石と八谷は路地裏に身を潜め、バレないように尾行する。
路地裏から見えるビルの近くで、櫻井が急に立ち止まり、それにつられる形で水城も立ち止まった。
櫻井は先程貰った紙袋に手を突っ込み、ヘアピンを取り出し、水城の髪を優しく触りながら、つけた。
「ぐ…………」
八谷は苦悶の声を漏らす。
櫻井は一歩後退し、両の手で写真を撮るかのように、四角く囲み、水城をその中にとらえた。
一歩水城に近寄り、さわやかに笑う。
赤石は櫻井の口元を見て、翻訳した。
「水城、可愛いぜ!」
「私だって見たら分かったわよ!」
苛立ちを含んだ声で、八谷は怒鳴った。
読唇術を駆使し櫻井の発言を繰り返すが、口の動きを見なくとも櫻井が何を言ったかを分かるような状況であり、一々翻訳する赤石に八谷は怒鳴る。
「聡助……随分楽しそうじゃない……!」
八谷は拳を握りしめ、わなわなと震えた。




