閑話 グランピングはお好きですか? 5
「はあ……」
調理器具を片付け、コテージに返した赤石たちは森の中を散策していた。
「疲れた……」
「ああ」
上麦、赤石は二人ため息を吐く。
「へいへい、頑張れ頑張れ! この先にきっと君たちの未来があるさ!」
「トレーニングジムの人みたいな励まし方止めろ」
手を叩いて軽やかに歩く須田に、発破をかけられる。
「ふう……」
森の中を歩くこと数分、開けた土地に来た。
「ここは……」
森の奥。
赤石たちは眼下の景色に、目を奪われた。
「すごいな……」
赤石は一息つく。
「綺麗」
「ああ」
赤石と上麦は言葉を漏らす。
「上ってきた甲斐あったなぁ」
「お前はそんなに苦しそうじゃないだろ」
「運動不足だぜ、悠?」
「全く」
赤石は水を口に含んだ。
「赤石、私も」
「はい」
赤石はリュックから新しい水を上麦に差しだす。
「さすが、悠は準備が良い」
「こいつがいるって聞いてからなんとなく予想できたよ、こういう展開は」
「あ、じゃあ私にもちょうだい」
「……」
船頭が赤石に手を伸ばす。
「はい」
赤石はリュックから新しい水を手渡した。
「何本持ってんの?」
「これで最後だ」
「あ、じゃあ悠私も」
三千路が赤石のリュックを開け、中を探る。
「はい」
赤石は持っていたペットボトルを手渡す。
「やだよ悠の飲みさし」
「死ね」
「白波ちゃん、私も水~!」
「変態!」
三千路は上麦に抱きつき、水を奪い取った。
躊躇なく水を飲み始める。
「あいつは一度捕まった方が良いな」
「まあまあ」
須田が赤石をなだめる。
「それにしても綺麗だなあ」
眼下には海が、見えていた。
「結構バスで揺られてたからだろうな」
「赤石君も帰巣本能が働いたのね」
「誰が魚だ」
高梨もまた、息一つ切れずに、凛とした佇まいでいた。
「赤石君、写真いい?」
「並べ」
「いや、赤石君を撮るんだよ」
「勝手にしてくれ」
暮石は赤石、須田、高梨を撮った。
「仲良いね、三人とも」
暮石はスマホから目を離し、言う。
「止めてよ、同じ生き物だと思われるでしょ」
「魚じゃねぇよ」
「死んだ魚みたいな目してるじゃない」
「そこは否定できない」
船頭が赤石の下にやって来る。
「悠人、お水ありがと」
「ああ」
「私の飲みさし入れとくから家で堪能してね」
「死ね。捨てる」
「ちょっと、言葉汚い」
船頭が赤石の頭を小突く。
「痛い」
「悠人が悪いよ」
「お前も大概言葉遣い汚いだろ」
「私最近綺麗な言葉遣い心がけてるから」
「道理で」
船頭の口調がいつもより丁寧だな、と赤石は思っていた。
「私もお嬢様キャラになるから」
「だってさ、高梨」
「いつから私がお嬢様キャラになったのよ」
「深窓のご令嬢だろ」
「あなたは深層の魚でしょ」
「深海魚じゃねぇよ。いつまで魚ネタ引っ張って来るんだよ」
ふふふ、と高梨が口元に手を当て、笑う。
「リュウグウノツカイって名前格好良いよな」
「お前だけ話ずれてんだよ」
須田はぽん、と膝を打つ。
「日本昔話とかで出てきそうだよな」
「名前だけだろ」
「リュウグウノツカイってなに?」
船頭が小首をかしげる。
「俺のあだ名だよ」
「へ~」
「嘘よ、地上ではほとんど生きられないとされてる、すごい大きな神秘的な深海魚よ。あなたなに騙されてるのよ」
船頭の首肯に、高梨が危機感を持つ。
「そうなんだ~」
「全然興味持ってないだろ。家帰って調べてみろ。すごい神秘的だから」
「ほとんど未確認生物に近いわね」
「ちょっと二人で盛り上がっててずるい」
船頭が頬を膨らませる。
「皆、そろそろ帰る?」
暮石が振り返った。
「うん、もう片付けもしたし、そろそろ帰ろっかな」
「じゃあ帰るとき、海寄ってかない?」
「「「賛成!」」」
赤石たちは海に寄ることにした。
船頭を先頭にして、赤石たちは海にたどり着いた。
コンクリートで舗装された海辺に、赤石たちがたむろする。
「好きだーーーーーーーーー!」
須田が海に向かって叫んだ。
「考えなしに叫ぶなよ」
「コンクリートジャングルーーーーーーー!」
「都会な」
赤石は半眼で須田を見る。
「カップラーメンが、好きだーーーーーーー!」
「カップラーメンかよ」
赤石は海に対峙する須田を放置し、座りこんだ。
「じゃあ皆、フリスビーとかしない?」
「あ、いいね~」
暮石と船頭がフリスビーを始める。
「何を持って来てんだあいつは」
「こういうこともあろうかと思ったんでしょう」
赤石の隣に座る高梨が船頭を見る。
「それにしても船頭さんのリーダーシップ、中々良かったわね」
「すごい準備したんだろうな」
船頭主催のグランピングは、大成功に進んでいる。
赤石の背後でガサゴソと音がした。
「おい」
赤石のリュックを開け、上麦がお菓子を奪取する。
「おい」
「ん」
上麦はポテトチップスを赤石に手渡した。
「自分で開けろよ」
「ダメだった」
「ちび助が」
赤石はポテトチップスを開けた。
「白波ちび助違う」
上麦はポテトチップスを頬張る。
「ちび助でもいいだろ」
「赤石君は小さい女の子に興奮するのよ」
「何がだよ」
「どこ見てるのよ!」
高梨は赤石をビンタした。
「い、いた、いてぇ!」
「嘘つきなさいよ。軽く当てたつもりよ」
「高梨最低」
「なんでよ」
上麦がポテトチップスを頬張りながら、言う。
「あなた食べ物さえもらえれば誰の味方でもするのね」
「そんなことない。人による」
「ふっ」
赤石は高梨を嘲笑した。
「何をあなたごときが私にそんな目を向けてきてるのよ。立場を考えなさいよ、この無能」
「はいはい」
赤石はフリスビーをする暮石、船頭、須田を見る。
「高梨怖い」
「失礼ね、私はずっとこうだったでしょ」
「赤石優しい」
「どうしてこんな歩く食糧庫みたいな男が白波に持たれてるのよ」
「人望の差だな」
「だとしたらあなたはきっと最底辺よ」
上麦は赤石の隣に座った。
「お前はよく食うな」
「歩いた。お腹減った」
「そうですか」
「そうっスね~」
「……」
背後から、安月が上麦の隣にやって来る。
「赤石パイセン、こんなに可愛い女の子に囲まれて羨ましいっスね」
「統貴もだろ」
「統貴先輩は身の丈にあってますけど、赤石パイセンは身の丈に合ってないっスよ」
「なるほど」
赤石は納得した。
「納得しないでくださいよ。私が悪者みたいじゃないですか」
「すみませんでした」
「ちょっと、謝らないでくださいって!」
「そうか」
「ちゃんと感情こもってます?」
「そうだな」
「てきとー」
須田がフリスビーを飛ばしすぎ、暮石が取りに行く。
「そういえば鳥飼はどうした」
「あかね、赤石いるからいかないって言ってた」
「あいつ……」
赤石はため息を吐く。
「なんで俺はあいつにそんなに嫌われてんだ」
「白波も分からない」
上麦はポテトチップスの最後を、口に流し込む。
「俺といてお前は鳥飼に嫌われたりしないのか」
「ん~……」
上麦は小首をかしげる。
「分かんない」
「だろうな」
上麦は再び赤石のリュックをあさる。
「赤石パイセン、嫌われてんスか?」
「お前もそうだろ」
「レモンパイセンも赤石パイセンのこと嫌ってましたもんね」
「なんでなんだろうな。何も悪いことしてないのに」
「そういうすかした態度が嫌われる要因なんでしょ」
「そんなことを言ってもこれが素なんだから仕方ないだろ」
船頭がフリスビーを取りに赤石の近くまで来た。
「悠人明るい感じも出来るよね、私と会った時そうしてたし」
「ああ」
船頭は再びフリスビーに戻る。
「どういうことスか?」
「あいつと初めて会った時、そういうキャラを演じて行ってたんだよ」
赤石は事のあらましを伝える。
「そ、そんなことがあったんスか……。道理で、他校のパイセンが赤石パイセンと交流を持ってるのが凄い不思議だって思ってたんスよ」
「どうも船頭には演技してた方が印象は良かったみたいだがな」
「じゃあずっと演技してればいいじゃないスか」
「それはしんどいだろ。俺も、相手も」
赤石は手元の小石を拾い、投げる。
「結局、自分も相手も、無理して相手に合わせようとしたって最後には上手くいかなくなるだろ。相手のためを思って、相手と交際するためだけに甘い言葉を吐いて、手伝って、相手が気持ちよくなるような言葉だけを吐いて、そんなの違うだろ」
「……」
「死ぬまでそれをやり切れればもうそれでいいさ。でも大概は違うだろ。今の離婚率知ってるか、安月」
「四〇パーセント……くらいだった気がします」
「そうだよ。大体四〇パーセントの人間が離婚してるんだよ。なんでそんなに離婚するか分かるか?」
「さっき言ってたことスか?」
「きっとそうなんだろうよ。相手に合わせて、交際するためだけに甘い言葉を吐いて、相手の希望に合わせて演技して、結局相手も自分のことを分からずに結婚する。騙して騙されて、疑って疑われて、そんなパートナーって必要か? そんな関係性は正しいのか? 俺はそうは思えない。相手には正しく自分を見せることが、俺の考える正しい人間関係なんだよ。演技して相手に好かれたってどうせ崩壊する人間関係なら、最初から素でいたほうがよっぽどましだよ。相手と交際するためだけに善人を気取って、結局離婚する。そんな馬鹿な事あるか? だから俺は俺を偽らないし、ちゃんと人と人で接したいと思う人間に演技はしない。それが俺の考える美学なんだよ」
「……へ~」
上麦はお菓子を頬張りながら。高梨は赤石を見て、安月は地面に文字を書きながら、赤石の話を聞いていた。
「でもそういう考えが上手くいくかどうかなんて結局分からないスよね」
「そうだな」
「それに相手に対して素でいられないと気に入ってもらえないのも当たり前ですよね」
「そうだな」
「じゃあ私も、相手には自分の事実を、思ってることを見せた方が良いと思いますか?」
安月は真剣な顔で赤石に目を見る。
「もし自分がしんどくなって、相手に自分のことを分かってもらえない、と嘆くなら、俺はそうした方が良いと思う。自分の思ってることを、伝えたいことを、相手にきちんとぶつけることが正しいと、俺はそう思う」
「…………」
安月はそうっスか、と言葉を漏らした。
「パイセンって、結構厄介な性格してますね」
「……そうかもな」
「そうよ……あなたは」
赤石たちはフリスビーを見ていた。




