第235話 帰宅はお好きですか? 1
「櫻井君っ」
「あ、ああ」
ビュッフェを前にして、櫻井と水城は二人座っていた。
水城と櫻井に近寄る学生はおらず、二人の空間が醸成される。
半分ほどしかいなかったビュッフェ会場も、時間が経つにつれ段々と人が集まり始めた。
「あら、二人とも早いですわね」
「裕奈」
花波がビュッフェ会場にやって来た。
「水城さん、あなた何を聡助様にべたべたと引っ付いているんですの!」
花波は水城を櫻井から引きはがした。
「え、えっとね、花波ちゃん、実は……」
「由紀―!」
櫻井が新井を呼んだ。
「聡助~、早いし~!」
「櫻井君~」
新井と葉月が遅れてやって来る。
「恭子も早く」
「分かってるわよ」
八谷もビュッフェ会場に到着する。
水城と櫻井の告白劇を直接見た取り巻きは、誰もいなかった。
「じゃ、じゃあビュッフェが始まるまでおとなしく待ってようぜ」
「そうですわね」
花波はうきうきと鼻歌を歌いながら、食事を待った。
「アカ、えらい騒がしいけど、なんや?」
大きなあくびをして、三矢がやって来る。
「水城が櫻井に告白した」
「嘘やろ!? そんなん俺に教えてええんか!?」
「皆の前で告白してたよ」
「あの水城さんが!?」
山本もビュッフェ会場に到着した。
「け、結果は……!?」
「櫻井と水城が付き合うことになった」
「嘘やろぉ!?」
櫻井と水城が付き合うことになる。それはつぶさに、櫻井の周囲に大きな影響を与えることに他ならなかった。
「うるさいわよ、あなたたち。静かになさい」
「高梨か!? お前聞いたか、この話!?」
「見てたわよ。驚いたわね」
高梨は赤石に視線を送る。
「問題になるようなことがないといいわね」
「…………」
「なんや、それ」
既にビュッフェ会場は櫻井と水城の話でもちきりだった。
「水城が告白……ふふふ」
黒野もやって来る。
「さすが、顔が可愛い女は皆の前で告白出来てうらやましいな」
「悪意がある」
黒野も赤石の班に着席した。
「これは大スクープだねえ」
腫れた顔でやってきたのは、霧島。
「蜂にでも刺されたのか」
「あえていうなら、鶏だね」
赤石の班が全員揃う。
「今日はお昼には帰るから、このスクープが仰々しく出回るのは帰ってからになるかもねえ」
霧島は櫻井の班を、遠い目で見た。
朝食のビュッフェを終え、赤石たちはバスに乗る。
「ねえ、知ってる? 水城ちゃんが櫻井君に――」
「櫻井が水城ちゃんと付き合うって――」
「これから櫻井君の周りってどうなるんだろうね」
ひそひそと陰口をかわし、一同が櫻井をちらちらと見ていた。
「なんだか騒がしいですわね」
「そ、そうだな」
最後尾の席で取り巻きたちに囲まれた櫻井が、力なく笑う。
「まあ修学旅行も終わりだからな、いろいろあったもんな、皆」
「そう……でしたわね」
「そうだね」
水城は恥ずかしそうに顔を赤くし、俯く。
「何か妙ですわね」
花波は妙な雰囲気を感じ取ったまま、顔をしかめていた。
「は~い、じゃあ今日はここまで~」
神奈がパンパン、と手を叩いた。
「長旅ご苦労さま、皆。今日からお前らは元の庶民的な生活に戻るとは思うけど、学校はいつも通りあるから気を抜かないように! 旅行は帰るまでが旅行だぞ~! じゃあ解散!」
「「「はい!」」」
大きな声で返事をした生徒たちは駅から三々五々帰り始めた。
「じゃあな」
「ほなな」
「拙者と三矢殿は電車で帰るでござる」
それぞれが修学旅行を終え、本来のあるべき家へ帰り行く。非日常だった修学旅行は終わりをつげ、日常が戻ってくる。
「赤石君」
「?」
高梨が赤石に声をかける。
「一緒に帰りましょうか」
「家の場所が違うだろ」
「でも統貴は別の人に囲まれてるわよね」
「まあ」
須田は修学旅行の記念に、と様々な女子学生から写真を頼まれていた。
「少しくらい付き合いなさい」
「まあ勝手について来いよ、じゃあ」
「何を二枚目を気取ってるのよ、あなた」
「そんなつもりはない」
高梨はととと、と駆け、赤石の隣に来た。
「告白したわね」
「そうだな」
「水城さんと櫻井君が付き合うことになったわね」
「そうだな」
「……」
「……」
早足の赤石に、高梨は少し遅れをとる。
赤石から少し遅れるたび、高梨は少し小走りになる。
「……」
「……」
赤石は歩みが早い。
頻繁に赤石の隣から遅れる高梨に、赤石は気を回さない。
「ちょっと!」
「……?」
「速いからもっとゆっくり歩いて」
「悪い」
赤石は歩調を緩めた。
「女の子を置いて先々歩こうとするだなんて、あなた何を考えてるのよ一体」
「いや、本当に気付かなかった」
「私が小走りになってるの分からなかったの?」
「いや、高梨なら俺より運動能力高いだろうから」
「男の子と女の子の体格を見なさいよ。あなたの方が速いに決まってるじゃない」
「だから悪かったって」
「女の子に早足にさせるなんて何考えてるのよ」
「いや、もう許してくれよ」
高梨はぐちぐちと文句を言う。
「……」
「……」
とんとんと、二人の歩調のペースがある。
「足音が揃ってると気持ちが良いわね」
「軍隊みたいだよな」
「止めなさいよ、その例え」
ふふふ、と高梨は笑う。
「楽しかったわね、修学旅行」
「普通だな」
「恋愛おみくじ楽しかったわね」
「水城が引いてたとしたら結果が知りたいところだったな」
赤石は水城に思いをはせる。
一般に、ラブコメの幼馴染は選ばれない。
その定説を、その理論を、赤石が捻じ曲げた。ラブコメの敗者である幼馴染を、赤石が勝利に導いた。本来なら敗者になるはずの幼馴染に、赤石という夾雑物が関与した結果、本来のストーリーから外れた形に進行していた。
「赤石君」
「ん」
「変なこと、考えてないわよね」
「ああ」
高梨は赤石の顔色を窺うようにして、訊く。
「ちょっかいかけないでよね」
「信用がないなあ」
「別にあんたのために言ってるんじゃないんだからね」
「八谷かよ」
高梨は腰に手を当て、胸を張った。
「じゃあ赤石君、おやすみなさい」
「まだ昼だけど。おやすみ、高梨」
赤石と高梨は分岐点で分かれる。
「だ~れだっ!」
「…………」
高梨をその場で見送っていた赤石の後ろから、手で目を隠される。
「マイケルか?」
「いや、どう聞いても女の声っしょ」
ばあ、と船頭が隠した手の間から赤石を覗き見た。
「ギャルか」
「個人名」
「船員……?」
「レベルダウンしてるぅ!」
よっ、と声をかけ、船頭は赤石の隣に軽くジャンプした。
「赤石族長、お勤めご苦労様です!」
「刑期を全うして来たのか、俺は」
びし、とおでこに手を当て敬礼する船頭を、赤石は投げやりに対応する。
「え~、久しぶりに会ったのにその反応ないんだ~」
「そうか」
軽くかがみ、船頭は赤石を上目遣いする。
「私と会えなくて悲しい思いしてるだろうから来てあげたのに」
「そうかよ」
言った後、少し固まる。
「いや、本当にお前どうやって俺の居場所が分かった?」
「尚斗に修学旅行の終わりの時間聞いてつけてきたんだ~」
「……」
赤石はスマホに手をかけた。
「警察呼ぶなし!」
「いや、この感動をメモしようと思って」
「嘘つけ!」
赤石はスマホをしまう。
「あ~、やっぱり嬉しいんだ~」
「うるさいな」
赤石は船頭から視線を逸らす。
「やっぱり嬉しいから視線逸らすんだ~」
「消えろ」
「小学校のころとか男子が好きな女の子にわざと意地悪したりしてたの知ってる~」
「はあ……」
何を言っても無駄だと悟った赤石はため息をつき、歩き出した。
「修学旅行楽しかった?」
「高梨と同じこと言うなよ」
「高梨ちゃんがいたら悠人と話せないからこの機会待ってたんだにゃ~」
「ああ、そう。可愛くない語尾」
「にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃっにゃにゃっにゃにゃ~」
「お前は俺をいらつかせにきたのか」
手を猫の形にして船頭は自身の顔を撫でる。
「テンションが高い」
「久しぶりだからね~」
「別にいいだろ、別の学校なんだから会わなくても」
「うちらマブダチっしょ!」
「そうですか」
赤石は公園に寄った。
「あ、そうだ、これから悠人帰る?」
「そりゃあな」
「じゃあうちも悠人の家突撃しま~!」
「止めてくれ。母親にグレたと思われる」
「大丈夫大丈夫~」
きゃははは、と船頭は笑う。
終始テンションの高い船頭に疲れ、赤石は椅子に座った。




