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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第1章 ラブコメ ヒロイン活動編
27/594

第26話 尾行はお好きですか? 3

8月31日(木)映画のタイトルを変えました。



 赤石は八谷に対して少しずつ、少しずつ砕けた行動をとるようになった。


 須田に対する感情のようなものが、少し、八谷に対しても芽生えていた。


 八谷を、気の置けない相手として認識するようになってきていた。


「ちょっとあんた、この一リットルの牛乳どうしたらいいのよ…………」

「飲めよ。育つぞ」

「育つってどこがよ!」

「下衆な勘繰りは止めてくれ。身長だ。いいだろ、お前は山出しの芋臭い田舎娘って設定なんだから。牛乳とジャムパンはよく合うだろ」

「あんた田舎育ちのことを芋臭いっていうの止めなさいよ! 怒られるわよ!」

「まぁ俺も都市部で育ったわけじゃないから芋臭い男ってことになるがな」

「これが……?」


 半眼で、赤石を見る。

 終着点の見えない会話を止め、赤石は自分の食料を取り出した。


「早く食べた方が良いぞ。櫻井たちが出てくる」

「あんたそれ……」


 八谷は、赤石の食料を見た。

 赤石の食料は、野菜ジュースと栄養機能食品だった。


「あんた赤石らしさが半端じゃないわよ、それ。食材に対してもそんな合理的な選び方してるのね」


 八谷は少し呆れたような顔で、赤石の食料を見る。

 理知的をモットーに掲げている自分の性格を多少は理解しているんだな、と少し驚いた心持ちで赤石は八谷を見る。


「もうこの際そっちでいいわ。交換しなさい」

「はぁ……話が進まなそうだから別にそっちでもいいけど。でもさ、お前ベンチで一リットルの牛乳飲んでジャムパン食ってるような男見たことあるか?」

「あんたのせいじゃない!」


 こうして、八谷の憤慨で、赤石と八谷とのやり取りは幕を閉じた。






 赤石は、一リットルの牛乳を飲み干した。


「素直に凄いわね」

「どうも」


 赤石はゴミ箱にゴミを捨て、再度櫻井と水城の様子を観察しだした。


 櫻井が店内にいるということもあり、先程とは違い声は聞こえてこない。


「何を話してるか、気になるわね……」


 八谷は冷や汗をかきながら、二人を見続ける。

 だが、この時赤石はおおよその事情を推測していた。


 まず、櫻井が水城をデートに誘ったという仮定。

 これは、櫻井のハーレムを作りたいという欲望から考えて、あり得ない。


 故に、何かしら水城をデートに誘う口実が必要となる。


 赤石は八谷を見た。


「お前、櫻井に妹がいるって聞いたことあるか?」

「え…………あ、あるけどそれが何よ」


 ビンゴだな。

 赤石は自らの仮説が正しいと、ここで確信した。


「お前櫻井の妹の誕生日知ってるか?」

「え……知らないわよ」

「じゃあ、水城は櫻井の幼馴染か何かか?」

「そういえば、聡助はしおりんが幼馴染だって言ってたような……」


 確定した。

 櫻井は、妹の誕生日プレゼントを選ぶことを水城にも手伝って欲しいと、そう言ったはずだ。赤石は自身の思考が間違っていないと確信する。


 演技の練習、などといった免罪符の役目しか果たしていなさそうな理由も考えられたが、今回に至っては演技の練習を行う理由も見あたらない。

 彼氏のフリ、という選択肢もラブコメの王道から考えられたが、彼氏のフリをする必然性もなさそうに見えた。


 ラブコメの主人公にとって、妹という存在は必要不可欠だ。ラブコメの主人公は総じて殆どが妹を愛し、妹もまた兄を愛していることが多い。

 ラブコメの王道を外さない櫻井から考えて、幼馴染で妹のことを知っている水城に、妹への誕生日プレゼントを選ぶ手伝いをしてくれ、と、そう言ったのだろう。

 そういう口実を、免罪符を、言い訳を、したんだろう。

 

 赤石は脳内で結論を出した。


「櫻井は多分、妹の誕生日プレゼントを決めるのを手伝ってもらうために水城に来てもらったんだろうな」

「……? なんで分かるのよ」


 八谷は、きょとんとした顔をする。

 相も変わらず愚鈍な思考だな、と呆れる。

 だが、ここで「お前らはラブコメの主人公とその取り巻きみたいだからな」とは言えなかった。


 余りにも皮肉が、すぎていた。取り巻きの中に櫻井の思い人がいるという事、取り巻きが全員櫻井のことを好いているということを暗に臭わせれば、櫻井たちは総じて自分を憎むことになるだろう。

 折角ハーレムが展開出来ていたのに。

 折角取り巻き達で楽しくやっていたのに、全員に対して恋愛的な敵愾心を持たされた。


 そう考えられても、おかしくはなかった。


 故に、赤石は黙る。


「勘と俺の洞察力だな」


 そう誤魔化した。


「そう……まぁ、このままつけてたらそのうち分かるわよね。……あ」


 楽しそうに話していた櫻井と水城とが、席を立った。


「つけるわよ!」


 赤石と八谷も立ち上がり、後をつけた。









「映画館ね……」

「本格的にデートっぽくなってきたな……」


 赤石と八谷は、映画館にやって来た。

 

「どうする? 櫻井がどの映画を見るか分からなくないか?」

「待ちなさい」


 八谷は無言でスマホを取り出し、『ツウィーク』を起動した。

 櫻井のアカウントに飛び、投稿を遡る。


「えっと…………ホラー映画を見るらしいわ。『狂気の白羽』ってやつを見るらしいわよ」

「それも投稿されてるのか?」

「そうよ!」

「そうか…………」


 あまりにも、出来すぎた展開だ。

 

 まるで、櫻井のことをつけている人間のために投稿されているかのように、親切すぎる。


「あ、しおりんも同じ映画観るって投稿してるわ。間違いないわね」


 例によって、水城も投稿していた。


「………………」


 無言で、赤石は首肯する。

 もう何も、考えたくはなかった。

 赤石は一時、思考を放棄した。


 赤石と八谷とは櫻井に見つからないよう、同じ映画を見ることになった。









「「「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 映画館の中で、観客たちによる大絶叫が轟いていた。


 赤石と八谷から見て遠くの斜向かいにいる水城は、隣にいる櫻井の肩に寄り添い、櫻井は水城の肩を抱いていた。

 赤石は――


「おおおお…………」


 映画の内容に、圧倒されていた。


 八谷はホラー映画をそこまで嗜まない。

 だが、野生児というのがピッタリな八谷はそのがさつさからホラー映画を怖がり、隣の人間に抱きつくなどの行為はしなかった。


「まぁ、中々怖いわね」


 しかし、『狂気の白羽』は、八谷の想像をはるかに超える恐怖を提供する映画だった。

 

 足をぷるぷると震えさせながら、冷や汗をかく。

 だが、それでも超然としたようにふるまい、ポップコーンをむさぼっていた。


 八谷はふと赤石を見てみると、身を乗り出して映画に夢中になっている姿を捉えた。

 小声で、話しかける。


「あんたって映画とか好きな口だったのね。てっきり『作り物なんて時間の無駄だ』とか言うと思ってたわよ」


 赤石は顔をしかめ、振り向いた。


「別にそんなことは思ってないぞ。確かに映画館に来たりはしないけど、折角来てるんだから楽しむのが一番だろ。ここまで来て楽しまないのは逆に勿体ないだろ」

「なるほど……」


 納得したそぶりを見せて、八谷はもう一度スクリーンに向かった。


 八谷は赤石の性根を考える。


 妙に、自分の知っている赤石の性格と乖離しているな、と不審に思う。

 自分はまだ赤石のことを誤解しているのではないか、と。


 だが、八谷はそこで赤石の隠れた本性に触れた。  

 赤石は合理的な判断をするその奥の奥で、本当は他者と同じように娯楽作品を楽しみ、何でもないような桜の木を背景に、友達と自撮りした写真を『ツウィーク』に投稿したり、友達たちと遊び呆けたりしたいんだろうな、と理解した。


 赤石の底流のほんのごくわずかな表層に、表皮に、氷山の一角に、八谷は触れたような気がした。



取り巻きの一人の口調や性格をすげ替えました。

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