第238話 帰宅はお好きですか? 4
「ま、ふつ~」
電車が来ない。
船頭はスマホを見ながら、霧島に答える。
「僕もゆかりちゃんと同じ電車だからご一緒良いかな?」
「おっけー。てか男がいるとこっちも助かる」
船頭は身の安全を確保した。
「悠人君には会えたかい?」
「ん~、情報サンキュ、尚斗」
船頭は霧島と拳を合わせる。
「ということは悠人君の家からの帰りかい?」
「そそ。ご飯食べてきた~」
「そうかいそうかい、それはまたご同慶の至りだよ」
電車がやって来る。
霧島と船頭は二人、電車に乗り、隣の席に座った。
「楽しかったかい、悠人君の家は」
「楽しかったよ。やっぱり帰りを狙うのが鉄則かな」
「ははははは、それは重畳だよ」
霧島は呵々大笑する。
「悠人君が好きかい?」
「? まあ普通に好きだけど」
突然に訊かれた質問に、船頭は小首をかしげる。
「聡助は好きかい?」
「聡助……櫻井? いや、全然。てかキモいし」
「へぇ……」
『ドアが閉まります。ご注意ください』
電車が、走り出す。
「なんで?」
「なんで……」
霧島は船頭を見る。
「なんで悠人君は好きなのに聡助は好きじゃないんだい?」
「なんでって……」
船頭は自身のおとがいに人差し指を当てる。
「いや、櫻井って人自分の欲望のために他人利用しようとしてるところとかキモいじゃん」
「なんで?」
「いや、だからなんでって……」
船頭は言葉に詰まる。
「なんで悠人君はいいのに聡助は駄目なんだい?」
「なんでっていうか、悠人もそう言ってたし、そもそも悠人と櫻井って全然人柄が違うじゃん」
「それは悠人君の意志であって、君の意志じゃない」
「…………は?」
霧島の言葉に、船頭は眉を顰める。
「聡助がキモいと思うのは、悠人君がそう言ってたからだろう?」
「悠人はそんなこと言ってないから。私がそう思っただけ」
「悠人君の言葉でそういう印象を植え付けさせられたんだろう?」
「…………」
船頭は口を閉ざし、霧島を睨む。
「悠人君が言ってた言葉を鵜呑みにして聡助だけを嫌うっていうのは、おかしいんじゃないかな」
「何が言いたいの」
「それって結局、聡助と同じだよね」
「…………はあ?」
船頭は大きく、顔をしかめた。
「結局それって、聡助と同じだよね。悠斗君の言葉を鵜呑みにして、悠人君の言ってたことを鵜呑みにして、聡助を断罪する。聡助が気持ち悪いと思う。それって、単純に聡助と同じだよね。聡助と悠人君、やってることが同じじゃないか」
「意味わかんないんだけど」
船頭は小刻みに足を揺らす。
「だってそうじゃないか。たまたま悠人君の言葉を先に聞いたから聡助が気持ち悪く見えただけで、聡助の言葉を先に聞いていたら今度は悠人君が気持ち悪く見えてたんだろう?」
「は、違うから」
「聡助が悠人君みたいなのを、他人に自分を見せず、人と係わることを拒否している。自分は仲良くなりたいのに、相手が心を閉ざしているからどうすることもできない、と言えば君は悠人君のことを気持ち悪いと思っただろう?」
「…………」
櫻井にそう言われた時、船頭はどう考えるか分からなかった。
「結局、聡助じゃなくて悠人君と先に出会ったから聡助のことを気持ち悪いと思うだけで、君はある意味、悠人君に洗脳されてるんだよ」
「違うから。私が考えて、私がそう思った」
「聡助と先に出会っていても悠人君のことを気持ち悪いと思わなかったかい?」
「それは…………」
ノーとは、言えなかった。
「結局君は他人の意見を鵜呑みにして、最初に聞いた人の考えをそのまま自分の物にして、他者を断罪していい気になっているだけじゃないかい? 自分で考えることを放棄して、最初に出会った人の言葉を信じていい気になっているだけなんじゃないかい? 他人の気持ちを理解したような気になって、そうやって自分の心も分からずに、ただ信奉しているだけじゃないかい?」
「違うから」
船頭は霧島から距離を取る。が、窓側の席にいるため、これ以上遠ざかることが出来ない。
「矛盾してるんだよ。最初から聡助のような人が好きだったくせに、悠人君に出会ったからって急に聡助のことを嫌いになるなんて。おかしいんだよ、君は。自分の意見も持たず、他人の強い意見に騙されて自分の信念を捻じ曲げてるんだよ、きっと。違うかい?」
「違う!」
「……」
船頭が強い言葉で否定する。
大声を上げた船頭は目を見開き、咄嗟に口を閉じる。
幸い、電車の中に人はいなかった。
「だってそうじゃないか! 櫻井が気持ち悪い、赤石が気持ち悪い、どちらも同じ意見なんだからどちら、君が聡助の意見に迎合する可能性だって十分あったじゃないか。結局、聡助と悠人君は同じなんだよ。同じことをしてるのにたまたま悠人君の側に君がついただけなんだよ。自分で事の良し悪しを見極めることも出来ずにいい気になって、分かったような気になって、遊んで、距離を取って、裁断して。君は何なんだい、一体」
「意味わかんないから……」
船頭は呟くようにして、言う。
「君は聡助と出会っていても悠人君が嫌いにならなかったかい?」
「ならない!」
「聡助といてもそう思うかい?」
「思う!」
船頭は、否定する。
「じゃあ一度、聡助とデートでもしてみたらどうだい?」
「…………はぁ?」
船頭は既にスマホを見ていなかった。
「僕がゆかりちゃんと聡助のデートを取り付けてあげるよ。そこで聡助のことをじっくり見てみるといいよ。悠人君の言葉が間違ってる、と思うかもしれないよ」
「思わないから。吐き気するし」
「準備なら僕が簡単にしてあげるよ。一度行って自分の気持ちを確かめてみてもいいんじゃないかな?」
「そんなことしたら悠人に申し訳が立たないから」
「はははははは」
霧島は大声で笑う。
「まさか。悠人君と付き合ってるわけでもあるまいし」
「……デートとかキモいし」
「悠人君ともしてるだろう? 実際に聡助とデートしてみたら自分の気持ちがちゃんと確かめられるのかもしれないよ?」
「…………」
「いや、ある意味、悠人君の考えていることが自分の考えていることだった、と再認識できるかもしれない」
「……」
船頭は怒り心頭で、霧島を見る。
「僕が聡助とゆかりちゃんとのデートをセッティングしてあげるよ」
「……一回なら」
「へえ」
「一回なら行ってあげる」
「昔の君は、もっと簡単にイエスと言ってくれてたはずなんだけどねえ」
霧島は笑う。
「それで私の気持ちがちゃんと分かるなら」
「もちろんもちろん、是非是非! ちゃんとゆかりちゃんが何を思っているか分かると思うよ」
「…………なら一回だけ行く」
「そうかいそうかい、いやあ、嬉しいなあ。じゃあ僕が聡助とのデートをセッティングしてあげるよ」
その後すぐさまに、ぱぁ、と明るく笑った霧島は、通路側に出た。
「じゃあ僕はここで降りるよ。デートの日取りはまた後日。気を付けて帰るんだよ」
「…………」
そうして霧島は電車を出た。
「…………」
ガタンゴトンと、大きな電車に、小さな船頭は一人揺られていた。




