閑話 グランピングはお好きですか? 6
「じゃあそろそろ帰ろっか」
「そうだね」
遊び疲れた船頭たちは、車座になって雑談をしていた。
バス停へと向かう。
「楽しかったね、今日」
「ありがとうね、船頭さん」
「あはは、どってことないない」
船頭は笑って手を振る。
やって来たバスに乗車する。
赤石たちは行きと同じ席で帰ることにした。
「……」
「……」
「……」
『ドアが閉まります』
運転手の言葉が、静かなバスの中にこだまする。
「……」
「……」
「……」
赤石たちは喋らず、そこにいた。
後ろを振り向くと上麦と暮石がお互いに体重を預け、すやすやと寝ていた。
前の席の高梨は本を読み、三千路もまたすやすやと眠り、高梨に全体重を預け、膝枕されていた。
須田は腕を組んで目をつぶり、赤石は外の景色を見ていた。
「悠人」
「……」
隣の席から、船頭が赤石に小声で声をかける。
「皆寝ちゃってるね」
「いっぱい遊んだからだろうな」
「安月ちゃんも寝ちゃった」
船頭の隣で眠る安月は、バスが揺れるたびに窓に頭をぶつけていた。
「夏休みの絵日記がはかどりそうだな」
「絵日記なんて課題になかったな~、私は」
「俺もだよ」
「じゃあ意味ないじゃん」
くふふ、と船頭は口元に手を当て、笑う。
「お菓子……」
上麦が後方の席から寝言を漏らす。
「白波ちゃんってこんな子だったんだね」
「そうだな」
「ちょっと意外って感じ」
「そうだな」
須田は身じろぎ一つせず、目をつぶっている。
「須田ちって寝てんの?」
「いや、全然」
「起きてるのかよ!」
「ただ、もう目を使うことすら疲れてしまった……」
「おつかれっす」
起きてたのかよ、と赤石は須田を見る。
赤石たちはバスに揺られ、駅へ着いた。
「じゃあ皆降りるよ~」
船頭が暮石たちを揺さぶり、起こす。
「いつまで寝てるのよあなた、早く起きなさい」
「うぇ、たこ焼き?」
「人の胸をたこ焼き呼ばわりしないで」
「もう夜?」
「何を言ってるのよ、あなた」
三千路はよだれを拭き、起き上がった。
「あ、悠と統こんな所で何を?」
「筋トレだ」
「バドミントン?」
「はあ?」
三千路は寝ぼけ眼で言う。
「あ、寝てた?」
「ああ。早く出ないと閉まるぞ」
「お金お金……」
三千路は財布を探す。
「これ使っとけ」
「あ、サンキュー」
赤石は運賃代を三千路に渡した。
三千路は赤石からもらった運賃を入れ、バスから降車した。
「じゃあ皆、今日は来てくれてありがとう! 楽しい一日だった!」
「私も~」
「へへへ」
上麦は暮石に手を引かれ、眠りながら笑っている。
「ビンタしていいか?」
「駄目だよ赤石君!」
「ビンタしたら起きるかもしれない」
「起きるより多くの物を失ってるよ!」
暮石が上麦を抱きしめる。
赤石は上麦の身長に合わせ、かがんだ。
「上麦、ビンタして良いか?」
「うへへ」
上麦は笑い、こくりと頷く。
「いいらしい」
「良いわけないから! 白波は私が守る!」
「冗談だ」
赤石は再び元の位置に戻った。
「も~、赤石君はバイオレンスだな~」
「そうだな」
「ビンタするならせめて起きてる人にしてよね」
赤石は三千路を見る。
「白波ちゃんは私が守る! ビンタするなら私にしろ!」
三千路は暮石をかばう。
「お前よく俺に暴力ふるってくるだろ」
「女の子のはご褒美だからいいの」
「そうか」
「もう、悠なんでもかんでもそうか、で話終わらせようとしないでよ!」
「いた!」
三千路は赤石の脛を蹴る。
「これもご褒美なのら」
「そうですか」
三千路は得意げに胸を張る。
じゃあ皆~、と船頭が赤石たちを集めた。
「もうすぐ夏休みも終わると思うけど、皆で頑張っていきましょう!」
「はーい」
「じゃあ、解散!」
「おつかれ~」
それぞれが三々五々、帰り道につく。
「じゃあ俺たちも帰るか」
「だね」
「ああ」
赤石、須田、三千路は歩き出した。
「帰り悠の家寄っていい?」
「ああ」
「あ、じゃあ俺も」
「ああ」
「いい」
「うう」
「うるさい」
三千路と須田を睨む。
「おーこわ」
「かーこわ」
「いつまで続けるんだよ」
「私も行っていい?」
「ああ……」
赤石は後方を見た。
「やっぴー」
船頭が片手を上げる。
「帰れよ」
「ちょっと悠人と話そうと思ったけどどうしようかな、って」
「帰れよ」
「まあ前も悠人の家行ったしこういうのもいいかなって」
「帰れよ」
「帰れよコールなんだし!」
船頭がだんだんと地団駄を踏む。
「まあまあ、いいじゃないの」
「いいよ、私が許す」
「お前が許しても、だろ」
はあ、と赤石はため息を吐いた。
赤石の部屋へたどり着いた各々は好きなことをしていた。
須田は今回のバーベキューで個人的に購入したお菓子のおまけを手に取った。
お菓子のおまけで赤石の部屋に建てられたジオラマを改造する。
三千路は床に寝そべり、本棚から無造作に取った漫画を読んでいた。
赤石は参考書を読み、船頭は赤石たちの様子を見ていた。
「皆っていつもこんな感じ?」
「まあ、大体」
「船頭ちゃんこれ次の巻取って~」
「え、あ、まあいいけど」
船頭は三千路から漫画を受け取り、次の巻を渡した。
「なんか新鮮味あるね」
「俺らはないよ」
「そっか」
船頭は赤石の隣で参考書を見ていた。
数時間赤石の部屋にたむろした須田たちは分かれ、帰宅の道についた。
須田と三千路は二人で家に帰り、船頭は駅に帰る。
「暗くなったね~」
「そうだな」
「うん」
赤石は再び船頭を見送る。
「今日は楽しかった?」
「ああ、ありがとう、今日は」
「いいよいいよ」
「言わせたみたいなもんだもんな」
「さいてー」
船頭は自転車の前輪を蹴る。
「赤石」
「……?」
赤石は小首をかしげる。
「船頭」
「赤石」
「何」
赤石は眉根を寄せる。
「赤石って呼んだことなかったね」
「だから」
「だから何ってわけでもないけど……」
「そうか」
気まずい沈黙が流れる。
「悠人」
「何」
「呼んだだけ」
「そうか」
赤石は前を向く。
「何言っても悠人の反応ってつまんない」
「つまんない人間だからな」
「だって返答適当なんだもん」
「じゃあ何言えばいいんだよ」
「なんかさー、もっとこう、情報を付加して喋って欲しいんだよね」
「そうか」
「それ」
「そうか。俺はそう思わなかったな」
「ん~……」
船頭は顎をさする。
「あ~、もう駅ついちゃったじゃん」
「別にいいだろ」
「ん」
船頭はぴょん、とジャンプする。
「じゃあ悠人、またね」
「ああ。気をつけろよ」
「タクシー乗るから大丈夫」
「大変だな」
「ううん、仕方ないから、危ないし。悠人も気を付けてね」
「ああ」
「悠人嫌いな人に殺されたりしないでね」
「微妙にあり得そうなことを言わないでくれ」
ふ、と赤石は苦笑する。
「ばいばいっ」
「ああ」
赤石と船頭は別れた。
夏が、終わった。




