第239話 取り巻きの反応はお好きですか?
修学旅行も終わり、通学の日がやって来た。
「やあ少年、私だ!」
通学路、赤石は突然背中に衝撃を受ける。
「……はあ」
生徒会長、未市要だった。
「修学旅行は楽しかったかな?」
「まあ、そこそこ」
「修学旅行なんて高校で出来る最高の思い出の一つじゃないか! うらやましいなあ」
どうもこの人は思い出や記憶に重点を置くな、と赤石は思う。
「カップルの一組や二組、簡単に出来たろう」
「ああ、そうですね」
櫻井を思い出す。
「いいなぁ、うらやましいなぁ」
「要さんもいるのでは?」
容姿端麗にして頭脳明晰の生徒会長。恋人の一人や二人いてもおかしくない、と思う。
「はははは、いないさ! この性格が災いしてね!」
どうさ! と未市は片手を前に突き出す。
「突っ張り突っ張り!」
「そういうもんですかね」
信用ならないな、と赤石は胡乱な目で未市を見る。
「はははは、実を言うと告白自体は何度も受けてきたさ。でもそれを私が断ったんだ。どうも相性がよくなさそうだと思ってね」
「じゃあ羨ましがる権利ないですね。自動販売機の前で一万円札持ってる富豪がいちごジュース買った子供見てるみたいなものなんで」
「あはははははは! 相変わらず手厳しいな、君は」
未市は嬉しそうに笑う。
「だから君は……いや、全ての人間は私をいやらしい目で見ることを許可するぞ!」
「どういう思考回路なんですか」
「冗談だ!」
「はい」
はははははは、と未市は赤石の背中をバンバンと叩く。
「ところで私は、君が修学旅行に行っている間、特技を身に着けたんだよ」
「へえ。是非」
やってみて欲しい、と赤石は目で促す。
「ん……」
未市は赤石に対して耳を突き出す。
「これさ」
そして耳を少しだけ動かした。
「これ?」
「そうさ。どうやら私には耳を動かす才能があったらしい」
「特技っていうか、特性ですね。特技っていうのは何らかの修練を積んだ先にあるべきだと思います」
「一理あるね!」
未市は笑う。そして、ふっと真顔になり、赤石に耳打ちした。
「ところで赤石君、動画の出来はどうだね」
「ああ、順調ですよ」
赤石は修学旅行中も岡田とカオフのやり取りを通し、脚本と動画との整合性を詰めていた。
「そうか……」
未市は姿勢を直す。
「はい、これなら終業式を前にしてかなり余裕のある状態で仕上がると思います」
「頼んだよ、後輩」
「了解です」
赤石は修学旅行の動画制作に相応の時間をかけていた。
「要さんの参考書もすごい分かりやすいですよ」
「それは良かった。嘘を吐かない人間は好きだよ」
「……そうですか」
未市は遠い目をする。
未市の圧力もあってか、赤石はより動画制作に力を入れよう、と再度確認した。
ガラガラガラ。
赤石が教室の扉を開け、自席に座る。
「おはようございます、赤石さん」
「おはよう」
後ろの席の花波から挨拶をされる。
花波から話しかけられるとは珍しいこともあるもんだな、と赤石は睥睨する。
「赤石さん、どうも最近のクラスの空気はおかしくありませんこと?」
「ん?」
花波は周りを注意深く見る。
修学旅行で新たに出来たカップル、櫻井と水城。その事情を知っている生徒たちがどことなく、櫻井と水城を気にする。
「どうもそわそわしているというか、なんというか……」
「それは――」
特に隠すことでもないか、と赤石は口を開いた。それに、隠していたとしてもいずれバレることだった。
「櫻井と水城が付き合ったからだろ」
「え…………」
花波は持っていたシャープペンシルをぽろ、と落とす。
目を見開き、櫻井と水城を見る。
櫻井と水城が、付き合った。
「そんな……」
「……」
「嘘だ!」
花波は大きな声で赤石に突っかかる。
「静かに」
「……そんな」
花波は呆然とした顔で再び席についた。
胸ぐらをつかまれた赤石は襟を正す。
「俺に怒っても仕方ないだろ」
「聡助様と水城さんが付き合って……聡助様と水城さんが付き合って……」
花波はがりがりと爪を噛む。
「それは本当ですの? 嘘でしたら承知しませんわよ」
一縷の望みをかけ、花波が赤石を睨みつける。
「なんで俺がそんな嘘つかないといけないんだよ。それにそう思うなら自分で聞けよ。簡単にバレる嘘つく必要ないだろ、俺に何のメリットもない」
「…………そう……ですわよね……ごめんなさい、本当に」
花波はがりがりと、爪を噛む。
よくない癖だな、と赤石は思ったものの、黙殺して前を向く。
赤石の背中に二度、軽くシャープペンシルが当てられる。
「ちなみにですが、いつかご存知ですか?」
「修学旅行最終日の朝。お前はいなかったんだろうな。ビュッフェが始まる前くらいに告白してたぞ、水城が」
「あのメス…………」
花波は小声でぼそ、と水城を睨んだ。
「やっぱり聡助様を狙ってたんですわ」
ぶつぶつと小声で、花波は呪詛を呟く。
「怖え」
赤石もまたぼそ、と呟くと前を向いた。
「しおりっち、トイレ行かな~い?」
「ちょっと由紀ちゃん、お手洗いって言ってよ」
「まあまあ、そんなに怒らないで」
どうどう、と新井が水城を落ち着かせ、二人はトイレへと向かった。
「修学旅行楽しかったね~」
「うん、そうだね」
新井と水城は二人、話しながらトイレへ向かう。
「私も櫻井君と付き合うことが出来て嬉しかったな」
「…………え?」
新井が水城を見る。
「聡助としおりっちが付き合う……?」
「え、あ、あれ、知らなかった? うん、修学旅行の最終日に告白したらオッケーしてくれたんだ」
「…………」
新井は深刻な顔で下を向く。
「へ、へ~! 知らなかった! おめでとう! しおりっち」
「えへへ、ありがとう」
水城は頬を赤く染める。
「い、いや~、そ、それにしても、あのバカ聡助もついに彼女が出来たんだ~」
「も~、彼女とか言い方止めてよ~、照れるよ~」
「またそんなこと言って~、うりうり~」
新井は水城に肘鉄を食らわせる。
「聡助もしおりっちみたいな可愛い彼女が出来て羨ましいなあ~」
「もう~、本当に恥ずかしいから止めてよ~」
「あははははは……はは」
新井はトイレの鏡を見た。
「も~、なんかアイメイク取れてるし~、最悪~」
目元のアイメイクを、整えた。
教室に帰った新井は、真っ先に葉月の下へと向かう。
「とーか、しおりっちが付き合ったって知ってた?」
「…………ふぇ? え?」
葉月が目を丸くする。
「え、誰と……?」
「聡助と」
「…………」
葉月は食べていたパンのかけらをぽろぽろ落とす。
「え、し、知ってたよ~~! あははは! 由紀ちゃん知らなかったの~?」
「な、な~んだ、やっぱり知らないの私だけだったんだ~、あははははは」
「も、もう~、遅れてるよ~」
「あははははは」
「あははははは」
新井は空笑いをした。
櫻井の取り巻きは互いに牽制をしながら、その事実を広めていく。
放課後。
櫻井の取り巻きたちは足早に帰って行き、教室には八谷と水城、そして櫻井を残すのみとなった。
「……」
「……」
無言の時間が続く。
八谷が消しゴムを落とす。
「ちょっと聡助、私の消しゴム取りなさいよ」
「全くお前は俺の使い方が荒いなぁ」
「うるさいわよ馬鹿!」
櫻井は八谷の消しゴムを取り、机の上に置く。
水城は櫻井と八谷のやり取りを苦笑で眺める。櫻井の取り巻きが水城だけになったことで、葉月や新井、花波に気を遣っていた八谷は平静を取り戻す。
「聡助、ここ分からないから教えなさいよ」
「恭子は馬鹿だなぁ~」
「余計なこと言わないでよ!」
櫻井は八谷の横に立った。
「ここの連立方程式、未知数にするものがおかしいだろ」
「もうちょっとわかりやすく教えなさいよ!」
八谷が櫻井を叩く。
「痛ぇなぁ~」
「あはは」
水城は櫻井と八谷を見て笑う。
そして時間は過ぎていく。
「あ、そろそろ遅いから帰ろっか、櫻井君」
「あ、ああ」
時刻は十七時三十分。
学校内での部活も終了し、完全下校の時間が近づいてきた。
学校内には生徒の姿はほとんどなく、帰宅するのに適した時間帯だった。
水城に誘われた櫻井は鷹揚にうなずく。
「あ、じゃあ私も――」
「あ~~……」
水城が時計と八谷を交互に見る。
「ごめんね恭子ちゃん。今日は二人で行く場所があって~」
「私も混ぜなさいよ」
「あ~~~……」
水城がバツの悪そうな顔で櫻井に目配せする。
「ごめんね恭子ちゃん、今日は櫻井君と付き合ってから初めてデートする日だから、ちょっと二人で行きたいかな~、って……」
「…………」
八谷は櫻井と水城を交互に見る。
何が起こっているのか、理解が出来ない。
口をぽかんと開けたまま、二人を何度も交互に見る。
「そ、そういうことね! じゃ、じゃあ私が邪魔したら悪いわね! 二人で行ってきなさいよ。私はもう少し勉強しておくわ!」
「ごめんね恭子ちゃん、この埋め合わせは絶対するから~」
「全然良いわよ」
水城と櫻井は八谷に一礼をした後、教室を出た。
「水城、俺ちょっと美穂姉と話してくるから先に行っててくれないか?」
「え、あ、うん。神奈先生もうどっか行っちゃうもんね」
「ああ、だからちょっと遅れて行くよ、俺」
「うん、分かった。また後でね」
水城と櫻井は廊下で別れ、櫻井は職員室へ。水城は外へ向かう。
もうその中に八谷は、いない。
「しおりんと聡助が付き合って……彼女彼氏……え、え、ええ……え?」
一人教室に残された八谷は呆然とし、唐突に知らされた事実に心をざわつかせていた。
一人取り残され、櫻井と水城の会話に混ざることも出来なくなった八谷は一人、懊悩していた。




