第234話 告白の結果はお好きですか? 2
「やあやあやあ、皆の衆、お揃いだねえ」
朝食が始まる約十五分前、霧島は背中に腕を回し、見回るようにしてビュッフェ会場へやって来ていた。
「おぉい、霧島ぁ」
「ああ、あかねちゃんじゃないか」
鳥飼が額に青筋を浮かべながら、言う。
「待ってたぞ、霧島ぁ」
「いやぁ、どうしたんだいあかねちゃん、そんな怖い顔して」
ははは、と霧島は苦笑いを浮かべる。
「今日覚悟しとくように言ったよなぁ」
「え、そんなことあったかい?」
霧島はきょとんとする。
「盗撮の件だよ!」
「あの話は終わったんじゃ?」
「終わってねぇよ!」
鳥飼の後ろから多くの女子生徒が出てくる。
「結局赤石には他人を諫めるだけの勇気も甲斐性もなかった、って話だろ。出来ない人間に強制したところで無理だった、って話だろ。それでお前の罪が消えるわけでもないからなぁ!」
「は、ははは……」
「皆、霧島を連れていけ」
「嫌だぁーーー! 離してくれーーーー! ち、違う! 話せばわかる! 話してくれーーー!」
霧島は鳥飼たちに連行された。
「赤石君?」
答えない赤石に、水城はきょとんと小首をかしげ、赤石をのぞきこむ。
「違う」
「……え?」
赤石はぼそ、と呟いた。
「それは、違う」
「何のこと?」
水城は唇に指をあてる。
「お前は櫻井に告白して上手くいかなかったんだろ」
「う、うん」
「それはなんでだ?」
「それはやっぱり私の運命が櫻井君と一緒にいることを拒否されてるのかな、とかなんとか……」
「違う」
「え?」
赤石は落としていた首をもたげた。
「お前が何度告白しても上手くいかないのは、お前に告白を成立させる覚悟がないからだ」
「告白を成立させる覚悟……」
固唾をのんで水城は聞く。
「一度告白して無理なら二度告白しろ。二度告白して無理なら三度、三度で駄目なら四度。拒否されているわけじゃないだろ。駄目だったわけじゃないだろ。結果も聞かずに駄目だったと諦めるな。何度でも繰り返せ」
「で、でも……」
「今から行け」
「え?」
「もう一度今から告白して来い」
「え……」
水城は固まる。
先ほどまでの作り上げられた空気が壊れる。
「櫻井と恋仲になりたいんだろ?」
「うん」
「櫻井が好きなんだろ?」
「うん」
「告白を成立させたいんだろ?」
「うん」
「なら今から行け」
「……」
水城は赤石の目を見た。
「でも今は朝食だから……」
「関係ない。まだ全員は集まってないだろ。うだうだと言い訳をつけて自分から逃げるな。覚悟がぶれる。皆がいるなら、むしろ皆の前で告白をして来い。クラス全員に聞かれても良いくらいの気概で告白をして来い」
「……そうかな」
水城は小さく呟いた。
「まだ人が少ないうちがチャンスだ。皆の前で、櫻井に告白しろ。少なくとも相手にきちんと伝わるまでは何度も何度も何度も、その場で捕まえて、告白しろ。自分が傷つくことを恐れるな。相手を手に入れたいと思うのなら、自分が傷つくことも覚悟しろ。何のリスクも取らずに相手を手に入れようと思うな。それだけのリスクをかけて、櫻井に告白しろ」
「断られたら……」
「皆の前で断られたら辛いだろうな。でもその分、櫻井にはどういう形でもその告白は伝わる。伝わらない運命があるなら捻じ曲げろ。神に見放されたのなら後ろ髪を引っ張れ。お前が自分の手で自分の道を開拓しろ。舗装された歩道を歩こうとするな。整備の整っていない獣道を通れ。お前が覚悟を持って告白すれば、その結果だけは、お前についてくる」
「…………うん!」
水城は立ち上がった。
「ありがとう赤石君、私間違ってたのかもしれない。やっぱり今から、櫻井君にもう一回告白してくるね。もし駄目だったらもう一回慰めてくれるよね?」
「ああ。皆の前で、それだけのリスクを背負って行ってこい。櫻井と恋仲になれるよう、全身全霊をかけてこい」
「ありがとう赤石君。私、行ってくる」
「全員に聞こえるくらいの声量で言えばいい」
「分かったよ!」
水城はふんす、と覚悟を持ったまなざしで、歩いて行った。
詭弁だった。
赤石の言葉は全くの詭弁であり、思ってもいないことを水城にまくしたてた。正しい論説を故意に利用し、水城をけしかけた。
櫻井のハーレムを少しでも瓦解させるよう、櫻井に逃げられない状況を作ろうとした。水城が告白に失敗しても成功しても、櫻井の作るハーレムの牙城は一部瓦解する。
水城のことを一分も思っていない、相手を行動にたらしめるだけの言葉。ただ自分の思うように展開するように投げかけただけの、何の気持ちもこもっていない言葉。
「さて」
赤石もビュッフェ会場に赴く。
「どうなるか」
声を押し殺して笑いながら、水城の告白の顛末を見に行く。
「見物だな」
ビュッフェ会場が、荒れる。
ビュッフェ会場へとたどり着いた水城は、櫻井を探していた。
まだ朝食の時間には少し早い。生徒も半数ほどしか集まっていない、まばらな状況だった。水城は扉を開ける。
「おお、水城」
「櫻井君」
覚悟を持ったまなざしで、力強い歩みで、水城は一直線に櫻井へと向かう。
「言いたいことがあります!」
「…………え」
水城は櫻井と対峙し、大声で言った。
突如としてビュッフェ会場に響いた水城の大声に、多くの生徒の注目が集まる。
衆人環視。
赤石もビュッフェ会場に到着していた。
「今日で修学旅行が終わります!」
「お、おう」
櫻井はじりじりと後退する。
「そんなことより水城、ちょっと声大きくないか? 他にも人がいるからさ」
「聞こえるように言ってます!」
「「「え……何?」」」
「「「まさかあの水城ちゃんが告白?」」」
ざわざわとビュッフェ会場が騒ぎ出す。赤石の思った通りの展開だった。
「櫻井君!」
「水城、迷惑になるから、やっぱりもうちょっと声量抑えようぜ、な」
「抑えません!」
水城は一歩ぐい、と櫻井に近寄った。
「櫻井君、私は櫻井君のことが好きです! 大好きです! 付き合ってください!」
「え……」
しん、と会場が静まり返る。
緊張の糸が水城により、作り出される。
「あ」
突如として生み出された緊張の静寂に、櫻井は玉のような汗を流す。
櫻井はどう答えるのか。どう転んだとしても誤魔化しようのない状況。数十人の生徒が見守るこの状況で答えが出ることは、確かだった。
「俺……」
「……」
「……」
「……」
逃げられない。
全員が水城の告白を見ている。ごまかしの利かない、そんな状況。
舞台は静寂に包まれた。必要なものは、返答だけだった。
「お、俺で良ければ……」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」
櫻井の答えに、会場が沸く。
「俺らの大天使、水城ちゃんがああああぁぁぁぁ!」
「嘘、修学旅行最終日に告白とかヤバくない?」
「すごーーーーい!」
「水城ちゃん勇気がすごい!」
「「「おめでとう!」」」
ひゅうひゅうと、お調子者による指笛が聞こえる。
「あの櫻井の野郎!」
「信じられねぇ!」
「絶対に許せねぇ、俺らの水城ちゃんを……」
「水城ちゃんおめでとう!」
「水城ちゃんにも彼氏が」
「私も彼氏欲しい……」
「花波ちゃんはどうなるんだ……」
「「「おめでとう!」」」
嫉妬、憎悪、羨望、祝福、様々な声が、櫻井と水城にかけられる。
赤石もまた、会場の端の方で拍手をしていた。
「おめでとう」
櫻井と水城は今日を境に、交際することとなった。




